2023/07/20

【小説】マディソン郡の橋


 

ロバート・ジェームズ・ウォラー著









「グラッサー博士の選択理論」の第6章でフランチェスカとロバートの2人が登場した。4日間の出来事と別れ、フランチェスカの落ち込みについてグラッサー博士は解説し仮想カウンセリングを行っている。続く第7章でも2人は登場。この2人は本書「マディソン郡の橋」をモチーフにしている。どこまでが小説の内容なのか、どの部分がグラッサー博士の創造なのか。それがわからないと難解な文章をさらに難解にしていると感じたので読んでみた。

  • 主人公のフランチェスカは夫と2人の子どもと一緒に田舎の農場で暮らしている。元は高校教師、文学を愛する繊細な女性である。イタリア国籍だが第二次大戦直後に軍関係でイタリアに来ていたリチャードと結婚してアメリカに移住した。田舎の人々はフランチェスカが愛する文化や芸術を理解できなかった。
  • 夫のリチャードは優しいが人の心に鈍感なところがあって時としてその朴訥さがフランチェスカを傷つけた。2人はそれほど親密ではないがケンカするわけでもない。リチャードはフランチェスカを愛してはいるが農場で働くことを最優先させている。人間は深く考え込まなくても働いて生きていけるのである。
  • 1965年8月、フランチェスカはロバートに出会った。ロバートは写真家でカメラをかかえて旅をしていた。フランチェスカはロバートを好きになり4日間一緒に過ごしたが、ロバートは帰っていった。フランチェスカには子どもがいる。家庭を捨てて一緒に行くことはできなかった。
  • なぜ、2人はこれほど惹かれ合ったのか。ロバートと出会う前から田舎の単調な暮らしに飽きていたフランチェスカだった。2人は芸術、文学、音楽の話ができて波長が合った。なかなかこういうしっくりと感覚の合う相手と巡り合うのは難しい。私もかなりの田舎で育ったのでフランチェスカの気持ちは理解できる。小説を読むというだけで嘲りの対象になることもあるのだろう。逞しく日々を生きる人々もいれば繊細な人間もいることを理解しない風潮があるのだと思う。とにかくフランチェスカが諦めていた文化的会話がロバートとの間には存在したのである。ロバートも孤独だった。フランチェスカを連れて帰りたかったが無理なこともわかっていた。
  • 1979年に夫リチャードが亡くなり、1982年にロバートの弁護士から手紙が届く。ロバートは遺品と手紙をフランチェスカに届けるよう弁護士に託していた。2人は1965年8月のあの4日間を生涯忘れることはなかった。


  • 小説そのものの感想としては、綺麗で悲しくて輝いていて、何だか胸が一杯になった。フランチェスカは強い女性でロバートは暖かさと強さを併せ持つ成熟した人間だ。小説の中ではフランチェスカはカウンセリングを必要としてはいなかった。
  • 逆にというか、皮肉なことにフランチェスカはロバートとの出会いがあったからこそ農場にとどまることができたのである。フランチェスカは自分で別れを決断した。ロバートと一緒に行っても罪悪感から自分は幸せにはなれないと感じていたからだ。イタリアから移住してきたときは何となく時代に流された感があった。憧れのアメリカに住むという甘い考えもあった。その甘さが様々な消化不良を生んでいたが、ロバートとの別れは自分で選択したものであり覚悟があった。
  • グラッサー博士は仮想カウンセリングでフランチェスカに質問している。「私に会いにくる選択をした理由は何でしたか」フランチェスカは答えた「私が来たのは、誰かに話さずにはいられなかったからです」 実際に小説を読んでみるとこの言葉は重いものだとわかる。夫リチャードは悪い人間ではない。生活の安定と平和を与えてくれる。しかし話は通じない。次第に話さえもしなくなっていたフランチェスカの空虚さを何かで埋める必要がある。
  • ほとんどの場合、親子も兄弟も夫婦も多くの違いがありながら一緒に暮らしている。幸せになるためには解決のサークルが示すように話し合いで妥協点を見つけ尊敬を忘れないことが大切である。夫リチャードにはそこの部分が欠けていた。しかし著者の創造力は素晴らしい。リチャードの最期の言葉は、フランチェスカに夢を与えられる存在ではなかったことへの心残りであった。リチャードも気づいていたのである。またこれも涙を誘う場面である。
  • 小説の中でフランチェスカは、2人の思い出の品を年に1度だけ取り出して偲んでいた。日記を書くことでいつか子どもたちにも自分の気持ちを知ってもらいたいと思った。これが落ち込みから癒やしへとフランチェスカを変化させたのである。フランチェスカの死後に手紙と日記を読む息子と娘は、母と比べて自分たちの人生が投げやりで幼稚であることに気づく。こんなに最後まで涙を誘う展開にしなくてもいいのにと思ってしまった。
  • この作品は映画化もされているが、小説ならではの心理描写がなければ単なる恋愛モノ、それも中年の男女の恋愛物語である。凝った構成で読ませる小説が近年は増えているが、本書は優れた心理描写と綺麗な言葉、綺麗な文章で気持ちよく読める作品だった。良い作品との出会いに感謝。


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