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女性刑事【ケイト・リンヴィル】



※2026年8月8日 第4作「孤独な夜」のレビューを追記しました。

著者シャルロッテ・リンクはドイツ生まれで現在もドイツ在住ですが、小説の舞台はイギリスのヨークシャー地方です。

なぜイギリスかというと、ブロンテ姉妹(嵐が丘やジェーン・エアの作者)に憧れて少女時代から頻繁にイギリスを訪れていたからだそうです。

主人公ケイトはスコットランドヤードで働く女性警官です。

父のリチャードはヨークシャー警察の伝説的な名警部でした。

ケイトは父リチャードを深く愛し尊敬していましたが、自分が生きづらさを感じていること、孤独なことや、仕事で悩みを抱えていることなどを父には言えずにいました。

退職後のリチャードもまた孤独でしたが、人生が上手くいっているかのように振る舞う娘の意思を尊重して、ともに過ごす時間は自分の気持ちをごまかすことに費やしていたのです。

1作目の序盤でリチャードは惨殺されケイトは一人ぼっちになってしまいます。休暇を取ってヨークシャーに帰省したケイトは管轄外の捜査に首を突っ込む形になります。

このシリーズはヨークシャーのスカボロー署ケイレブ警部との関係が重要なポイントになりますが、1、2作目は休暇中のケイトがケイレブの事件に関わり、3作目ではケイレブが停職中で立場が逆転します。どちらにしても毎回片方がアウトサイダー的な立場で事件に関わるというスタイルになっています。

全体を通して読みやすい作品ばかりです。女性作家が描く繊細な女性警官の姿が特徴といえるでしょう。養子縁組の難しさ、親子の距離感、孤独感から支配的な相手に洗脳される女性、他人や子どもへの依存傾向など毎回興味深いテーマが選ばれています。

依存という意味では捜査責任者の重圧でアルコール漬けになるケイレブ警部の苦悩も大きな柱になっています。

毎回、意外な結末に辿り着きますが「どんでん返し」というような派手なものではなく、「人間生きていればイロイロある」と考えさせられるような趣のある展開です。

それでは、まずは「おもな登場人物」の紹介を。そしてその後、各作品の内容に入っていきます。


ケイト・リンヴィル

スコットランドヤードの刑事。巡査部長。
シリーズスタート時点で39歳。夫なし、子供なし、恋人なし、友人なし。他人と関係を築くことが苦手。職場内には「ケイトのやることなすこと全てがどこか間違っている」と感じさせる何かがあり、自分に自信が持てず悶々とした日々を過ごしています。小柄で華奢で目立たないことも悩みの一つ。

リチャード・リンヴィル

ケイトの父親。
ヨークシャー警察元警部。妻を病気で亡くし、退職後は長年一緒に働いた同僚も離れていき孤独な日々を過ごしています。ケイトの一番の理解者。

 

 ケイレブ・ヘイル

スカボロー警察署の警部。
ケイトの父リチャードと一年ほど一緒に仕事をしたことがあり、
ケイトのことはあくまでもリチャードの娘であり恋愛対象とはみていません。アルコール依存症の治療を受けるため入院していたことがあって表向きは完治したことになっています。しかし時々プレッシャーに耐えられなくなると仕事中にお酒を飲んでトラブルを起こしています。妻と離婚し子どもなし。大きな家で一人暮らし。

ロバート・スチュワート

スカボロー警察署の巡査部長。ケイレブの部下。切れ者という感じではないが、仕事ができないわけでもないという平均的な警察官。わりとシニカルな一面を持っていてケイレブが暴走しそうになったときのストッパー役になることもあります。

コリン・ブレア

2作目でケイトとマッチングサイトを通して出会います初登場時点で45歳。週4日はジムに行き外見を整え、常に自信満々な態度で周囲を圧倒していきます2人の間に恋は生まれずカップルにはなりませんが、人との社会的な繋がりをうまく持てない人間同士が完全な孤独に陥らないために週末に時々会う関係を築いていきます。ケイトの唯一の友人。


 パメラ・グレイボーン

4作目「孤独な夜」から登場。
マンチェスターから転属してきてケイトの上司になる警部補。ケイトより頭一つ分背が高く、ベリーショートにしたダークブロンドの髪にシンプルな装い、化粧はしていないが非常に印象的で存在感がある女性です。


  ①  裏切り 上 

名警部だったリチャード・リンヴィルが惨殺され娘のケイトは深い悲しみに沈みます。

ケイトは自分で調べられる範囲で父の過去と事件関係者を調べ始めるのですが、捜査責任者のケイレブ警部は当然面白く思わず、すぐに諍いが始まります。

ケイレブ警部の活躍にもかかわらず次第に捜査は行き詰まっていきます。そんななかでケイトは父の知り合いだった女性メリッサから会いたいという連絡を受けます。ところがケイトが会いに行ったときには、すでにメリッサは父と同じ方法で惨殺されていました。

メリッサの周辺捜査で父にも大きな秘密があったことがわかってきます。まさか父が母以外の女性と交際していたとは。

大きな衝撃を受けたケイトの心情に理解を示しサポートするのは女性警官スカピンでした。スカピンとケイトは急速に距離を縮めていきます。

もう一つのストーリーとして脚本家夫妻の養子縁組が並行して語られていきます。養子とその実母との関係、実母と恋人の関係などが複雑に絡み合いあい、この辺りからザワザワ感が満載になってきます。

リチャードの事件の凄惨さ、意外な秘密の露呈、余りにも大きな悲しみを背負うケイトに感情移入しないではいられなくなります。

ケイトが決して美人ではないこと、印象に残るような特徴も華やかさもないこと、深く踏み込んだ会話が苦手なこと。その一つひとつは読者と等身大の悩みといってもいいのですが、ケイトがケイレブ警部に好意を抱いていることがなんとも切なくなります。

とにかく上巻では何一つ解決には向かわず複数のストーリーが同時進行で進んでいきます。登場人物表もなく次々と人が増えていきますが混乱せずに読んでいけるのが不思議です。

さて、これらはどう繋がっていくのでしょうか。


  ①  裏切り 下 


父の裏切りを知ったケイトはショックを隠せませんが、それでも事実を知りたいという思いから父の家を片付け書類を整理しはじめます。

そこでリチャードの元同僚ダウリックの住所が見つかり合いに行くケイトですが、またもや悲惨な事件に遭遇することに・・・

相変わらず複数のストーリーが並行して進みますが、次第に絡み合って繋がっていきます。
ケイトは事件終息とともに家族の病を卒業して一歩踏み出していきます。この父娘の問題はケイトが親離れできず境界線を引けなかったことが原因だったのでしょう。

下巻に入ってもう一つの家族の物語、障害のある弟と暮らすスカピン刑事の悪戦苦闘の日々が語られます。刑事としての優秀さとプライベートでの深い悲しみ。この2つの視点で新たな物語は展開していきます

全体的には事件の内容と心理描写のバランスの良さ、アクションシーンの少なさが読みやすさに繋がっている印象です。アルコール依存症のケイレブ警部とケイトが安易な恋愛に走らなかったことも好印象です。

ケイレブ警部のアルコール依存症はストレス解消法という意味だけではなうようです。過去には酔っているときほど脳が働いて閃きがあったとのことで、今後も何かしらトラブルを起こしそうな余韻を残しています。

とはいえ、ケイレブの弱さやケイトの抱える生きづらさが読者にとっては感情移入できるところなのでしょう。



 ②  誘拐犯 上  


2017年、前作から3年が経過しケイトは42歳。相変わらず独り身。

ケイトは父の家を売ることができず貸していましたが、賃貸人が家を滅茶苦茶に汚して行方不明になるという悲劇が起きます。

再びヨークシャーを訪れたケイトを待っていたのは家の修復だけではなく、宿泊先の宿で起きた少女行方不明事件でした。

今回も複数の事件が並行して語られていきます。

2013年、父と二人暮らしの少女ハル(14歳)が祖母の家からの帰りに行方不明に。

2016年、雨の夜に友人と会ったあと少女サスキアが見知らぬ男の車に無理やり乗せられて誘拐される。1年後にムーアで遺体発見。

2017年、ケイトの宿泊先オーナーの娘アメリー(14歳)は母と買い物にいったスーパーの駐車場で行方不明に。

さらに実母に反抗して家出した少女マンディの危うい逃走劇が語られていきます。

果たして同一犯人なのでしょうか。

ケイトはなるべく行方不明事件に関わりたくはなかったのですが、結局ケイレブ警部と再び遭遇することになります。意外なことにケイレブはケイトに優しく接しスカボロー署への移籍を勧めます。

容疑者が次々と浮かびシロと判定され捜査の方向性も定まらないままストーリーは進んでいきます。さらにケイト自身の問題も解決には向かわず、亡き父との思い出と孤独と家の処分に押し潰されそうになります。

唯一の救いは賃貸人が置き去りにした猫のメッシーが新しいご主人ケイトに懐いていることでしょう。


※ムーアとは

前作でもムーアが出てきました。今回もムーアで少女の遺体が見つかっています。スカボロー近郊に「ノース・ヨーク・ムーアズ国立公園」がありますが、このシリーズではムーアは地名ではなく単に「湿原」の意味で使われているようにも思われます。スカボロー近郊の湿原地帯ということでしょうか。

※スカボローはどこ?

イングランド・ノース・ヨークシャーの北海海岸沿いの大規模な居住エリアの一つ。タウンの人口は約50,000人で、ヨークシャー海岸では最大の休日のリゾート地でもあります。

中世の頃から交易港として栄え、夏季には大規模な市場(フェア)が立ちます。『スカボロー・フェア』という曲が、1967年の映画『卒業』の挿入歌として用いられ世界的に有名になりました。

 ケイトの育った家はスカボロー郊外のスカルピーにあります。地図で確認するとスカボロー中心地から数キロ北上したところにある緑豊かな住宅地です。家は1階にキッチンとリビングとダイニング、2階に寝室が3つとバスルーム、それにかわいらしい小さな庭があると書かれています。

そんな素敵な土地で起きた連続少女誘拐事件。下巻でどんな展開が待っているのでしょうか。

海外小説を読むときに、舞台となった土地や背景情報を調べると楽しみが増えますが、『スカボロー・フェア』をYouTubeで聞いて、再び本に戻るとケイトの孤独に一層寄り添うことができるように感じました。




 ②  誘拐犯 下  


ケイトは記者になりすまして第1の事件でハナを車に乗せた青年やハナの父親など次々と訪ねて話を聞きます。しかしなかなか核心に迫ることはできません。

家出娘のマンディは監禁状態にあり、こちらは犯人側から描かれていきますが犯人像は相変わらず掴むことはできません。

そして、ケイトに恋愛の兆しが・・・それも2人も・・・1人はマッチングサイトを通してロンドンで出会ったコリン。意外なことにしつこくケイトに絡んでくるという驚きの展開が起きます。

もう1人は宿の娘アメリーを嵐の海で助けたデイヴィッド。意気投合した2人は急激に距離を縮めていきます。

優しくすべてを受け入れる理想の男性として描かれるデイヴィッド。恋愛経験の乏しいケイト。警官であることを隠して付き合うケイト。この恋心がケイトの心を傷つけませんように、と感情移入してしまうようなシーンが続きます。

事件のほうはハナの祖母を訪ねたことから動き始めますが、ケイトの閃きや推理よりも偶然に導かれていく感じで進み、ケイトの身にも危険が迫ります。

少女たちはなぜ見知らぬ人間の車に簡単に乗ってしまうのでしょうか。ハナの母親はなぜ娘を置いて出ていったのでしょうか。

今回もまた親子関係が大きなテーマとなっていますが、距離感というより依存の問題と言ってもいいでしょう。

精神医学に関しては誇張して書かれている部分もあるとは思いますが、自分の人生に幸福感を得られず他人に依存していく姿はリアリティがあります。

ケイトに関しては趣味が何もないこと、おしゃれにも美食にも興味がないことが読み進むにつれて何となく違和感になってきています。

そしてケイレブの飲酒問題。アルコールに依存しているとは言えない状況まで回復していますが、以前のような公正さやひらめきはなくなり、部下から一緒に働きたいとは思えない人間と評されています。

事件は当然のことながら解決します。しかしケイトもケイレブも問題を抱えたままで、またしてもこの先どうなる?という思いが残ります。


 ③ 罪なくして 上   


20年もの間、スコットランドヤードで華々しい捜査結果を残したにもかかわらず巡査部長にしかなれなかったケイト。普通は上司が部下を昇進試験に推薦し本人にも受けてみるように進めるものなのですが、ケイトの上司は決してすすめてはくれなかったのです。

そこで、ケイトの捜査能力を認めてくれているケイレブ警部の勧めに従ってークシャーのスカボロー署に移籍することを決意します。

長年、誰からも相手にされていないと感じていたケイト。しかし思いがけず同僚からお別れプレゼント・・・ウェルネス・ホテルの週末宿泊券2枚をもらいます

このホテルに向かう列車内で、ケイトは女性が銃撃されそうな場面に偶然遭遇し助けることになりますが、この辺りは謎に包まれたアイリッシュ作品のような雰囲気です。しかしこれは第一の事件に過ぎなかったのです。

▶ウェルネス・ホテルの週末宿泊券は2枚ありました。ここで前作で知り合ったコリンが登場。事件解決に貢献しようとして実にコリンらしく物語を引っ張っていってくれます。

その数日後、女性教師が襲われて重傷を負います。これが第二の事件。

この二つの事件で使われた銃が同じだったことから、ケイトが捜査の主導権を握ることになります。

ケイレブ警部はというと、勤務中の飲酒が発覚し人質事件の全責任を背負わされていました。そしてなんとケイトが赴任したときは停職中だったのです。

ケイトの能力を認めてくれたケイレブと仕事がしたくてヨークシャーに赴任してきたのに・・・新しい上司ロバートと上手く折り合いがつけられないケイトの苦悩が始まります。

さらに、少女誘拐事件を目撃した女性が警察に通報する場面や、ロシア人の子どもを養子にした夫妻の悪戦苦闘の物語、自己啓発セミナーに次々と参加してパートナーと仲たがいした女性の失踪事件等々が描かれていきます。

とにかく忙しく場面が変わり次々と新しい人物が登場する展開ですが、これらはどう結びついていくのでしょうか。
  (本書も登場人物表がありません)


  ③  罪なくして 下   

第一の事件の被害者クセニアがコリンと一緒に行方不明になります。

第二の事件の被害者ソフィアは四肢麻痺で寝たきりになり、リハビリ施設に輸送中に行方不明になります。

急激に状況は変化していき、ロバートは何も対応できずケイトが実質的に捜査を引っ張っていくなかで大きなトラブルに巻き込まれていきます。

いろいろ新たな展開も起きるのですが、何といっても下巻のメインになるのはロシア人の子を養子にした夫妻の過去です。

養子にした子は軽い知的障害があり幼稚園でも小学校でも周囲と馴染めなくて問題を起こします。よくある話ですが妊活を諦めて養子縁組をしたあとになって自分たちの子ども(娘)を授かったことでさらに疲弊する夫妻。

娘のベビーシッターとして雇われたロシア人女性が非常に優秀だったので一家に平和が訪れますが、妻のアリスはすでに重い育児ノイローゼになっていました。

読むにしたがってタイトルの「罪なくして」の意味がわかってきます。

しかしこの「罪なくして」も別の人物の角度から見ると「罪と罰」であり、なかなか重い内容が暴かれていきます。

アリスの心情は育児経験者であれば理解できる程度の内容と思いながら読み進むも、どんどん空回りしてすべてが悪いほうにいってしまうとは・・・

何でも器用にこなすベビーシッターへ嫉妬するアリスの姿なども切ないのですが、女性作家ならではの観察力で繊細に書かれています。

停職中のケイレブはケイトを助けてアイデアを出し、自分も聞き込みに奔走します。ケイレブの発想はいつも素晴らしく行動力もあるのですが、何故か向かう先が少しずれているのです。

今回は非常に重いテーマですが、救いはケイレブとケイトの気持ちが通い始めていることでしょう。

ケイレブがケイトに対してあからさまに魅力の欠如を突き付けるシーンが減っただけでも読みやすさが増してきました。一方で目標も自信も失ったケイレブに新しい目的意識は生まれてくるのでしょうか。

どこまでいってもケイトとケイレブはこの後どうなる?という思いが残ります。


何となくシリーズ終結の雰囲気もありますが、まだ翻訳されていない続編が2冊ほどあるそうです。



  ④ 孤独な夜  上  


ケイトは44歳。いまだ独身。猫のメッシーと一緒の生活を続けています。独り身の人間にとって最も恐ろしいクリスマスシーズンを目前にして、パートナー仲介サービスに登録したり、自分のためにクリスマスツリーを買ってみたり。ちょっと今までとは違う動きもしています。

ケイレブ警部は警察を辞めて新生活がスタ-ト。引っ越しをして心機一転と言いたいところですが新たな勤務先は何故かパブ。相変わらずお酒は飲んでいます。

ケイレブの後任として女性警部補パメラが赴任してきました。パメラはケイトの今までの捜査方法は本来ならば停職処分に相当すると伝え、今後は規則を守って捜査するよう指導します。ケイレブの飲酒問題や前回の事件で仲間の死を招いたことなどにも厳しい目を向けているようです。

もともと問題山積のスカボロー署ですがケイトとケイレブの信頼関係が一つの魅力だったのに・・・ケイトとパメラの関係はうまくいくのでしょうか。

 
今回も複数の事件が並行して進み、少々複雑な展開をしていきますのでこのあとは順を追ってまとめていきます。


・第1の事件は2010年7月、16歳の少年アルヴィンが何者かに襲われた事件です。

アルヴィンは身長175センチ、体重168キロ。この体形のせいで学校でいじめられ、食べることでしか孤独を癒せないアルヴィン。絶望的な怒り、明日こそはと思いながらもまた食べてしまう日々。

事件の日も、デリバリーサービスで届いた大量のジャンクフードを食べながら夏休みの一日を過ごしていたはずですが、

隣に住む老人が庭掃除をしながらアルヴィンの家の中を覗いてみると、家の中は荒らされアルヴィンは倒れていました。

激しい暴行で重傷を負い、排水管クリーナーを喉に流し込まれていましたが、アルヴィンはなんとか生き延びました。しかし事件以来、植物状態になっています。


・第2の事件は9年後、2019年12月に起きます。

老婦人が階段から落ちて死亡しました。当初は事故と考えられていました。ところが若い女性介護士が行方不明になっていることがわかり、老婦人の娘が介護士を過失致死で訴えたことなどからケイトが捜査をすることになります。

介護士の名前はミラ。


・第3の事件はホテル清掃員のダイアンが車の中で刺されて殺された事件です。ダイアンは内気で友人も少なくどちらかというと孤独な生活をしている女性です。ケイトの登録したパートナー仲介サービスに登録していました。しかし最近になって付き合い始めた恋人がいたという証言もあります。

この事件には目撃者がいました。パートナー仲介サービスの料理教室講師をしているアナはダイアンの車に乗り込む男を目撃したにもかかわらず、なぜか警察と関わることを極端に怖れて通報しないまま時間が過ぎていきます。

アナが困ったあげく相談した恋人サムもやはり通報しないほうを選び、パートナー仲介サービスのオーナーであるダリーナもまた警察とは関わりたくないという考えでした。

この事件は思いがけない方向に進んでいきます。

ここで重要な事実が判明します。

ダイアンの車で見つかった指紋が9年前の少年暴行事件の現場の指紋と一致したのです。


・第4の事件はダイアンの殺害犯人として警察がマークしていたダイアンの恋人が殺されます。

ダイアンの恋人はローガンという名前であること、ローガンはアナとダリーナの共通の友人だったこと、車の指紋はローガンのものだったことがわかります。

小さな町なので成立していることなのでしょうが関係者がみな顔見知りという状況は少々違和感があるかもしれません。

警察に追われたローガンはアナの家を訪れて匿ってほしいと懇願してそのまま居座りました。

ちょうどクリスマスだったため、ローガンを家に残してアナは恋人サムの家の泊まることになります。

そしてアナが留守の間にアナの家で殺されていたローガン。何が起こったのかわからないままパニックに陥るアナ。またしてもサムとアナは警察に通報することなく愚かな行動へ突き進んでいきます。


・第5の事件は、介護士のミラの大叔父ジェイムズが殺された事件です。ミラは母親がアメリカに住んでいるためイギリス国内に住んでいる身内はジェイムズだけでした。口座はほぼ空っぽで生活の見通しがつかないミラが頼ったのがジェイムズでした。

歩行器なしでは家の中の移動もままならないジェイムズはミラを歓迎し、春になったら二人でどこかに出かけようと計画していました。ところが無言電話が二度かかってきたことを知ったミラはジェイムズの家を飛び出します。

ジェイムズの死にミラは関係あるのでしょうか。



次々と起きる事件。その隙間を縫うようにして描かれるのアナとサムの日常。独特の雰囲気のなかで物語は進んでいきます。

極端に警察を怖れ、プロポーズを曖昧にかわし、内向的でいつも不安を抱えて神経質なアナ。サムは対照的に好青年として描かれていますがこの二人の行動は不可解なことが多く違和感しか感じないのも事実です。サムは行動力があるのかないのか微妙なうえにアナに常に引きずられて間違った決断をしている印象です。

ケイトは小さな違和感からアナの不審な行動に気づき、大きな成果を上げていきます。

そして忘れてはいけないケイレブとの関係ですが思いがけない進展があります。


もう一点、ポイントになるのが随所に挟み込まれる誰のものかわからない回想シーン(日記調)です。この中に繰り返し出てくる「ミラ」という名前。行方不明の介護士ミラと関係があるのでしょうか。


上巻はとんでもなく情報が多く、何もかもが中途半端で、着地点が見えないまま終わってしまいます。



  ④ 孤独な夜 下  



下巻は謎が急速に解き明かされて情報がつながっていきます。


アナとダリーナとローガンの過去が判明し、アルヴィン少年の事件の糸口が見つかり、サムが何者なのかも明らかになりますが、新たな事件も起きています。


介護士ミラの友人が殺され、パメラが監禁され、ケイトも危険な目にあい、規則違反の捜査がパメラにばれてしまうなど忙しい展開のなか、ミラの通っていた学校の女性教師行方不明事件も浮き彫りになってきます。いったい何件の事件が起きたのでしょう。もうわからなくなりました。

いろいろ複雑なのですが、結局この物語は構成の勝利なのだと思います。

あれは誰の回想だったのか。読了後にもう一度最初に戻って読み直したくなる作品です。


今回のテーマはざまざまな孤独。

仕事が成功したのに幸せになれない人の孤独。
不当な扱いを受け続けた人の孤独。
ミラの孤独は強い性格からくるものであり、
アナの孤独は弱い性格からくるものであり、

そしてケイトの心の中では時には孤独もいいと思えるような変化が起きています。


書きたいことはたくさんあるのですが、何を書いてもネタバレになってしまいそうなのでこのあたりで終わりにしようと思います。


最後にケイトとケイレブの関係ですが一歩進んで一歩さがったという感じです。ケイトは緊急時の連絡係としてケイレブを頼りにします。しかし、イヤな予感は的中。肝心なときに酔っぱらっているとは・・・それでも二人の関係は終わってはいません。

救いようのない悲惨な事件のあとに、ケイトとパメラに新たな信頼関係が築かれそうな雰囲気で終わることが唯一の救いです。



※新作が出版されしだい順次レビューを追加していきます。






【オートファジー】   生命を守るしくみ



吉森 保(著)
大阪大学 特任教授。2016年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典氏と共にオートファジーの研究に携わり、この分野の第一人者としてオートファジー関連の研究を続けている。
※詳しいプロフィールを知りたい方はこちらから→「吉森研究室」



本書はオートファジーを解説する本です。

吉森先生と大隅先生の研究にまつわるご苦労や素晴らしいチームワーク、子弟愛などを盛り込んで物語のように進んでいきます。

ノーベル賞授賞式や記念講演の話、オートファジーとは何かという基本概念から、疾病との関連性、誰にも相手にされなかった研究が急速に注目を集めていく過程などが書かれています。専門的な内容は少々難しくて読みにくい面もありますが、研究室での数々のエピソードは誰もが楽しく読むことが出来る構成になっています。

図解が非常に多いのも特徴です。知らない単語がたくさん出てくるため迷子になりやすいという側面もあります。そこで私は基本的な単語をピックアップしながら、混乱しないように概要をメモしながら読みました。

今回は自分の読書のためにまとめた内容をこのブログにUPするという形になります。オートファジーを理解するための幹の部分だけ抜き出していますので、研究室での会話や雰囲気、実験の詳細に関してはほとんど触れていません。興味のある方は本書を手に取って読んでいただくしかないと思います。

💬 は解読が難しかった点や感想、印象的だったエピソードなどをピックアップして書いています。


  第1章 細胞の中の世界  


《オートファジー》
ギリシャ語のauto (自己)と  phagi (食べる)を合成した造語。

1950年、ベルギーのクリスチャン・ド・デユーブが細胞は自己の成分を自分で食べて分解しているのではないかと考えて命名した。日本語では「自食作用」と訳されるが近年はオートファジーが浸透してきているため辞職と混同されやすい自食はほとんど使われていない。

オートファジーは細胞の中で起きている現象なのでまず細胞とその中の構造について解説する。


《細胞は生命の基本単位》
①細胞は1個で生きていける
②細胞は分裂して増える
③物質の合成や分解など生存に不可欠な様々な化学反応が、細胞の中で行われている
④細胞1個の中に生命の1個体、ヒトであればヒト1人を作るのに必要な遺伝情報が全て入っている

以上の理由から細胞は生命の基本単位と考えられている。


《代謝》
③の生体内で起きる化学反応を代謝という。


《ゲノム》
④の遺伝子情報セットのことをゲノムと呼ぶ。細胞1個から生物1個体を作ることは技術的には可能で、既に哺乳類でも実証されている。


《オルガネラ》
細胞を電子顕微鏡で見ると膜でできた袋がたくさん詰まっている。それらの袋をオルガネラ、日本語では細胞小器官と呼ぶ。

細胞も膜でできた袋なので、袋の中に袋がある。

オルガネラにはいろいろな種類があり、それぞれが人間の社会における工場や発電所、病院、ゴミ処理場などの役割を果たしている。


《タンパク質》
タンパク質は全て細胞の中で作られる。ヒトの場合、数万種類のタンパク質があってそれぞれ違う役割を果たしている。



細胞の中ではとても複雑な化学反応が起きていてそれが生命活動を支えている。オルガネラが作られたのは、簡単に言うと化学反応を効率よく進めるためである。

細胞の中ではタンパク質の合成と分解のように逆方向の反応が同時に行われることもある。膜でできた袋(オルガネラ)があれば、逆方向の反応の場を分けることもできる。


《メンブレントラフィック》
オルガネラは独立して働いているが、互いに物質のやり取りも行っている。

オルガネラ間の物質輸送システムをメンブレントラフィックという。メンブレンは膜、トラフィックは交通という意味である。

《小胞輸送》
 いくつかある輸送システムの中の基本形。
①送り手であるオルガネラの膜の一部が膨らむように突出し、輸送する物質を含んだ状態で、根元がくびれちぎり取られて小さな袋(輸送小胞)になる。
②受け手であるオルガネラに①が運ばれ、膜表面の分子を介して相手を認識して、正しい相手であれば結合する。
③輸送小胞①の膜と受け手の膜が融合し、運んできた物質が受け手側の内部に放出され輸送が完了する。


メンブレントラフィックで重要な働きをしている生体膜は、非常に可塑性に優れ、自由自在に形を変えることができる。

生体膜にはさまざまなタンパク質がはめ込まれている。それらのタンパク質は、①細胞やオルガネラなどが相手を認識して結合する、②膜を貫通して物質を輸送する、③化学反応を起こすなど、さまざまな働きをしている。


オートファジーは、メンブレントラフィックの一部である。

メンブレントラフィックの主要な経路は、分泌経路、エンドサイトーシス経路、生合成経路、そしてオートファジー経路の4つである。

《分泌経路》
ホルモンや抗体、分解酵素といったさまざまなタンパク質や神経伝達物質などが、この分泌経路によって細胞の中から外へ運ばれている。

《エンドサイトーシス経路》
細胞の外から中へ栄養、情報分子、病原体などを細胞質に取り込む。細胞膜の一部が内側に突出し、輸送するものが入った小さな袋(輸送小胞)がちぎり取られエンドソームと結合して運んできたものを渡す。外から運ばれてきた物質の多くは最終的にリソソームに送られる。 
※細胞質とは細胞の内部で「細胞核」以外のすべての領域のこと 
 
《エンドソーム》
物質の選別が行われ行き先が決められる。オルガネラの一種。
 
 《リソソーム》
エンドサイトーシス経路の終着点。さまざまな分解酵素を含んでいて物質の分解を担っている。タンパク質はリソソームで分解されてアミノ酸になる。そのアミノ酸はエネルギー源として使われたり、新しく作られるタンパク質の材料になったりする。
 
《生合成経路》
ゴルジ体(物流センターの役割を担うオルガネラ)とエンドソームをつなぐ。
 
リソソームで働くタンパク質を運ぶのが主な役割。

《オートファジー経路》
細胞の中にある物質を隔離膜で包んでオートファゴソーム(新しいオルガネラ)を作り、分解を担うリソソームに運ぶ経路。

《オートファゴソーム》
まず「隔離膜」と呼ばれる構造が作られる。
隔離膜は生体膜でできた袋がつぶれたようなもので、最初は丸い座布団のような形をしている。
伸びながら曲がって、皿、丼、壺と形を変えていく。
物質を包んで、壺の口を閉じて球形になり新しいオルガネラ(オートファゴソーム)を作る。

※オートファゴソームは、二重の生体膜で包まれた特殊なオルガネラである。 

 
オートファゴソームは微小管というタンパク質でできたレールの上を運ばれて
リソソームに出会うと融合し、
リソソームの酵素でオートファゴソームが分解され再利用される。
タンパク質はアミノ酸に分解され、そのアミノ酸は再利用されるというリサイクルシステムになっている。



ここまでの内容を読みながらまとめたのが下の図です。かなり大雑把に書いてありますので参考になるかどうかわかりませんが一応ここに載せておきます。
吉森研究室にもっと詳しい図解と解説があります。



💬 第1章は1995年、ドイツ留学から帰国した吉森先生が大隅先生と出会うシーンから始まり、オートファジーの研究へと進む過程や自己紹介へと続きます。
 
次に細胞とは何かという基本的なことに入っていくのですが、私は高校の生物で習ったであろう簡単なことも忘れてしまっていたため、ネットで調べながら読み進めました。

オートファジーの説明に入ると引き込まれていきましたが、隔離膜について「つぶれた」という表現があったため既存のオルガネラが破れたものと勘違いをしてしまいました。何かおかしいと気づいて何度か読み直して、ネットで調べてみて、隔離膜は突如現れる物質でまだ解明されていないということがわかりました。 

章の終わりにコラムがあります。ラバーダック(アヒルの形をした玩具)の話です。吉森先生は最初は学会でオートファジーの発表をしてもなかなか興味を持ってもらえず、名前も覚えてもらえなかったそうです。
 
日本人の名前は外国人にとっては発音も難しい。そこで目印として講演のスライドの隅にラバーダックの写真を入れていたところ、「アヒルのやつだ」と覚えてもらえたというエピソードです。今では誰も彼もがアヒルを買ってきてくれてアヒルで研究室が溢れているそうです。



  第2章 オートファジーの発見、暗黒時代、そして夜明け  

オートファジーが発見されたのは1950年代である。オートファジーの名付け親であるクリスチャン・ド・デユーブは1974年にオルガネラの構造と機能に関する発見によりノーベル生理学・医学賞を受賞している。

オルガネラの解析が進む中でオートファゴソームだけが謎のまま取り残され、オートファジー研究の暗黒時代は長く続いた。

オートファジーに関する論文はほとんど出ず、発見から30年近い年月を経てようやく夜明けが訪れる。そのきっかけを作ったのが大隅先生である。

※この後は、大隅先生の大学時代、留学、帰国後の研究の様子などを語りながら進みます。大隅先生は留学の最後の一年で酵母を用いたDNA複製と細胞増殖制御の研究へと思い切ってテーマを変えました。そして帰国後、酵母研究からノーベル賞につながる論文が生まれ、14種のオートファジー必須遺伝子(ATG)を発見しました。

《酵母》
酵母は、単細胞生物で、細胞の表面から芽のようなものが出てそれが大きくなり、分裂して増殖する出芽酵母と、細胞の中央がくびれて分裂して増殖する分裂酵母がある。

実験に使われたのは出芽酵母である。

酵母は、約2時間で1個の細胞が2個になる。哺乳類の細胞の場合、1回の分裂に24時間ほどかかる。増殖が早いと効率よく実験を進めることができるので、酵母は使い勝手が良い。

ヒトなど哺乳類の細胞と基本的な内部構造は同じで共通する機能も多いことから、酵母はモデル生物として深く研究され、さまざまな実験に使われている。

《液胞》
液胞は植物細胞や酵母で発達しているオルガネラで、中にいろいろなものをため込み、また分解酵素を含んでいる。



オートファジー研究はこのあと、酵母から哺乳類研究へと進んでいく。

💬 この章はオートファジーが発見された1950年代の話から始まり、大隅先生が酵母で大発見をされた話へとつながっていきます。大隅先生のプロフィール的な話を挟みながら、実験方法のかなり細かい部分まで書かれているため少々難解な内容になっています。メンデルが行ったエンドウの交配実験の話まで出てきます。本書はヒトのオートファジーを理解する目的で読んでいますので、一つひとつの実験については概要を軽く把握する程度で十分ではないかと感じました。

 


  第3章 哺乳類オートファジーの大海原へ  

《ホモログ》
ホモログとは異なる生物種が持っている遺伝子で塩基配列が類似しているもののこと。同一の祖先種に由来する遺伝子が進化の過程で変化した可能性が高い。

タンパク質についてもアミノ酸配列が類似しているものをホモログと呼ぶ。

酵母のオートファジー必須遺伝子タンパク質のホモログが哺乳類で見つかれば、哺乳類もオートファジーに関連している可能性が高い。

《LC3》
ラットの脳から発見された新しいタンパク質MAP1-LC3は、酵母のオートファジーに必須なAtg8の哺乳類ホモログであることが明らかになった。

LC3によって様々な解析が可能になり、オートファジー研究を大きく前進させる原動力となった。

💬この章のLC3の解説部分では、タンパク質とGFP(緑色蛍光タンパク質)をつなげて光らせて蛍光顕微鏡で観察する方法が出てきます。難しい内容ですが、この章の詳細が完全に理解できなくてもこの後の読書に大きく問題は出てこないと思います。最後にコラムとしてノーベル賞授賞式の様子が書かれています。



  第4章 三つの主要機能  

オートファジーの研究は急速に進み、オートファジーが生体にとって極めて重要で多岐にわたる機能を持つことがわかってきた。

現在までわかっている主要な機能は、栄養源の確保 ・代謝回転・有害物の隔離除去の3つである。

栄養源の確保
自己を食べることで栄養を得るという役割(栄養源の確保)は、酵母からヒトまで全ての真核生物に共通したオートファジーの最も基本的な機能である。

オートファジーは飢餓状態で細胞の成分を包み込んだオートファゴソームが急にたくさん出現して活発になる。

多細胞生物の場合、脂肪細胞のように栄養を貯蔵する働きを持つ細胞もあって多少の飢餓は耐えられるがそれでもオートファジーによる栄養源の確保は大事である。

代謝回転
飢餓状態ではない普通の状態では、細胞の中にあるタンパク質の1~2%をオートファジーで分解しアミノ酸にし、出来たアミノ酸を材料に新しいタンパク質を作っている。こうした細胞成分の新陳代謝を専門的な言葉で、代謝回転と呼んでいる。

食物から摂取するタンパク質は胃腸で分解されアミノ酸になり、体内に吸収される。そのアミノ酸はエネルギー源として使われ尿素として排出される。タンパク質の材料になるものもあるがほんの一部である。食物から摂取したタンパク質を分解したアミノ酸だけでは到底材料が足りない。

 細胞の中にあるものを分解して同じものを作ることで、何日かで細胞の中身が全て入れ替わり、新しい状態が保たれる。

オートファジーが起きず、中身の入れ替えができないと、細胞の機能に不具合が出て病気になってしまう。

オートファジーが担う新陳代謝とは細胞内の成分の入れ替えである。細胞の入れ替わりに加えて細胞の成分も入れ替えられている。それが細胞の恒常性維持、ひいては健康維持に必須であることがオートファジーの研究で明らかになってきた。

この細胞内部の代謝回転は脳の神経細胞や心臓の心筋細胞のように一生の間にほとんど入れ替わらない細胞では特に重要である。

《有害物の隔離除去》
オートファジーは自己成分を分解するだけではなく、細胞内に入ってきた細菌などの有害物を隔離して除去する機能も持っている。

隔離除去の対象となる細菌はさまざまであり、さらには細菌にとどまらず、ウイルスなど広範な病原体が駆除されることが明らかになっている。

オートファジーを利用して増殖する病原体や、コロナウイルスのようにオートファジーを妨害するタンパク質を持っているウイルスも存在する。



オートファジーは生活習慣病を含む数多くの疾患の発症を抑制していることがわかったことで、多くの研究者が興味を持ち、オートファジー分野が急激に大きくなったのである。


💬 オートファジーによって抑制される疾病が具体的に書かれています。ダイエットの視点で語られることの多いオートファジーですが発がん抑制の機能もあるそうです。まだこれから新たな機能が見つかる可能性があるとのこと。難病といわれている疾病も治る可能性があるとしたら夢のある研究だと素人の私でも感じます。

研究者の世界というのはわからないことだらけですが、本書を読む限りでは非常に細分化されて専門性が高く、少しでも違う研究をしている研究者とは接点がほとんどないようです。この章では、吉森先生の奥様の伝手で歯周病の研究者と共同研究が始まったというエピソードが紹介されています。

コラムには漫画「トリコ」が出てきます。漫画を通してオートファジーを知る人が意外と多いため科学雑誌に論文を掲載するより週刊ジャンプにに載せたほうがいいのかもしれないという少し柔らかめの内容が脳の休憩にもなりホッとします。



  第5章 選択的オートファジー  


《ゼノファジー》
オートファジーによって細菌など外から細胞内に入ってきたものを分解する隔離除去のこと。自己の成分ではなく、外から入ってきたものを食べることから、ゼノ(異物)ファジーと呼ばれている。

《選択的オートファジー》
外から取り込まれたものは、細胞膜の袋(エンドソーム)の中に入っている。オートファジーによって分解される物質は多岐にわたるが、すべてのエンドソームをオートファジーが分解してしまうとエンドサイトーシス経路が機能不全になるため、細菌が入ったエンドソームだけを選んで分解していると考えられる。

エンドソームの中の細菌はリソソームに運ばれると酵素で分解されてしまう。そのため細菌は分解されないように毒素で膜に穴を開けて脱出する。脱出した細菌は細胞質で増殖し病気を引き起こす。
 ※第4章 有害物の隔離除去の項でA群連鎖球菌を用いた実験の詳しい説明あり

穴の開いたエンドソームを選んで分解していることが、いくつかの実験によりわかっている。

《リソファジー》
穴の開いたエンドソームという観点から考えると、他のオルガネラも穴が開くと除去されている可能性がある。

外から運ばれてくるものの中には、シリカやコレステロール結晶、尿酸結晶など刺激性の分子も含まれていることがあり、リソソームは穴が開くこともある。

穴が開いてリソソームの中にある分解酵素が外に出ると危険である。穴が開いたリソソームもオートファゴソームが包み込み正常なリソソームと結合する。

このように損傷して穴の開いたリソソームを除去するシステムをリソファジーと名付けた。

💬 この章はコラムも面白いエピソードもなく淡々と進んでいき、かなりややこしい説明になっています。どのようにして細菌が入ったエンドソームを見分けているのかという話なのですが、おそらく穴の開いたエンドソームであれば細菌か否かにかかわらず分解しているのではないかという結論です。

 


  第6章 疾患に対抗するオートファジー  

オートファジーにより細胞の中身の作り替えがうまくいかないと、細胞機能に支障が出て細胞死や疾患を引き起こしてしまう。

しかし細胞には寿命があり古い細胞は死に、新しい細胞に入れ替わっているため作り替えがうまくいかなくても大きな問題にならないことも多い。

一方で、脳の神経細胞や心臓の心筋細胞は、ほとんど入れ変わらず生まれてからずっと使い続けなければいけない。

オートファジーによる分解が滞ると、古いものや壊れたものがどんどん溜まっていき、やがて細胞は死んでしまう。

《神経変性疾患》
神経細胞が死んで、脳機能が低下してしまう疾患がいくつもあり、まとめて神経変性疾患と呼ばれている。

 細胞内のタンパク質蓄積が共通する特徴として見られ、オートファジーによる分解が滞っていることが推測される。

《凝集タンパク質》
凝集して塊を作りやすいタンパク質がある。このタンパク質は細胞毒性を持つため、それが蓄積すると細胞の機能が低下して疾患の原因となる。

オートファジーは、凝集タンパク質を選んで分解することで、それが引き起こす疾患の防御機構として働いている。
→パンチントン病、アルツハイマー病の発症に関わる凝集タンパク質を分解して、発症を抑制してくれている可能性が高い。

オートファジーは、損傷したミトコンドリアを除去することでも発症を防いでいる。
→パーキンソン病

《責任遺伝子》
変異が起きると特定の疾患を引き起こす遺伝子をその疾患の「責任遺伝子」、あるいは「原因遺伝子」と呼ぶ。

疾患を発症させる遺伝子があるのではなく、誰でも持っている遺伝子に変異が起きると発症する。

遺伝子疾患とは、遺伝子の変異が原因で発症する疾患の総称である。遺伝という言葉のせいか、親から子へ遺伝すると思われがちだが、遺伝しないものもある。

《損傷リソソーム》
オートファジーが起きないと、損傷したリソソームを除去できなくなり、症状が悪化することが明らかになっている。

《腎疾患》
血液に溶けている尿酸は腎臓で取り除かれて尿と一緒に排出されるが、結晶化した尿酸は腎臓に蓄積していく。

尿酸結晶は、エンドサイトーシスによって腎臓の細胞の中に取り込まれ、リソソームに運ばれる。尿酸結晶はトゲトゲしているためリソソームを傷つけ、中にあった分解酵素が細胞質に広がって細胞の機能が低下し腎障害が生じる。


《生活習慣病》
2型糖尿病を起こす膵島(すいとう)アミロイドポリペプチドや、動脈硬化を起こすコレステロール結晶もリソソームを傷つけることが知られている。

オートファジーは、他にもさまざまな生活習慣病と関わっていることがわかってきている。
 
💬 この章はさまざまな疾病について書かれています。脳の神経細胞や心臓の心筋細胞は、ほとんど入れ変わらないため特にオートファジーが重要になるというのは衝撃的です。アルツハイマーの原因がタンパク質の蓄積であるという話は最近よく聞くことですが具体的な理論は初めて知りました。オートファジーという言葉がダイエットという視点から独り歩きしてしまっていることは残念です。

 

  第7章 オートファジーを止めるルビコン  

《脂肪肝》
脂肪肝は肝臓の細胞に脂肪が蓄積して肝障害を起こす。生活習慣病の一つである。

大量の飲酒が原因のアルコール性と飲酒が原因ではない非アルコール性があり、非アルコール性脂肪肝の患者の方が多い。

非アルコール性脂肪肝は、過食、特に脂肪分が多い高エネルギーの食事を摂りすぎると摂取エネルギーが消費エネルギーを上回り肝臓の細胞に脂肪がたまって起きる。

脂肪肝では、オートファジー機能が低下する。

《ルビコン》
多くのオートファジー関連タンパク質はオートファジーに対して促進的に働くが、ルビコンは、オートファゴソームとリソソームの融合を抑制するタンパク質である。
 
脂肪肝の研究から、高脂肪食の過剰摂取によってルビコンが肝臓で増加しオートファジーの機能が低下することが明らかになっている。
 
脂肪肝は遺伝子疾患ではない。この研究結果は遺伝子変異がなくても食生活という環境要因によってオートファジーが低下して疾患が引き起こされることを示している。

 

生活習慣病の中には脂肪肝のほかにもオートファジー機能の低下が確認されている疾患がある 。脂肪肝と同様に高脂肪食の過剰摂取などの食生活が原因になっているのかもしれない。

ルビコンをターゲットにすることで、オートファジーが関わる疾患の予防や治療が可能になるのではないかと期待されている。

特定のタンパク質が作られないようにする方法は2つある。
・ノックアウト~遺伝子を破壊してしまう方法
・ノックダウン~遺伝子からタンパク質を作らないようにする方法

ルビコンの合成を阻害し機能低下を防ぐことができれば、治療薬を作ることができると考え研究を進めているがなかなか難しいのも事実である。そこで、ルビコンと結合してその働きを阻害する低分子化合物の開発も進めている。

ルビコンの働きを阻害する薬ができれば、脂肪肝だけでなく、オートファジーの機能低下によって発症する様々な疾患の治療薬になる可能性がある。

💬 ルビコンは驚くべき働きをするタンパク質ですが、オートファジーが暴走すると危険なのでブレーキ役のタンパク質があるのは当然という考え方もあるそうです。 暴走を防ぐ機能まであるとは人体とは完璧な構造になっているのだと感心しました。
 
オートファジーの働きと疾病との関連がわかれば本書を読む目的が達成されたことになりますので1章と6章、7章は絶対におさえておきたいポイントだと思います。

前半の章のように研究室の様子や面白いエピソードは出てきません。実験の具体的な方法など難しい内容も多くて少々退屈するのも事実ですがルビコンが出てきて目が覚めた感じがしました。 コラムがないのが残念です。

 
 
  第8章 健康寿命を延ばす  

健康寿命
寝たきりや認知症など健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間を健康寿命と呼んでいる。

日本の平均寿命と健康寿命との差は、男性で約9年、女性で約12年。この期間は日常生活に制限のある不健康な状態で過ごしていることになる。

ただ長生きするのではなく健康寿命を延ばす必要がある。老化のメカニズムを解明し、老化に伴って発症する疾患の予防や治療に役立てようとする研究が盛んに行われている。

寿命延長経路
こうすると寿命が延びるということがさまざまな実験から知られているが、それらは専門用語で寿命延長経路と呼ばれ、主なものが5つある。

カロリー制限
1食のカロリー、あるいは食事回数を減らすと寿命が延びる。ただし生命の維持に必要なカロリーは摂取しなければならない。

②インスリンシグナルの抑制
インスリンは膵臓から分泌されるホルモンである。食後に血糖値が上昇すると、それに反応して膵臓からインスリンが分泌される。

インスリンが細胞の表面にある受容体に結合し、その情報が細胞内に伝えられると、細胞は血液中のグルコースを取り込み、エネルギー源として利用する。

このインスリンシグナルは糖の代謝を調整し、血糖値を一定に保つ働きを持つ重要なものである。

しかし重要だからインスリンシグナルは多い方が良いかというとそうではなく、ある程度抑制した方が寿命が延びる。

③TORシグナルの抑制
TORはリン酸化酵素で、アミノ酸やグルコースなどの栄養源が増えると活性化され標的分子にリン酸を付加することを通して、タンパク質の構成や細胞の増殖を制御している。

TORシグナルも抑制すると寿命が延びる。

④生殖細胞の除去
生殖と寿命は逆相関の関係にあり、生殖を盛んにすると寿命は短くなる。生物としては次の世代を作ってしまえば不要ということなのだろう。次世代を作らなければ長生きする

⑤ミトコンドリアの機能の抑制
ミトコンドリアは細胞のエネルギーを作っているオルガネラである。当然生きていく上で欠かせないが、ミトコンドリアのエネルギー産生をある程度抑えた方が寿命が延びる。


これらの寿命延長経路は相互に関連性がなく独立している。

①のカロリー制限は、軽い飢餓状態に相当する。飢餓状態になると細胞はフォートファジーによって自己の成分を分解して栄養源を確保する。カロリー制限時によってオートファジーが活性化される。

②から⑤に関しても、オートファジーが活性化することが明らかになっている。


《ルビコンと老化現象》
年をとるとオートファジーが低下するが、ルビコンをなくすと、加齢に伴うオートファジーの低下が起きず、寿命が延長されることがわかっている。またさまざま実験結果は、ルビコンがなくなると老化現象が軽減することを示している。

高齢者に発症しやすい傾向がある神経変性疾患についても、ルビコンをなくすとその症状を抑制できることが明らかになっている。

《寿命延長の鍵》
寿命延長経路の5つには共通点があり、全てでオートファジーが活性化されている。一方、何もしなければ、加齢に伴ってルビコンが増え、その結果オートファジーは低下する。

つまり、今日の鍵を握っているのはルビコンということになる。

遺伝子工学の技術を使うと、特定のタンパク質を全身で働かなくすることはもちろん、任意の臓器だけで働かなくすることもできる。最も治療が伸びるのは脳でルビコンをなくした場合だった。

脳が寿命の決定に関わっていると考えている研究者は多いが、そのメカニズムはわかっていない。

《オートファジーを促進する食品成分》
普段から、オートファジーが低下しないようにすることは大事だが、病気になる前からオートファジーを活性化する医薬品を長期間飲み続けるというのは副作用の問題もあり現実的ではない。

天然の食品成分であれば、医薬品ほど効果は大きくないかもしれないが、安心して長期間摂取できる。

《スペルミジン》
オートファジーを活性化する天然の食品成分のうち代表的なものがスペルミジンである。

特に多く含まれるのは、豆類や発酵食品である。味噌や醤油、チーズにも多く含まれている。

イタリアの町で800人を対象に行われた食事調査によれば、スペルミジンの摂取量が多いほど、心不全などの心血管疾患になりにくい傾向があるという。

免疫細胞のB細胞は加齢に伴って抗体を作りにくくなり、オートファジーの低下が原因だと考えられている。老化した人の免疫細胞にスペルミジンを投与したら、抗体の産生量が増加したという報告もある。免疫機能が高まれば、病気にかかりにくくなる。

老化して、オートファジーが低下している免疫細胞でもオートファジーを活性化でき、抗体産生能力を回復できたということは、老化は不可逆的な現象ではない可能性を示している。

💬 本書では、食事の回数についての言及はありません。1食のカロリー制限あるいは食事回数を減らすという表現になっています。Youtubeで吉森先生の名前で検索するとオートファジー関連の動画がいくつか出てきます。動画の中では、1日3食、腹八分目が推奨だが2食にすることで食べる総量が減るならば3食に拘らなくてよいというような表現でした。食事回数を減らして空腹からドカ食いしてしまうのなら逆効果だとい注意喚起だと思います。

本書を読んでみると巷にあふれているオートファジーの情報とはかなり違っていました。

読書で正しい情報に触れることは大事です。オートファジーに興味を持ったなら最初に読む本として本書は最適だと感じました。