ミステリーの女王、アガサ・クリスティが別名義で書いた愛の小説シリーズ6作品の中の1つ。
1956年の作品。
「どうして人間は、他の人にとって何が一番いいことか、当人より自分の方がよく知っているような気になるのでしょう?」これは主人公ローラが妹を愛し過ぎることを心配した友人の放った言葉である。
クリスティはトリックを組み立てることが非常に上手いが、それ以上に人物描写が上手い作家さんである。どう頑張っても好きになれない被害者と好人物の加害者という設定も多い。読者は加害者に感情移入していくが頭脳明晰で皮肉屋の探偵は容赦しない。一度罪を犯して逃げ切った人間はまた同じことをする。いやエスカレートしていくこともあるからだ。どちらにしても人間の心の明暗を描くのが上手い。運命の悪戯やちょっとした無理が原因で道から外れてしまう心理、変わりたいと思っても自分で自分がどうにもならないジレンマ等々。
クリスティは自分で生み出したポアロに愛想が尽きて何度もシリーズを終わらせようとしていた。本当に書きたかった小説は本書のような文学性の高い作品だったのではないかと思う。
さて、本書の主人公ローラの話に戻る。ローラは大人しくて賢い子どもだった。あまりにも手がかからない子どもだったので親にかまってもらえなかった。2歳年上の兄が病気で亡くなると両親を独り占めできると考えたがすぐに妹シャーリーが生まれる。
シャーリーへの嫉妬から「妹などいなくなればいい」と神様に頼むほど思い詰めていた。ところが家が火事になって取り残されたシャーリーを見た途端にローラの愛情は爆発し、火の中に飛び込んで救助する。その後、両親が事故死してからは異常なまでに愛情が深くなっていったのである。あまりにも妹を大切に思う自分が怖くなり何とか距離をおこうとするが上手くいかない。
シャーリーの結婚が不幸なものだと思い込んでしまってからはコントロールができなくなっていく。シャーリーの夫ヘンリーはお金と女性にだらしがなく仕事は何をやっても長続きしない。それでいながら不思議と周囲の人気を集める魅力を持っている。現実世界でも時々耳にする話ではあるがクリスティがこういう人物を書くと忽ち魅力が溢れ出す。実はシャーリーもヘンリーとの生活に疲れながらも幸せだったのである。
人生の転換期は突然にやってくる。ヘンリーはスポーツ中のケガがもとで障害を負ってしまう。苛立ちをシャーリーにぶつけるヘンリーだが、何とか立ち直ろうとしていたのも事実。反省し後悔の涙を流すが自分で自分がコントロールできないヘンリー。ローラはローラで自分の愛情が妹の人生を狂わせる可能性に気づくがこちらもコントロール不能になっていく。そして悲劇は起きる。
本書の魅力の一つはローラを支える2人の人物の存在である。亡父の友人だったボールドックは偏屈な学者だが客観的に人間を見る才能を持っていた。自ら心配事を探して歩くようなローラにたびたび忠告する内容は深い洞察に基づいている。
もう1人はローラとシャーリーに影響力を持つルウェリンである。神職ではなく演説者であり伝道者である特殊な立ち位置のルウェリン。その会話の一つひとつが示唆に富んでいる。急に終盤になって登場して雰囲気を一変させるルウェリンに違和感を感じるというレビューをネット上で見かける。しかし、ヘルマン・ヘッセの「シッダールダ」を彷彿とさせるこの人物に私は好感を持っている。
ヘンリーの死後に再婚したシャーリーだが幸せを感じることができず苦しみ続ける。ローラとシャーリーの思いを結び付けローラを支えたルウェリン。結末が明るい将来に向かっていることが救いである。
愛とは与えることも、与えられることも時として難しい。幸せの価値は人それぞれ違うが、どんな人も幸せを願うことは許されている。長いあいだ妹を支えることしか考えなかったローラが、愛され支えられる立場になったことで、愛の重さと期待に応えることの重さを知ったのである。
ローラの愛情は怖い側面があるが、シャーリーのヘンリーに対する愛情も疑問を感じるほど深い。まだまだ心理学が一般には浸透していなかった時代に書かれた作品が、70年近い時を経て読者を感動させているのだからクリスティは凄い。

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