追熟読書会: 喜多川泰
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【手紙屋

喜多川泰(著)

手紙屋は希望者と手紙のやりとりをすることを仕事にしている。その手紙は全10通。手紙屋が今まで学んだことを惜しみなく伝授しながら夢を実現する手伝いをするのである。

2007年8月発売の就職活動編と同年12月発売の螢雪編と2冊あるのでどちらから先に読むか迷った。私は就職活動編から読んだがティーンエイジャ-なら螢雪編からがいいように思う。

それではまず、
「僕の就職活動を変えた十通の手紙」から

主人公の諒太は大学4年生だが就職活動に乗り遅れている。自分が何に向いているのか、何をしたいのかわからない。
そんな状態で受け取った手紙屋からの1通目の手紙。
働くという行為は「お金や安定」と「労働力や時間」をちょうどいいと思う量で交換している。この手紙は物々交換がテーマだった。今までお金があれば欲しい物が買えると諒太は単純に考えていたが、世界は自分の理解しているものとは違うと気づく。

この辺りの設定はかなり怪しい雰囲気はある。社会人経験を積んだ人なら警戒して手紙は書かないだろうと思うが、とにかく不思議な文通は始まった。そして手紙が届く度に世界観が変わっていったのである。次に学んだのは、頭の中に天秤を用意すること。片方に手に入れたいものを乗せ、もう片方には手に入れるために必要なものを乗せる。バランスを取るには努力が、練習が、勉強が必要になる。

文通を通して、多くの人から必要とされ続ける大切さも学んだ諒太は大企業へのこだわりが消えかけていた。しかしそのタイミングで内定をもらう。安心感を持ちながらも拍子抜けする諒太はさらに自分のしたいことは何か考え続け、ついに文通が終わるころには自分の生き方を見つけるのである。

ビジネス書のような難しい言葉は使わず感情的にもならず静かに進んでいく。よくある啓発書との違いはわかりやすさと、相手の成長を期待しながらも他人を変えることはできないと理解していること。人は多面的でありすべての人にあらゆる性格が備わっていると考えていることである。

背景の設定も面白い。書楽という書斎カフェとそこで働く和花の存在。前向きな生き方をする車椅子の義兄。そして手紙屋とは何者なのか(これは最後にネタバレがある)



続いて蛍雪篇 私の受験勉強を変えた十通の手紙」

書楽で働いていた和花が高校生2年生のときの話。やはり和花も手紙屋と文通していたのである。

父親とは衝突ばかり、勉強はやる気になれず成績は低迷していた。この辺りは共感を持つ人も多いのではないだろうか。私などは高校生のときの記憶は薄れてしまっているが父親との衝突はピークだったような気がする。


進学せず就職する道も考え始めた和花だが、そのタイミングで兄から手紙屋を紹介された。兄はバイク事故で車椅子生活になったが手紙屋のおかげで人生が変わったと言う。兄に届いた1通目の手紙を読ませてもらって涙する和花。そこから文通が始まったわけだが、驚いたことに和花への1通目の手紙には「しばらくの間、勉強するのをやめてほしい」と書いてあった。

勉強をしなければしないで落ち着かない和花だが2通目、3通目の手紙を受けとるうちに昨日とは違う自3分になるためにもう一度勉強しよう、大学に行こうと考え始める。そして、またまたいいタイミングで大きな変化が起きる。両親が与論島に移住してペンション経営をすることになったのである。和花はペンションの手伝いをするか一人残って大学に進学するか決断を迫られる。

文通が続くにつれて変化していく和花だが、何かに没頭しているときに感じる楽しさは「笑える」という意味の楽しさとは違うことに気づく。

誰かを幸せにするため・・・これも大事なことだが忙しくなると忘れてしまいがちなことでもある。

私は喜多川さんの作品は若者向けの人生指南書だと感じていたがネット上の書き込みを見ると若者よりも親世代、ある程度の年齢の人に刺さっているような感じがした。私も若いときに読んでいたら印象は今よりサラッとしていたのかもしれない。なぜなら簡単なことでも実践は難しいが、それでも諦めずに少しずつでも続けていたら何かしら結果がでることを今は知っているからである。

読んでいる途中で思い出したことを付記する。
三浦綾子さんの「続氷点」に出てくる言葉、
一人の人間を、いい加減に育てることほど、はた迷惑な話はないんだよ。自分一人くらいと思ってはいけない。その一人くらいと思っている自分にたくさんの人がかかわっている。ある一人がでたらめに生きると、その人間の一生に出会うすべての人が不快になったり、迷惑をこうむったりするのだ。そして不幸にもなるのだ。

子育て中に何度も思い出した言葉。自分勝手に子どもたちに感情をぶつけそうになったときに歯止めになってくれた。綾子さんの言葉には力強さが、喜多川さんの言葉には優しさがある。 

【 賢者の書】

 喜多川 泰 著

人生の指南書ともいえる喜多川さんの作品の中でも本書はデビュー作という特別な位置づけにあると思う。 

ある意味では若々しく理想的であり、ある意味では歩き続けて人生に疲れた人々への成熟したエールでもある。喜多川さんのことは何年も前から知っていたが実は最近まで未読だった。それは何故かというと、若者が読む本というバイアスがかかっていたからだ。しかし数ヶ月前に参加した心理学系セミナーで勧められて読んでみると非常に面白かったのである。


最初の語り手はアレックス。中学、高校に通う2人の子どもがいる。住宅ローンが残っているのでリストラされそうな会社で何とか耐え忍んでいる。社長交代で新社長に疎まれ若手に仕事を奪われていく悲しみが淡々と語られていく。妻は話好きで可愛い女性だが最近は愚痴ばかり。鬱屈したアレックスは一人になるため思春期を過ごした町の公園に向かう。


 

アレックスが公園で出会ったサイードという少年は賢者の教えを求めて旅をしている。最後の教えを授けてくれるのはアレックスだと信じているサイード。物語の語り手はこの少年に移っていく。

 

賢者は9人、教えも9つある。ネタバレになりすぎない程度で2つの教えについて感じたことを書いていくが、詳細はぜひ本書を実際に手にとって読んでいただきたい。

 まず1つ目は、自らが生きていく方向性は、何になるのか(職業)ではなく「どんな人間になるのか」が大切という話。これは第4の賢者の教え。将来どうなりたいか、と聞かれると職業を答える人が多いが、同じ職業のなかで「どんな人間になりたいか」のほうが大切。どんな人間になりたいかを追求するから自ずとやるべきことが見えてくる。賢者とはなろうとするものではなく自然と周囲が認めるから賢者と呼ばれるのである。

なかなかややこしい話だが、江戸時代の武道を例に説明しているので若者にも理解しやすいのではないかと感じた。身分制度のなかでは職業を選ぶことはできない。武道とは武士としてどう生きるかを追求する道なのである。すべての武士が立派な人物だったわけではないと考えると成功は人についてくるものであり職業ではないという理論がスッと入ってきた。

 

 

2つ目は第8の賢者の教え。言葉には2種類ある。1つは口から発せられる音としての言葉。もう1つは心の中の言葉である。圧倒的に強く影響を受けるのは自分自身の言葉。人生は言葉によって作られている。

 一番響いたのはこの第8の教えだった。私は常々、思考とは言葉だと思っている。言葉なくして考え事はできないからである。しかしやっかいなのは自分自身に語りかける心の中のひとり言はいつもポジティブとは限らない。実際の音としての言葉も情報も完全にシャットアウトすることは難しい。もし仮に外からの情報を完全にシャットアウトしても自分の声は聞こえ続けるのである。人が圧倒的に影響を受けるのは自分の言葉である。では、どんなふうに自分に語りかけると人生をいい方向に向けられるのか。ネガティブな言葉の反芻を止めるにはどうしたらいいのか。多くの人が様々な方法を指南している。マインドフルネスなどもこの教えに近いものなのではないか。

 

実際この類の本は多く出版されている。内容が似通っているのも事実だと思う。読んでも実行しなければ意味がないという人は多い。さらに言うと、そんなことはわかっているができないから困っているという人々も多い。

 

なぜ簡単なこと、ありきたりな内容などと言いながら実行できないのか。それは自分の心の中のひとり言に関わっているのかもしれない。ここまで考えてみて本書を読むことの意味が見えてきたように感じた。

とにかくやってみよう。

ちいさな「ありがとう」から。そして本をたくさん読んで語彙数や思考回路を増やしていこうと思う。

【運転者】

未来を変える過去からの使者 

喜多川 泰 (著) 

歩合制の保険営業の仕事をしている修一は顧客の大量解約で危機に陥る。そんな時に偶然乗ったタクシーの運転手との会話から人生が好転していく。


タクシーのメーターは走る度に減っていきゼロになるまで乗り放題。初めて乗ったときは69820円だった。突然現れて修一の私生活まで知り尽くしている運転手も不気味だった。ファンタジー要素と啓発的な金言とがマッチした不思議な作風だが幅広い年齢層で楽しめる工夫ということなのかもしれない。とにかくピンチの時に現れる。そして修一の運気を好転させるために必要な考え方を提示してくれるのである

 




私も人生の前半は運に恵まれていないと感じることが多かった。ところが潮目が変わったと感じるようなことがあってから割りと順調な日々を送っている。大切なのは大きなことではなく日々の小さなこと。その辺りのことを実に上手に本書は描いている。

 

ポイントは細かい点はいろいろある。その中で私がこれは本当にその通りだと感じた点は2点あった。

 

まず1つ目は夫が突然10万円のギターを買ってきたのに妻が怒らなかった件である。どんなことが運気を好転させるかわからない。出会った人の全てに関心を持つよう運転手にアドバイされた修一。四国のバーで知り合ったミュージシャンに感化されて買ったギターである。ポイントは自分に興味がないことでも相手にとって興味のある事(物)であるなら絶対に否定してはいけない。これは非常に重要なポイントだが意外と難しい。たまたま今回は修一もギターに興味を持ったが、そうならないこともある。必ずしも相手と同じ興味をもつ必要はないが、ギターを好きな人がいることは受け入れる。親子や夫婦などでは結構これは難しい課題だったりする。親は子に、どうしても自分の好みを押し付けてしまいがちである。

 

もちろん物語の中には様々な仕掛けがあり、妻も間接的に人生を学ぶ機会が訪れているために起きていることである。これは著者の仕掛けの上手さであると思う。

 

この不思議なタクシーに数回乗車するうちに少しずつ修一は人生を上手に生き抜くコツを身につけていくわけだが、もう一つ非常に大切な学びを得る。

 

もう一つのポイント、それはいつも「上機嫌」でいることである。

 

私は最近、選択理論心理学の勉強を始めたばかりだが、本書と共通する部分が多いことに驚いている。おそらく人生を自分らしく生きるコツは心理学でも哲学でも基本は同じなのだろうと思う。

 

選択理論では「幸せは責任」と表現している。幸せな人は問題を起こさない。幸せな人は他人を傷つけることが少ない。だから幸せは権利ではなく責任だという考えである。自分の機嫌は自分でとる責任がある。

 

著者の喜多川さんは(ウィキペディアによると)愛媛県出身とのことである。愛媛県は選択理論を積極的に学ぶ方々が多い。私の選択理論の師匠も愛媛県在住の方である。企業や学校でも講演を行っているようなので、もしかしたら何かしら本書のエキスとして選択理論が取り入れられているかも。などと自分勝手に妄想しながら読了した。

 

一冊の本との出会いで人生が変わることもある。これは読書好きなら誰もが感じていること。

しかし、一方で「それができたら苦労はしない」という感覚でこの類の本を手にとらない人も多いことは事実である。たしかに、それができないから苦しいのだ。それでも手に取ってほしいと思ってしまう。そして本書を手にとった全ての方の人生が好転しますように。