ミステリファンであれば誰もが知っているエラリー・クイーン。最後の長編小説が出てから半世紀が経過した現在でも愛され続けています。
エラリーといえば謎解きをメインにした「国名シリーズ」が大変有名です。私がエラリー・クイーンにハマるきっかけになった作品は「エジプト十字架の謎」でした。エラリーは謎解きマシンのように理論を組み立てて鮮やかに事件を解決していきます。
しかしこのシリーズは小説として深みがあるというわけではありません。エラリーはデビューから40年かけて探偵として大きな変貌を遂げているのです。
そこで、ほとんどの長編を読了した今、印象に残っている5冊をあえてこの国名シリーズ以外からピックアップしてみました。国名シリーズは機会があればいつか取り上げてみたいと思っています。
エラリー・クイーンは主人公の名前であると同時に作者名(ペンネーム)でもあります。まずこのあたりを少し紹介してからSELECT5作品について書いていきます。
◆エラリー・クイーンとは
◆今回のSELECT理由
◆SELECT5
・ 途中の家
・十日間の不思議
・九尾の猫
・帝王死す
・第八の日
今回は順位をつけずに発行年順にしています
エラリー・クイーンとは
主人公としてのエラリーはニューヨークの私立探偵です。西87番街のアパートの最上階3階に父親のリチャード・クイーン警視と住んでいます。
長身、鼻眼鏡、ステッキ、見るからにインテリという風貌でコンピューターのような分析と推理で謎を解いていきます。初期作品ではエラリーが犯人を名指しする前に読者への挑戦状があります。
父のクイーン警視は小柄で嗅ぎタバコを愛用する熟練の警察官です。初期の作品では積極的に捜査を引っ張っていくのが警視で、エラリーはその手伝いをするというような設定です。しかしシリーズが進んでいくにしたがってエラリーが単独で調査と推理を展開します。警視はお手上げ状態になることが多くなり登場しない作品もあります。
一方で、エラリー・クイーンはフレデリック・ダネイとマンフレッド・リーの2人が使用したペンネームでもあります。いとこ同士と言われている二人ですが、ダネイがプロットを担当し、リーが執筆を担当していました。
エラリーが登場するシリーズは長編が33冊、短編やノベライズを加えると130冊にもなります。デビューは1929年、最後の長編は1971年です。(著作一覧を参考にしてください)
一般的にはシリーズを4期にわけて考える風潮があります。それはエラリーの作風が年を追うごとに大きく変化していったからです。
第1期は国名シリーズ(1929年 - 1935年)
本格的な謎解ミステリです。タイトルに国名が付いていますが海外に行って捜査するわけではありません。
第2期、恋愛要素の導入(1936年 - 1940年)
読者層に女性も多い『コスモポリタン』に作品を発表するようになったりしたことから、読者層を考慮して恋愛描写が増えるなど通俗的要素が増えた時期です。
第3期、心理重視の作風(1942年 - 1958年)
ライツヴィルという架空の地方都市を舞台にした作品や人間の心理面に重きが置かれる作品が多く、涙を見せたり自分の失敗で死者が出たことを悩んで探偵をやめる決心をしたり、エラリーが人間らしく変化していきます。
第4期、他作家との協力・監修期(1960年代以降)
リーの衰えによりダネイのプロットを他作家に委ねて執筆してもらう形式が増えてきます。
今回のSELECT理由
今回選んだ5作品は心理描写に重きを置いた作品が多くなっています。
その中で最もマイナーな作品は「第八の日」です。おそらくこの作品をピックアップしてレビューを書く人はほとんどいないでしょう。異色作といわれているのはダネイが他の作家と共同で書いた作品だからということもあります。文明から離れて自給自足生活をする村にエラリーが迷い込んで事件に遭遇するという不思議な設定です。スタインベックを彷彿とさせるところもあり、ミステリ要素は薄いのですが濃厚な人間心理を描いた一冊です。
初読のインパクトが忘れられないため真っ先にこの作品を選びました。ミステリと文学作品の両方が好きなかた向きだと思います。
もともとエラリー作品は他の警察小説や探偵ものと違って、犯人がわかっても公表しないことがあるということを理解したうえで読んでください。
「帝王死す」は警視とエラリーが拉致同然に富豪の家に連れていかれ調査することになります。エラリー登場作品としてはこの作品も異色作といっていいでしょう。
選んだ理由は離島を買って王国を築いた大富豪という設定、クイーン親子が冒頭から登場する作品は意外と少ないという事実、いま話題になっている○○文書にでてくる内容に似ているから等々。実はアメリカ発のニュースを聞いてから未読だったこの作品を読んでみました。一番最近読んだから印象に残っているだけかもしれませんが設定そのものが面白いと思います。
他の3作品のエラリーは自分の結論に自信が持てず、捜査が進むにつれて苦悩が深くなっていきます。
共通していることは、エラリーが証人の言葉をまずは真実として信じることから推理が始まる点です。誰も信じないような無実の訴え、事件に関係ないとして記録さえされなかった証言、嘘としか思えない証言、などを徹底的に一度は信じて拘ってみるのです。
もしも証言が嘘だとしたら推理はどこかで破綻します。そのときは別の仮説を立てればいいだけなのです。
もちろん証言が嘘のこともあり危うく騙されそうになったり、犯人を名指ししてから誤りに気付いて訂正することもあります。
エラリー・クイーンの面白さは推理の過程にあると常々感じているためこの3作品を選びました。
「十日間の不思議」と「途中の家」はエラリーの友人が関係していて調査が難しい状況に陥りますが小説として読み応えのある作風になっています。
※一部出版社では「エラリイ・クイーン」と表記している本もありますが、このブログでは「エラリー・クイーン」を使います。
それでは、このあとは各作品の紹介に入っていきます。
途中の家
※原題は「Halfway House」、邦訳が「中途の家」となっている本もあります。
第2期の最初の作品です。
エラリーはトレントンのホテルで友人のビルと11年ぶりに再会します。
ビルは義弟(妹の夫)ジョセフと会う約束があり、その会合が終わったあとは仕事でニューヨークに行くことになっています。
エラリーは自分の車で一緒にニューヨークに行くことを勧め、1時間後にまた会う約束をして別れました。
ビルの妹ルーシーは大変な美人で大人になりかけのエラリーを悩ませた存在でした。思い出に浸りつつホテルのロビーでくつろいでいたエラリーですが、ビルからの電話でジョセフが殺されたことを知ります。
急いで殺害現場に向かったエラリーは警察到着前に現場検証を行います。
警察が到着したあとは、エラリーが何者なのかを説明するお約束の行程を経て本領発揮となります。
続いて3人の人物(中年の男女と若い娘)が登場。読者にとっては見知らぬ人物の登場は唐突に感じますが、ジョセフの顔に見覚えがあったエラリーが一旦現場を離れ、電話で3人を呼んだのです。
中年の女性はジェシーカと名乗り、殺されたのは自分の夫だと証言しました。
相関図を作りましたので下図を参考にしてください。
ジョセフはニューヨークではジェシーカの夫として上流階級の人々と暮らし、フィラデルフィアではビルの妹ルーシーと慎ましくも愛情あふれる生活を営んでいました。
トレントンの家は2つの都市の間にあって、二重生活の入れ替えのための隠れ家でした。
重婚の実態解明のため二人の妻の間でさまざまな論争が巻き起こります。その間にエラリーは友人を助ける努力を続けますが、残念なことにルーシーは夫殺害で裁判を受け有罪となってしまいます。
ジョセフは百万ドルという高額の生命保険に入っていて、受取人をルーシーに変更したばかりでした。
※本書は1936年の作品です。ネットで調べると当時の1ドルは4円程度だそうです。1円は今の価値に換算するとおよそ5000円ですので1ドル=2万円。百万ドルがどれほどスゴイ金額かわかると思います。
おまけにペーパーナイフにはルーシーの指紋がありました。
ここまでで約6割のページを費やしています。いや、まだ6割なのです。ここからどう動いていくのでしょうか。
二重生活を扱った似たような小説は他にもあります、本作の特徴はエラリーが探偵という立場だけではなくビルの友人であること、ルーシーに好意を抱いていることでしょう。
殺人の動機はニューヨークとフィラデルフィアのどちら側にあるのか。ビルは潔白なのか。ルーシーのことも疑いながら苦悩するエラリーは、誰も取り上げなかった証言が信実であるという仮定をもとにルーシーの無実を証明しようとします。
ただ謎を解くだけではなく揺れ動くエラリーの心情と終盤に向かって面白さが増していく構成に引き込まれていく作品です。
架空の町ライツヴィルを舞台にした作品です。
ライツヴィルは「災厄の町」で初登場したニューヨークの北方に位置する街です。エラリーはこの街を第二の故郷(心の故郷)と考え度々訪問しています。
※ライツヴィルものと言われている長編は6作品あり本作品はその3作目にあたります。
本作品はタイトルどおり十日間に起きた不思議な事件が書かれていますので、一日目から三日目まで(ネタバレにならないところまで)書いていきます。
●一日目
ハワードという人物が部屋の中で目を覚ますシーンから始まります。
彼は今どこに居るのか思い出せません。服と手には血痕が付いていて所持金200ドルと懐中時計が紛失しています。
今までもハワードは、「記憶喪失」を度々起こしていました。記憶喪失の期間は3~4週間のこともあれば2時間くらいのこともあり前触れなくやってきます。
一文無しのハワードは自殺を考えるほどの不安を乗り越えてエラリーの家まで長い距離を歩きました。それはあることをエラリーに依頼するためです。
その依頼とは、記憶喪失の発作が起きたときにそばに居て様子をみていてほしい。二重生活や犯罪に関わっている可能性がないか確認をしてほしいというものでした。
エラリーとハワードの出会いは10年前です。人探しのためパリへ行ったエラリーは、彫刻を勉強中のハワードと出会って三週間ほど親交を深めました。10年ぶりの思いがけない再会にエラリーは驚きを隠せません。
●二日目
結局依頼を引き受けたエラリーはハワードの故郷ライツヴィルに向かいます。
書きかけの小説を静かな場所で仕上げるためライツヴィルに滞在するというのが表向きの説明です。実際はハワードを見張って不審な行動をしたら追跡することになっています。
おもな登場人物はエラリーのほかは3人だけです。
ハワードの義母サリーは妹と間違えてしまうほど若くて美人でした。
父のディーズは独力で巨万の富を築いた富豪です。日雇人足から始めて24歳で道路工事の会社を作り、複数の工場と電力会社、銀行までも経営するまでに成長しました。
父の弟ウルフは独身で仕事人間。戦争中、軍に木材を売り込んで会社に貢献しました。この物語で一人だけ意地悪な人物として描かれています。
ハワードは自分のアトリエで彫刻を作り、父はハワードの彫刻を展示するため美術館を買おうとしています。
この辺りまでは、父親を尊敬する息子、若い妻と息子を深く愛する父、円満な家庭生活が描かれています。しかしエラリーは記憶喪失が始まったのが父の結婚式の夜だったこと等から何かしら問題が生じていることを感じ取ります。
●三日目
サリーとハワード、エラリーの三人は湖にピクニックに行きます。そこでエラリーは二人から思いがけない話を聞かされました。
ハワードの過去、サリーの過去、そして二人の秘密・・・
ハワードは赤ちゃんのときにディーズの家の扉口に捨てられていました。ハワードを養子にしたときはディーズはまだ独身で会社の経営も困難な時期でした。
サリーは9歳で孤児になりました。ディーズはサリーの父が自分の工場で働いていたことから、教育費を負担してサリーの成長を見守り続けました。長い年月の間に大きく変貌したサリーを愛するようになったディーズ。二人は結婚へと進んでいったのです。
問題は結婚後にサリーがハワードを愛するようになったことです。二人は愛し合っている、そしてどちらも父ディーズを尊敬しているのです。
ここからエラリーは事件に巻き込まれていきます。サリー宛に書いたハワードの手紙が盗まれて脅迫されていることを二人は告白し、要求されているお金を持って脅迫者に会ってほしいとエラリーに依頼したのです。
このあとも恋する二人の愚かな行為は続き、脅迫もおさまる気配をみせずエラリーはお金の工面にまで巻き込まれます。
殺人など大事件が起きる気配はまったく感じないまま物語は進みます。ところがこのまま終わるのかと思ったころになって大惨事が起きます。
この物語は悲しい結末が待っています。このことが次作「九尾の猫」の冒頭で探偵をやめるとまでエラリーに言わせてしまうのです。
悲しい物語である上にミステリとしては弱い作品ですが、今までのエラリー作品とは比べものにならないくらい人物描写が丁寧で深い人間洞察が魅力となっています。
九尾の猫
エラリーは前作の事件で自分の論理が間違っていたことに失望し苦しんでいました。探偵稼業から手をひき自宅にこもるような日々を送っています。
そのころニューヨークでは「猫」と呼ばれる連続殺人犯が犯行を重ね、クイーン警視が特別捜査班の責任者に任命されました。
事件のことなど聞きたくないエラリーと、何とかして協力させたい父のやり取りが続きます。
エラリーが事件の詳細を聞かされたときはすでに5件の殺人事件が起きていました。
場所は全部マンハッタン、全部絞殺で同じ種類の紐を使っている。それ以外は手がかりも、指紋も目撃者も容疑者もなしという状態です。
それでは、まずここまでの事件の概要をまとめていきます。
・第一の事件
被害者は44歳の独身男性。数年前まで病身の母を看病していたため働いたことがない。これといった趣味もない。友達もいない。真夜中頃に絞殺。
(19日後)
・第二の事件
被害者は独身の42歳女性。大酒飲みでマリファナの常習者、9回の逮捕歴あり。午後6時から12時までの間に殺された。
(26日後)
・第三の事件
被害者は40歳のセールスマン。妻と4人の子どもと一緒にアパートに住んでいた。勤勉で良い夫、子煩悩な父。子どもの病気などで借金があり暮らしに追われて苦労していた。真夜中に帰宅したところをアパートの入り口の階段で襲われた。
(22日目)
・第四の事件
被害者は社交界で有名だった道楽娘モニカ。父親は石油富豪。十数回も婚約し結婚直前にすべて破棄していたため37歳で独身。地下鉄の駅で午前4時ころ絞殺。
(十日後)
・第五の事件
被害者は子どものころから背骨が悪く、ほとんどの時間をベッドの上で過ごしていた。名前はシモーヌ、35歳。23歳の妹セレストが一緒に住んでシモーヌの世話をしていたが事件の起きたときは映画を見にいっていた。
5人の被害者に共通点はなく、事件の間隔も一定しているわけではなかった。経済状態も宗教も違っていました。
「猫」という表現は、ある漫画家がこの連続殺人事件を複数の尻尾を持つ猫の絵として表現したことに起因します。被害者の首に巻かれた紐から猫をイメージしたものです。次第にマスコミや警察まで猫と表現するようになりました。
ニューヨーク市警察本部長はエラリーを特別捜査官に任命したいと考えていました。しかしエラリーはまだ心の傷が癒えていないため返事を保留しています。
第六の事件が起きた後、エラリーは手がかりらしきものを見つけ捜査にやっと協力する気になりました。
このタイミングで第四事件の被害者の弟ジミー、第五事件の被害者の妹セレストがエラリーに協力したいと申し出てきます。
エラリーはジミーとセレストがお互いを監視し合うように仕向けます。この二人は相手に探りを入れる過程で惹かれ合いロマンスに発展していくというオマケ付きです。
その後、第七の事件が起きたあとは被害者の親族である精神科医も捜査に協力。この物語はタイトル通り第九の事件まで進みます。
ネタバレになりそうなのでこの辺で終わりにしたいと思います。
この作品のポイントは、エラリーが捜査に加わるまでに5件の事件が起きていること、被害者の遺族が物語の進行に深くかかわってくること、パニックになったNY市民が自警団を作り集会で暴動を起こすことなどがあげられます。
しかし最大のポイントは、エラリーが自分の出した結論に満足せず、一旦は見過ごした小さな点に拘って調べ直しをすることです。非常に登場人物も心理描写も多い作品です。エラリーが人間として大きな変化を見せ、久々に謎解きミステリとしても楽しめる内容になっています。
帝王死す
冒頭からエラリーとクイーン警視が登場します。
ある日の朝、クイーン警視が卵をスプーンで叩こうとしているちょうどそのとき、男が警告なしにアパートに押し入ってきました。
大富豪ペンディゴ一家の三男エーベルと名乗るその男は、長男キングの命が狙われていると語ります。
キングは資産数十億、兵器会社、石油会社、航空機産業などを所有していて、軍事基地だった離島を買い取って王国を築いています。
エーベルは兄あてに届いた脅迫状を見せてエラリーに調査を依頼します。突然の出来事に驚きはしたものの、クイーン親子は仕事を抱えていて身動きが取れないことを理由に冷静に断りました。ところがエーベルは多方面に手を回してクイーン親子が従わざるを得ない状況を作っていました。
その日のうちに拉致同然に大富豪の邸宅に連れていかれたクイーン親子は、離島で信じられない光景を目にします。
飛行場と港のほかに、産業施設や大きな工場、事務所ビル、車輪の輻(や)のように広がった管理棟、従業員とその家族の住居、学校や病院等々。医師のほかに物理学者なども住んでいました。
巨大な邸宅に招き入れられたクイーン親子はペンディゴ一家と顔を合わせることになります。
ここで登場人物を整理しておきます。
ペンディゴ一家
《長男》 キング(ケイン)
50歳は過ぎているはずだが40歳ぐらいにしか見えないハンサムで大柄な男性。傲慢で自信に満ちた振る舞いをする。本名ケインの由来は聖書に出てくる「カインとアベル」のカイン。
《次男》 ジュダ
会社の仕事にはまったく関わっていない。読書家でピアノを弾くなど教養ある人物だがコニャックを邸宅内のあちこちに隠しているほどのアルコール依存症。兄弟と仲が悪い。ジュダという名前の由来は聖書に出てくるユダ。
《三男》 エーベル
小柄で兄に献身的に尽くしている。会社経営の実務的な部分を担当。エーベルという名前の由来は聖書の中の「カインとアベル」のアベル。
《キングの妻》カーラ
王室の血筋をひいている赤い髪の美女。邸宅の中で鳥と花に囲まれた別世界のような部屋で暮らしている。同じ階級の友人と交流することが出来ない寂しさはあるが非凡な男性と結婚したのだから当然の犠牲を払っているのだと理解している。
脅迫状が島の内部から発送されていると考えたエラリーは親族と身辺警護の数人に絞って調査を始めます。しかし立入禁止区域が多く行動が制限されているため調査が進まない。まずは島の設備の確認と行動の自由を勝ち取る必要があります。
さまざまな策略をめぐらして自由に動き回り脅迫状の差出人を探し当てたエラリーですが、脅迫状に示されたXデーまでは何事も起きません。
「帝王死す」というタイトルなのでキングが殺されるのは確実なのだろうと思いながら読むしかない。これが正直な気持ちです。
そしてついにXデーがやってきました。何とかキングの命は助かったものの、いつの間にかエラリーは密室殺人計画の手伝いをさせられていたことに気づきます。
謎が解けないまま時間だけが過ぎていく中で、エラリーは三兄弟の出身地がライツヴィルであることを探り出します。
ライツヴィルという秘密兵器が飛び出して来てからは謎が解けはじめ結末まで一気に進んでいきます。
この作品は謎解きよりも登場人物の常識を超えた振る舞いがポイントといっていいでしょう。
キングと妻カーラが出会ったレストランでのエピソードにまず驚かされます。キングはレストランでカーラと二人きりになれるように画策しますが支配人に断られてしまいます。それでも諦めきれないキングはその場でレストランを買収して自分のものにしていまった。とにかく桁外れの傲慢さが語られていきます。
また、もう一つの重要なポイントは、現実世界で話題になっているアメリカ大富豪の事件を連想するような展開です。違う点は島で行われている悪行が性的虐待ではなく原子物理学に関係する研究だということです。帝王死す。自殺なのか他殺なのか。
出版当時は奇想天外な設定だったと思われますが、残念ながら今となっては「現実は小説より奇なり」といった印象を持ったことも事実です。
第八の日
1944年4月、軍情報局の依頼による脚本をハリウッドで書きあげたエラリーは父親の待つ家へ向けて車を走らせました。
普通であれば飛行機や列車で移動するのですが、戦争の影響で席を取ることが非常に難しかったため愛車デューセンバーグが旅の道連れとなりました。
東へ向かって車を走らせ、おそらくネバダ州に入ったと思われるあたりでエラリーは道に迷ったことに気づきます。
ちょうどその時、一軒の店の前につないだロバと荷車、二人の男性に遭遇します。
一人は90歳くらいに見える痩せた背の高い老人で、フード付きの長いローブを着ています。
もう一人は40代くらいの男です。
二人の男性と入れ違いで店に入ったエラリーは食事をし、店主に道を教えてもらい、再びラスベガスに向かって車を走らせますが何故か砂漠に迷い込んでしまいます。
困惑しながら車の外に出たエラリーは砂漠の丘の上でトランペットを吹いている不思議な老人に遭遇します。その人物は先ほど見かけた老人でした。
老人はクイーナンという名で数十軒ほどの小さな村の教師(長老)であると名乗り、エラリーを救世主と勘違いして村に滞在するよう促したのです。
このあたりからいつもの作風とは全く違った世界に入っていきます。まず何も反論できずにクイーナンに付いていくエラリーの行動が普通ではありません。この物語はいつもの二人のコンビで書いた作品ではないということを念頭において読まなければなりません。
村は砂漠の中のオアシスでした。この村の人々は文明から離れて自給自足の生活をしています。
共産主義や宗教団体とはまた違った思想、一昔前の知識人が夢見た理想郷というのが一番近いように思います。私は武者小路実篤の「新しき村」をイメージしました。
クイーナンは少年のころ、自己充足できる共同体をつくろうと蜂起した人々とともにサンフランシスコを脱出しました。
途中で死んだものは路傍に埋められ、スタインベックを彷彿とさせる長い苦しみの旅の果てに辿り着いたのは砂漠のオアシスでした。
お金はすべて長老が預かり、自分の物を持たない完全自給自足の生活がはじまりました。徹底したルールのもと50年もの間、犯罪が一つもない平和な村であるとクイーナンは語ります。
この不思議な雰囲気の中で登場人物が非常に少ないこと、エラリーがまったく冴えない凡人のように見えることも特徴です。
クイーナンのように自ら罪多い都会から離れ砂漠の中の生活を求めた人々にとっては、まさしく村は理想郷なのです。
しかし、その子どもたち、孫たちはどうでしょうか。
生まれたときからお金の概念を持たず俗世間の教育から隔離された子どもたちは本当に幸せなのでしょうか。
エラリーが店の前で遭遇した40歳代の男性はお金で買える様々な物がこの世に存在することを知ってしまいました。
結局のところ、この平和な村にも犯罪は潜んでいたのです。(そうでなければミステリとしては成立しいと言ってしまえばそれまでなのですが)
この作品は、罪、秩序、許し、などをかなり変わった視点から考察した物語です。とにかく独特の雰囲気で進んでいきますので、読んでみてくださいとしか言いようがないのですが、賛否がわかれる作品だと思います。
最後になりますが、別名後で書かれたドルリー・レーン4部作、ノンシリーズものリストを載せておきます。
(ドルリー・レーンはオススメです。他の作品は古本も手に入りにくい状態になっていますので私も未読です。)
機会があれば「国名シリーズ」と「ライツヴィルシリーズ」も深堀りしてみたいと考えています。
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