舞台はアメリカのミネソタ州、過去の失踪事件と現代の殺人事件が交互に語られていきます。
【過去】1980年夏、3人の少女が小川で泳ぐために森へ向かいましたが、戻ってきたのはそのうちの1人だけでした。
【現代】少女失踪事件から40年以上が経過。生き埋めにされている女性を浮浪者が発見します。必死に穴を掘って助けようとするも間に合わず殺人事件として捜査が始まりました。
生き埋め事件の現場に呼ばれた主人公のヴァンはBCA(ミネソタ州犯罪捜査局)未解決事件捜査部門の捜査官です。
殺人事件は警察の殺人課の仕事のはずなのに、なぜ・・・それは1980年に失踪した少女のネックレスが見つかったからです。
当然ながら過去と現在の事件は交錯していきますが、終盤まで犯人逮捕の決め手になるような情報は出てきません。
1人だけ生還した少女の現在の様子、初期段階から疑われていた近親者のこと、等々背景情報が複雑なうえに、警察とBCAの人間関係がヴァンを中心に拗れてしまっているため、なかなか本質に迫っていくまでに時間が掛かります。
児童虐待という大きな社会問題に触れ凄惨な殺人を扱っているわりには、社会派小説でも警察小説でもなくエンタメ性の高い構成なのです。
一番の問題点はヴァンが幼少期に受けた虐待がトラウマとなり小児性愛者に対し過剰に反応してしまうことです。
また、犯人が現れる明晰夢だったり、自在に関節をはずすことができる「くねくね男」と言われている幽霊の話もあります。
ネット上のレビューを見ると設定に疑問を感じる読者が多いようです。そのような作品は真面目に読むと途中でイヤになりそうなものですが、なぜ多くの人が最期まで読んで感動するのでしょうか。
ひとつはヴァンの罪悪感にあると私は思っています。
子ども時代に虐待を受けたことによる心の傷、虐待で脳死状態になった友だちを救えなかった後悔、大人になってから犯した罪の大きさ。この中でも特にヴァンが抱える「何もできなかった」後悔の重さが読者の心にも響くのではないでしょうか。
もうひとつは、なんだかんだと言っても著者が真剣に人間と向き合っていることです。
巻末の解説によると、著者ロウリーは結婚後まもなく夫が自死しているそうです。彼女は夫が悩みを抱えていることを知らなかったのです。この衝撃的で悲痛な出来事を乗り越えるために小説を書くようになった。そして「だれでもフィクションの力で人生を変えることができる」と訴え続けているとのことです。
著者自身の苦しみを作品に投影させることで深みのある作品になっているのでしょう。
本書を購入したときはミステリ作品だと思っていたのですが、実は新潮社から出ていてAmazonでは文芸書にカテゴライズされています。一方でアメリカでは推理作家クラブ賞の最終候補作になっています。
ミステリとして読むか否かはあなた次第ということなのです。
登場人物と簡単に事件の概要を書いていきますが、ミステリ要素以外にも複雑な要素がありますので、今回は相関図を作ってみました。
この相関図をもとに、ヴァンに関係する4人の人物に絞って書いていきます。
①フランク…ヴァンの幼少期のトラウマと明晰夢
②バート刑事…信頼していた先輩刑事の死
③カムストック刑事…警察内の「いじめ」と退職
④同僚ハリー…未解決事件捜査官として復活後の人間関係
そして最後に1980年の少女失踪事件についても触れていきます。
それでは、まずポイント①からです。
①フランク…ヴァンの幼少期
ヴァンは自然農法の農園で育ちました。
農園のオーナー、フランクはオーガニックが注目をあつめる前から自家製のジャムやゼリーなどを売り出し有名になりました。
ヴァンが10歳くらいのころは13人の子どもと成人女性が共同生活をしていました。大半の子は18歳になったら農園を離れていきます。フランクに選ばれたマザーと呼ばれる女の子だけが農園に残って暮らすことになっていたのです。
1970年代初頭に自然に立ち返る事業として始まった農園は、フランクのカリスマ性が高まるにつれて男性が排除され、シングルマザーの駆け込み寺のようになっていきました。
フランクが皆で共同で子どもを育てるよう求めたため、母と子は別々の宿舎で暮らし、その生活実態は想像を超える酷いものでした。
マザーが産んだと思われる子どもたちもいました。その子供たちのほとんどは共同育児の性質上、自分の母親が誰なのかわからず、学校には通わせてもらえず、ホームスクールで学び、フランクからの虐待(洗礼と言われていた罰)に脅える日々でした。
ある日のこと、農園の売店に来ていた女の子からスニッカーズをもらって食べているところを見つかったヴァンは洗礼を受けます。
その洗礼から1年後、ヴァンは明晰夢を見るようになりました。夢で何度も見た男が逮捕されて現実にテレビのニュースで顔を見るというようなことが続きます。
ヴァンが18歳になるころ、フランクが脱税で有罪判決を受けたため女性と子どもたちは保護されました。
ヴァンはミネソタ大学で刑事司法を専攻し卒業後にミネアポリス警察署に採用、殺人課に配属になります。
コンビを組んだバート刑事を深く信頼するようになったヴァンは、初めて世の中にはフランクと別の種類の男性がいることを知ります。
幼少期の記憶は物語が進むにつれて回想として少しずつ描かれていきます。
②先輩刑事バート・・・信頼と喪失
バートとヴァンの犯人検挙率は伝説の域に達するほど高かったことから「ドリームチーム」を呼ばれていました。
バートの理路整然とした執拗な捜査とヴァンの確実に当たる勘が組み合わさった結果です。
ヴァンが見せる直感的なひらめきをほとんどの警官は不審に思っていましたが、それでもバートはすべてを受け止めました。
直感と言っているものはヴァンが農園時代から見るようになった悪夢(明晰夢)のことです。事件捜査中に犯人の姿が夢に出てきて殺人シーンが再現ドラマのように繰り広げられるのです。
ヴァンはすべてをバートに話し、バートは順序立てて裏付け捜査をして事件を解決していきました。
育った環境とトラウマのせいで何かにつけて児童虐待と思ってしまい、子どもが関わっている事件だと冷静に判断することが難しくなるヴァンをバートは戒め惜しみなく支援をしていました。
やっと平和な日々を手に入れたヴァンですが、バートが心臓発作で急死したことで事態は一変します。
ある日、ヴァンは夢にあらわれた三人の男たちが小児性愛者だと確信します。バートがいなくなった今、一人で子どもたちを救うことはできるのだろうか・・・ヴァンは信じられない行動に出ます。銃、毒薬、罪悪感、悪夢。精神的に不安定な、つらい日々が続きます。
③カムストック刑事…いじめと退職
バートが亡くなり後ろ盾を失ったヴァンは警察内で仲間からいじめられ惨めな日々を送るようになっていました。もともと影でヴァンのことを「魔女」と呼ぶ人たちもいたのです。
いじめの首謀者であるカムストック刑事は、バートが生きていたころはヴァンの機嫌を取り、仲間に入ろうとしていたのですが、急に執拗な嫌がらせが始まります。
大人になればいじめや仲間はずれに悩まされることはなくなると思っていたのにまた子ども時代に逆戻り。
心の傷に耐えられなくなり、後のことを何も考えずに警察を辞職。そしてその2年後、犯罪捜査局(BCA)未解決事件捜査官に採用が決まります。
犯罪捜査局の日常はほとんどがデスクワークです。事件のファイルを丹念に読み込んで分析し、電話とパソコンを駆使して調査し、裏付けを取る。
「生き埋め殺人」はBCAで初めて現場に出る事件でした。
その現場で出くわしたのがカムストック刑事です。
カムストック刑事は証拠のネックレスを鑑識が来る前に勝手に動かしたり捜査妨害としか思えない嫌がらせを繰り返します。
捜査が進むにつれカムストックは1980年の事件に関わっていたことがわかってきます。それでもカムストックは横柄な態度でヴァンに様々な要求をしてきます。
どうすれば他人が嫌がるかを知り尽くしたうえで「いじめ」を生きがいにするような、実に気分の悪い人物として描かれています。しかしラストに向かって大きな変化が起き、いざ人命救助となるとカムストックは刑事としての矜持を見せつけてくれます。この部分も本書の読み応えの1つであると思います。
④ハリーとの関係
BCAにヴァンが採用になって以降、相棒と呼ぶのに一番ふさわしい存在がハリーです。
ハリーはいつもきちんとした身なりをしてキレイに髭を剃っています。徹夜で仕事したときでさえも着替えをして常に完璧な服装でいることにヴァンは驚きます。その理由は被害者とその家族に敬意を表するためとハリー自身が説明をしています。
科学捜査官は研究所での作業がメインです。DNA鑑定、毒物や薬物の分析などです。通常は現場に立ち会うことはほとんどないのですが、ハリーは現場に度々出向き調査の指揮をとります。
ハリーとヴァンは過去に別件を一緒に捜査したことがあります。それは3人の男が殺された事件であり、ヴァンが最も隠したい事件でもあり罪悪感のもとになった事件です。
ここでの大きなポイントは性格が正反対のハリーとヴァンの距離が少しずつ縮まっていく行程にあるといっていいでしょう。
ハリーはヴァンが農園で育ったことや警察内のいじめのことなどをすべて知っていました。
そしてハリー自身もまた妹の失踪という悲しい過去を背負っています。まだ9歳だった妹が友だちの家にいく途中で忽然と姿を消したのです。
捜査が進むにつれ二人の信頼は深まっていきます。ハリーは何か他にも大きな秘密を抱えているような匂わせがありますが本書の中では明らかになりません。3部作ということですので、おそらくこのあとのどこかで解明されることでしょう。本書の巻末の解説によると2作目でハリーの妹の失踪については語られていくようです。
1980年の少女失踪事件とは
1980年、溶けてしまいそうなくらい暑くてたまらない7月の午前中、3人の少女が小川で水遊びをするため森に入っていきました。
アンバーとルーは3年生(8歳)、ルーの妹のリリーは5歳。
アンバーは父親が心臓外科医で母親は不動産業。街で一番裕福な家の娘で学校一の人気者でした。
ルーとリリーの家は父親が家を出ていったため母親が何とか頑張って娘たちを育てています。母親に妹を連れて遊びに行ってほしいと頼まれたルーは嫌だったけれど、仕方なく妹を連れて森に向かいます。
森の中は冷蔵庫のドアを開けたみたいに涼しくて心地よかったので3人は小川を目指して歩いていきました。
しかし、3人は目的地に辿り着けませんでした。
ルーは裸足で道路の真ん中に立っているのところを保護されましたが、妹とアンバーがどうなったのかを思い出すことができず、口を利くこともできない状態が続きました。精神科医は解離性健忘と診断しました。
それから40年以上が経過し、生き埋め殺人事件の被害者がアンバーであることが判明。医療センターの看護師として働くルーのもとに再び捜査関係者が出向いていくことになります。
ヴァンが責任者となってBCAのメンバーは聞き込みと資料の再調査を行います。ルー、アンバーの家族、当時の関係者に話を聞きますが核心にせまることは難しく、途中で誤認逮捕もあってヴァンは追い詰められていきます。
事件は終盤になってから急速に解決に向かい、カムストックの不審な行動も原因が明らかになります。しかし、ヴァンの抱える問題は解決どころか闇は深くなっているような印象です。大きな罪を背負いながらこれからどうなるのでしょうか。そしてハリーの秘密とは?
ネット上では新シリーズスタートという表記も見かけますが、3部作という意見もあります。
どちらにしても2作目の翻訳が出たときは追記をしていきたいと思います。
著者:ジェス・ロウリー
1970年、アメリカ・ワシントン州生れ。2025年11月現在はミネソタ州在住。犯罪小説、ミステリを中心に、YA、ノンフィクションまで多岐にわたる作品を発表。
2021年にUnspeakable Things、2022年にBloodline、2023年にThe Quarry Girlsでアンソニー賞ベストペーパーバック賞を受賞したほか、数々の文学賞の候補にノミネートされている。

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