追熟読書会: 記憶の科学【しっかり覚えて上手に忘れるための18章】

記憶の科学【しっかり覚えて上手に忘れるための18章】






   リサ・ジェノヴァ(著)

著者はハーバード大学で神経科学の博士号を取得した神経学者であり作家でもある。世界各地で講演を行い多数のメディアに出演。TEDトーク「アルツハイマー病を予防するためにできること」は800万回以上視聴されている。


本書はちょっとした物忘れなど誰もが日常経験している身近な出来事を具体例として提示しながら非常にわかりやすい言葉で書かれています。今まで読んだ脳科学や神経科学の本の中で一番読みやすい本と言っていいと思います。


構成は次のようになっています。


第1部、どのように記憶するのか


第2部、なぜ忘れるのか


第3部、記憶力を伸ばすもの、妨げるもの



多くの面白い具体例が紹介されていますが、このブログでは第1部と第2部の要点をまとめていき、その都度レビューとして( 💬 のマークの部分です )気になった内容を付記したいと思います。具体例はピンポイントでいくつかピックアップする程度になります。


実験方法などの詳細や具体例の全貌を知りたいかたは、実際に本書を手に取ってみてください。




それでは、早速「はじめに」から入っていきます。



  はじめに   




あなたは記憶をフル活用している。人生の大切な事実や瞬間が数珠つなぎになり、あなたの人生という物語とあなたという個人のアイデンティティが創られている。


記憶があることで、自分が誰でこれまでどんな人間だったかという感覚が保てる。


だが、記憶は完璧からは程遠く不完全極まりないものだ。それは、そもそもそういう初期設定になっているからである。


私たちの大半は明日になれば今日経験したことの大部分を忘れてしまう。


覚えていることと忘れてしまうことを分ける条件は端的に言えば人間の脳は意味があることを覚えておくよう進化したということ。


意味がないことは忘れるのである。


本書を読めば記憶がどのように形成され、どのように呼び出されるかがわかるようになるだろう。






第1部 どのように記憶するのか




1. 記憶の作り方入門


頭の中にあるどの記憶もあなたが経験したことに反応して脳が物理的変化を遂げた結果である。


あなたは今日という日をまだ経験していない状態から、一日を過ごした状態へと移り変わる。そして今日あったことを覚えておくためには、あなたの脳は変化する必要がある。


見たり、聞いたり匂いをかいだり味わったり触れたりした別々の体験が互いに結び付くことによって時間が経っても思い出せる記憶となるのである。


元々無関係だった神経活動がつながり1つのパターンを形成する。このパターンは神経細胞(ニューロン)に起きた変化という形で維持される。


記憶の形成は、4つの基本的な段階を踏んでいる。


1つ目が、記銘(符号化)

知覚したり注意を払ったりした光景と情報、感情、意味などを脳が捉えその全てを神経回路用の言語に翻訳し直すこと。


2つ目が固定化

それまでつながりのなかった神経活動を互いに結合したパターンへとつなげること。


3つ目が保持(貯蔵)

神経活動のパターンがニューロンの持続的な構造的化学的変化によって、一定期間維持されること


4つ目が、想起(検索)

つながった神経回路の活性化によって学習したり経験したりした事を思い出し、再生できるようになること。


意識的に思い出せる長期記憶を作り出すためには、4つの段階が全て機能しなくてはならない。


脳の異なる部位に生じたこうした断片的な情報を海馬が一つにつなぎ合わせ、想起可能な神経回路を作り上げる。


その神経回路が刺激を受けると、記憶として体験されるのである。


しかしできた記憶は海馬にとどまるわけではない。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、運動はそれぞれ個別の脳領域にマッピングする。


記憶は関連する情報をつなぐ神経回路という形で、脳内に物理的に存在しているのである。


💬 本書のなかでニューロンは詳細には説明されていません。簡単に表現すると下図のようになります。




ニューロン(神経細胞)は、脳や脊髄などの神経系を構成する基本単位となる細胞です。電気信号や化学物質を使って、体中の情報をやり取りする「情報伝達」に特化した役割を持っています。
 
ニューロン同士は直接くっついているわけではなく、わずかな隙間(シナプス)を空けてネットワークを形成しています。

本書では当たり前のように 「海馬」や「ニューロン」という用語が使われています。このような用語の解説はありませんが、記憶のメカニズムに関しては分かりやすく説明されていますのでご安心ください。

「海馬」や「ニューロン」は誰もが知る用語となりつつあるのかもしれません。

少しわかりづらい文章が続いていますが、基本的な脳の仕組みを解説しているため仕方がない と割り切って読むしかありません。次の章から面白くなります。


2. 注意を払おう


もし覚えておきたいことがあるなら、何はさておき、いま起きていることに「気づく」必要がある。


気づきには、知覚(視覚、聴覚、嗅覚、触覚など)と注意の2つが必要になる。


記憶は目の前の景色や音声を途切れることなく記録し続けるビデオカメラとは違う。


記憶として記録し、保持できるのは注意を払った対象だけだ。つまり覚えておきたかったらまずは注意を払わなければならない。


💬 注意を払わないと記憶に残らないというのは、日々経験していることです。著者が立体駐車場で自分の車を探せなくなってしまった体験談が書かれています。遅刻しそうで慌てていたので駐車場所に全く注意を向けていなかったために起きたことです。意外と「忘れる」ことと「記憶に残らない」ことを混同してしまっているかもしれません。忘れやすくなったのか、注意力が低下したのか。どちらにしてもこれは加齢による変化が加わって起きてはいますが、あくまでも正常な老化であるということです。


3. 今この瞬間の記憶


今この瞬間に情報を意識にとどめておく力をワーキングメモリー(作業記憶)という。


ワーキングメモリーは常に稼働している。何であれたった今経験したり注意を払ったりしたことをその場で使うわずかな間だけ記憶しておく機能だ。


電話番号を忘れずに意識内に留めておけるのはワーキングメモリーを使っているから。スマホやコンピュータに入力するまでのわずかな間、電話番号やパスワードを忘れずに意識内に留めておけるのはワーキングメモリーを使っているから。


ワーキングメモリの容量は驚くほど小さく、15秒から30秒の間で覚えておけるのは7個プラス2個の情報だけ。


しかし電話番号は10桁ある。この10桁の電話番号がワーキングメモリ領域に収まるのはなぜか。それは3個のまとまりに分けて、独特のリズムに乗せて口にすることが多いため情報を保持する際の助けとなっているからである。


また、声を出したり心の中で何度も反復することにより、ワーキングメモリ内領域にある情報を長く保持することができる。

その後、重要だと思った情報はワーキングメモリの一時保管スペースから海馬へと送り込まれ、ニューロンによってつなげられ、記憶へと変化する。


💬 普段はほとんど気にとめていないのですが、本を読むことも文章を書くこともワーキングメモリのおかげで出来ているということです。少し前の文の記憶がなければ何を読んでも意味が通じません。だからといって読んだ内容のすべてを記憶しているわけではないと考えると分かりやすくなります。30秒程度で次に入ってくる情報と入れ替わってしまうそうです。意外と短いというのが正直な感想です。音節の長さや意味付けによってどのくらい記憶保持が可能かテストできる問題が載っていますが、残念ながら日本人にとってはすべてが難しく感じてしまって、あまりテストの意味を成していないように思います。

 

4. マッスルメモリー


注意を払われ意味があるとみなされると、現在という瞬間が長期間持続する安定した記憶として固定化される。


長期記憶には3つの基本的なタイプがある。


①情報の記憶(意味記憶)→海馬で固定化される


②出来事の記憶(エピソード記憶)→海馬で固定化される


③物事のやり方の記憶(筋肉の記憶マッスルメモリー)海馬は全く関与しない。大脳基底核と呼ばれる脳の部位で一つにつなげられる。


マッスルメモリーは運動スキルや物事をどう遂行するかという部分に関する記憶のこと。


練習を何度も繰り返すことでそれまで無関係だった複雑な一連の動作がつながり、一つの滑らかな運動として行えるようになる。


正確なパターンが記憶されれば、どうやって行うかをいちいち意識して考えなくても流れるように素早くより的確に実行することが可能になる。


何であれ、繰り返し練習すればそれによって脳が変化する。




5. 脳内ウィキペディア


意味記憶は学習した知識や自分の人生や世界に関して知っている事実だ。脳内のウィキペディアと言ってもいいだろう。


この情報は学習時の細かい状況を思い出さなくても想起できる。それは個人的な「いつ」「どこで」と切り離された知識であり、特定の人生経験に属さないデータである。


ブダペストはハンガリーの首都だ→意味記憶(情報の記憶で特定の時間軸に縛られない)

ブダペストに行ったときのことを覚えている→エピソード記憶(個人的な過去の記憶)


意味記憶にはあらゆる個人的なデータも保管されている。誕生日、名前、住所、電話番号、生年月日などなど脳内に保管されるデータは全て意味記憶である。


長期間保持する意味記憶の形成には学習と反復練習が必要で情報を保持しようという意図的な目的意識がある場合が多い。


💬 身近な具体例として、著者が毎日訪れるスターバックスの話が出てきます。カウンターに近付くだけで著者がいつも注文するチャイティラテをバリスタが作り始めます。かなり複雑な組み合わせなので、簡単に暗記できるようなオーダーではないそうです。このバリスタは50人くらいのお客さんのカスタムオーダーを覚えているとか。お客さんの顔と飲み物との関連付け、そして毎日の反復によるものです。

顔と名前を覚える方法も書かれています。キャシーという女性に紹介されたら、握手するときに「お会いできて光栄です、キャシーさん」と名前を声に出して言う。さらにしばらく経ってから「さっき会った女性の名前は?」と自分自身をテストすると記憶保持の助けになるとのこと。意外と相手の名前を声に出していないかも、というのがこの章での気づきでした。 


6. エピソード記憶


エピソード記憶(人生で起きたことに関する記憶)はあなたが覚えている自分史、人生経験の「いつ」「どこで」に関する思い出であり、あなたの過去へのタイムトラベルだ。


私たちは幼児期に起きたことの記憶をほとんど保てない。エピソード記憶を固定化し想起する能力は、脳内の言語の発達と密接に関わっているからである。


何が起きたかを逸話として語り、後日思い出し共有できるような「まとまり」のある物語へと作り上げるには、言語を操れるだけの解剖学的構造と神経回路が欠かせない。


また、エピソード記憶は日々の生活の一部になっているようなありふれた出来事は覚えておくことができない。


感情と驚きは扁桃体と呼ばれる脳の部位を活性化する。扁桃体は刺激を受けると海馬に強力なシグナルを送る。そこで脳はあなたの経験を取り巻く文脈の詳細な情報をキャッチし、一つに結びつける。

最も意義深いエピソード記憶がひと続きになって、あなたの人生という物語ができる。そうした一連のエピソード記憶全体を「自伝的記憶」と呼ぶ。

記憶の内容は、どんな人生の物語をあなたが紡ぐかによって変わる。人は自らのアイデンティティーや世界観を満足させるような記憶を貯蔵しやすい。


※より多く覚えておきたい場合には、

・ルーティンからはみ出そう

・デバイスから目を離して顔を上げよう

・感じよう

・記憶を蒸し返そう(定期的に回想する)

・日記をつけよう



💬 エピソード記憶の大半は15歳から30歳までのあいだに起きた出来事である場合が多いそうです。レミニセンス・バンプ(記憶のこぶ)と呼ばれる現象とのことで、これはこの時期に初めての経験が多いからだそうです。この章は納得感のある内容でした。幼少期の記憶が残っていないのは言語の発達と関係があるという話は以前にも聞いたことがあります。思春期は急激に語彙数が増える時期でもあり急に自分とは何者なのか考え始めるということを考え合わせてみても言葉は重要であると思います。とにかく今まで漠然と精神論的に語られてきた人生の起伏が脳の機能から説明がつくというのは面白いことです。


感情を伴う経験は記憶に残りやすいという具体例がいくつか提示されています。記念日などの夕食のメニューが何だったか詳細に答えられるが、その翌日の食事を思い出すことは難しい。この例は非常に分かりやすいと思います。




第2部 なぜ忘れるのか




7. 起きたことの記憶は間違っている


エピソード記憶は事実の湾曲や追加や、省略や加工や作話やその他の過誤に満ち満ちている。


起きたことの記憶は、記銘→固定化→保持→想起という記憶プロセスのどの段階においても、記憶の書き換えや誤りの対象となりやすい。


そもそも記憶の形成プロセスに取り込めるのは自分が気づき、注意を払ったものだけであり、後に想起できるのは切り取ったいくつかの側面だけである。


そこには自分の眼鏡を通した自分の興味に合致したリテールしか含まれていない。


さらに、形成されたばかりで記憶がまだ固定化されず長期記憶となっていない期間だと、感化や書き換えの影響を極めて受けやすい。


本で読んだり、人から聞いたりしたこと、映画、写真、連想そのときの感情、他者の記憶、あるいは外部からの単なる暗示によって変わることもある。


固定化された記憶であっても想起するたびに私達は高い確率で記憶を変えてしまう。


記憶を思い出すとき私たちはビデオテープを再生するのではなく、ストーリーを再構築する。今では手に入るが当時は知らなかった情報や文脈や視点に照らし合わせて、記憶のそこかしこを省略しあれこれを再解釈し、その他を湾曲させてしまうのである。


新たな情報をでっち上げ、記憶の空隙を埋めようとすることも多い。


過去に関する記憶は現在の気分にも影響される。


こうしてエピソード記憶を思い返すたびに、たいていの記憶は作り直されることになる。変更されたバージョン2.0の記憶を再固定化し再貯蔵するのだ。


これはMicrosoftのWordで上書き保存をクリックするのに似ている。


💬 まったく経験していないことまで覚えていると思い込んでしまうこともあるそうです。偽の記憶が作られるかどうか調べる実験のことが書かれています。結構な確率で偽の記憶が作られてしまうことは興味深いことです。私は「記憶は進化する」と長年考えてきました。思い出すたびにそのときの感情に応じて記憶が変化するのは誰もが経験していることですが、自分に都合のよい方向に変わることが多いので変化よりも「進化」と呼んでいます。どうせ書き換わるならネガティブな物語で不幸にならないように進化していきたいと思っています。最近になって脳科学の本などを読むようになってエビデンスのあることなのだと分かって何だか不思議です。 この章も実験や具体例が多いので理解が深まりました。
 

8. のどまで出かかっているのに


単語(人の名前と氏名、映画や本のタイトルなど)を思い出そうとしても思い出せない。


確かに知っているフレーズなのだが、どうしても頭に浮かんでこない場合、出てこない単語は忘れたわけではない。


脳内のどこかに保たれているが一時的に取り出せなくなってしまう。このような現象は舌先現象(TOT現象)と呼ばれている。


単語には必ず脳内でそれを表象するニューロンとそれに関連する神経回路が存在する。


ニューロンは単語の視覚的な特徴、概念的情報、感覚や感情、単語と関連する過去の経験、単語の音韻的情報などを保持している。


担当するニューロンが探している単語にたどり着くためのニューロン活性化が一部しか起きていないか弱いときに「ど忘れ」が起きる。


この現象のほとんどは自然と解消される。しばらく経つと突然頭の中にその単語が浮上するのだ。


必死に思い出そうとしている単語と音や意味が似ているといった漠然とした関連性のある単語が思い浮かぶ場合もある。こうした単語のことを心理学者は醜い姉妹と呼ぶ。


醜い姉妹に意識を集中すると、かえって状況は悪化する。脳が誤った神経回路に固執しなくなるとようやく正しいニューロン群が活性化されるチャンスが生まれる。


そのため「ど忘れ」したときには思い出そうとする努力をやめた途端に、まるで降って湧いたように、正しい単語が浮かぶことがあるがこれは正常な状態である。舌先現象が起きたからといってアルツハイマー病を患っていることにはならない。


Google検索していると、かえって物忘れが促進され記憶力がさらに悪化しかねないのではないかと心配する人は多い。しかしこの思い込みは誤りだ。


ど忘れした単語を自力で思い出そうとしたところで、記憶力が強化されることもなければ、特に褒められることもない。


舌先現象は記憶の想起における正常な誤作動であり人間の脳の構造上、致し方ない副産物だ。


💬 舌先現象は年齢を重ねるごとに増えてきている自覚はあります。他のことをしているときに急に思い出すことも多々あります。Googleに助けてもらうことは記憶力の悪化にはならないと分かって何だか安心しました。


9. やることリスト


後でやらなければならないことに関する記憶を展望記憶という。


展望記憶は、脳内のやることリストであり、未来の時と場所で思い出さなければならない記憶だ。


そしてこれは忘れやすい記憶でもある。


展望記憶を忘れずに覚えておくためには、あとで遂行する必要のある行動や意図を記憶しなければならない。この段階で問題が生じることはめったにない。


問題はこの後の第2段階である。「この予定を覚えておく」ということを覚えておかなければならない。


展望記憶の想起はきっかけとなる外的な手がかりが頼りだ。


やることリストを作ろう。


リストを作るのは恥でも何でもない。


カレンダーに予定を入れよう。


絶対に見逃さない場所に手がかりをおこう。




10. 記憶の敵は時間


記憶の最大の敵は時間だ。記憶を思い返さず大脳皮質の棚に置きっぱなしにしていると記憶は時の経過とともに劣化していく。


ヘルマン・エビングハウスが1885年に発表した研究結果によると最初のうち忘却は非常に迅速に進む。使用されず反復されず重要でもない記憶はその大半があっという間に消える。


だが忘却の度合いはそこからは横ばいとなる。後に残るわずかばかりの記憶はどうやら永久に保持されるらしい。


その一方で近年の研究では記憶を表彰するシナプス結合が長い間活性化されないと結合が物理的に取り除かれることも判明している。


私たちはみな、こうした現象をどちらも経験している。


一部であれ全部であれ記憶が最終的に消えてしまうかどうかは脳内に収納された情報をどうするかによって変わってくる。


記憶に及ぼす時間の影響に抗うには主に2つの方法がある


①反復すること

脳内に貯蔵できた情報を保持したいなら絶えず活性化を行うことだ。過剰学習の段階まで達成すれば、時間経過で失われる記憶の量を大幅に減らすことができる。


②意味を付加すること

人間の脳は意味が大好きだ。覚えておきたいことに物語性をまとわせ、関心がある既知の対象との連想を作り出せば、あるいは自分の人生の物語における特別な瞬間にはめ込めば、記憶を忘却しないよう耐性をつけられる。



11. 忘れられる幸せ


昨日起きたことの詳細を今日覚えておけるのは良い面ばかりとも限らない。


ときには忘れたい場合もある。


忘却は人間の機能を毎日、ありとあらゆる形で助けている。


つらい記憶は私たちの心をかき乱し、失敗を引き起こし、憂鬱な気分に陥らせる恐れがあるが、そうした記憶を排除できるというのはありがたい仕組みだ。


経験したことを忘れるのはシナプス結合が自然と退化するか、あるいはその記憶を定期的に想起しないことで生じる。


意図的に忘却する方法の1つは、そもそも記銘の段階で注意を払わないというものだ。

目をそらす

聞かない

意識をよそへ向ける


すでに注意を払ってしまい、情報が脳内に入り込んだあとの場合も選択的に忘却することが可能だ。私たちは自分に関するネガティブな情報の固定化を制限する傾向がある。


すでに固定化がなされ、長期記憶として保持されかけている記憶を忘れたいときは想起のきっかけとなる手がかりや文脈に接するのを避けるのがよい。

あの場所へは行かない

あの記憶のことは考えず話題にしない

うっかり反復練習しないようにする

他のことを考える


不快な記憶の神経回路を活性化してはいけない。記憶を完全に想起するたびにその記憶は強化されてしまうからだ。放置されればされるほど記憶は弱まり薄れていく。


💬 ネガティブ感情を手放すためのノウハウが巷に溢れていることを考えてみても、忘れたいのに忘れられないという状況に悩んでいる人は多いのでしょう。ここまで読んできて思うことは、反芻思考は怖いということです。
 

12. 正常な老化現象


年齢に関わらず、忘れることは記憶の正常な機能の一部である。


「ど忘れ」の十中八九は中年男女の正常な物忘れである。単に年をとって忘れっぽくなっただけだ。病気の兆候ではない。


加齢による退化はマッスルメモリーでは起きない。50歳になっても自転車の乗り方は忘れないし、食事の仕方、電話の使い方、メールの打ち方、本の読み方は覚えていられる。


だが、やり方はわかっていても遂行する能力は以前のようにはいかなくなるかもしれない。


一般的に言って、高齢者は意味記憶の貯蔵量が若年の成人よりも多い。加齢とともに知識は増えるが、要求に応じて情報を引き出すのがより困難になるのである。


エピソード記憶を再生する能力も通常は加齢とともに低下する。


脳の処理速度は通常30代で衰え始める。注意力を維持する能力も加齢とともに低下する。一度に二つ以上のことに注意を向けるのも困難になる。注意力が減退すれば、記憶力も損なわれることになる。


だからといって打つ手がまったくないわけではない。

注意を払う

注意を散漫にするものを減らす

リハーサル(反復練習)をする

自己テストを行う

意味づけをする

視覚的、空間的イメージを用いる

日記をつける


といった方法を活用すれば何歳であっても記憶力を伸ばすことができる。



💬 脳トレで脳の機能が整うということは根拠がないそうです。最近はスマホの通知音など注意散漫になる要素が増えてきていますので脳トレよりも環境整備ということでしょうか。50歳くらいから私も「ど忘れ」が増えたと感じています。周囲の知人や家族も同じような状態なので今までも「年齢のせい」と考えてきましたが、理論的なことがわかると安心します。そしてそれなりに対応策も出てくると思います。読書が趣味で読書メモを書いたりしていることが何かしら良い結果に結びついていくのなら嬉しいです。
 
 

13. アルツハイマー病


アルツハイマー病が原因の記憶障害は、脳の処理速度が遅くなったり、注意力が衰えたせいで起きるわけではない。

アルツハイマー病の初期段階では、記憶の固定化と想起に関わるニューロンのシナプスが分子レベルで破壊され、神経回路の構築に必要な結合を阻害することで認知症が起きる。

病気が後期まで進行すると、ニューロン自体の死滅によって記憶障害が生じる。

アルツハイマー病の分子レベルでの原因は、アミロイドβと呼ばれるタンパク質が蓄積してシナプスにプラークという沈殿物を形成し始めることで、病気が発症すると考えられている。

最初期の段階では自覚症状は何もない。

アミロイドプラークの蓄積が転換点に到達するまでには15年から20年の歳月がかかると考えられている。

蓄積量が転換点に達すると、分子レベルでのカスケード(反応の連鎖)が引き起こされ、病的な記憶障害などが発生する。

転換点に達していないときの「うっかり」は以下のような形で現れる。
あれ、なんでこの部屋に来たんだっけ?
あの人の名前が思い出せない
鍵、どこやった?
   ↓ 
  ※注意を払えば覚えておける 

転換点に到達した後は、
数分前に起きたことを忘れる
自分がついさっき言ったことを覚えていない
昨日あったことを忘れる
   ↓ 
※このようなことが日常的に起きる。いくら注意を払っても覚えておける保証はない。

アルツハイマー病は海馬で始まる。すでに形成された古い記憶は未だに保持されている一方で、新たな情報が失われているのだ。

舌先現象の頻度は加齢とともに増していくが、アルツハイマー病患者は頭の中に何の手がかりも浮かんでこない。

さらに悲しいことにアルツハイマー病は、海馬だけにとどまってはくれない。

空間情報処理をつかさどる頭頂葉にまで病変が及ぶと、患者は慣れ親しんだ場所でも道に迷うようになる。前頭葉および前頭前野の神経回路が病魔に侵されると、論理的思考、意思決定、計画立案、問題解決といった機能が低下する。

💬 具体例として鍵が見当たらないときのことが書かれています。サイドテーブルの上やコートのポケットで見つかるならその物忘れは正常。もし冷蔵庫から鍵が見つかれば少々心配な話となるそうです。電子レンジの扉を開けたら中に玄関の鍵が入っていた、という話を知人から聞いたことがあります。著者が例に出すくらいですからこういうことって結構あるのでしょう。舌先現象のことも、アルツハイマー病患者は頭には何の手がかりも浮かんでこないという一文が印象的でした。「忘れた」という意識があるうちは忘れたことにならないという話を聞いたことがありますが、手掛かりが何も浮かんでこないという表現のほうがわかりやすいと思いました。

 

 

  第3部 記憶力を伸ばすもの、妨げるもの  

第3部はこれまでの内容と重複も多いため、重要な部分だけまとめていきます。


14. 文脈で覚える

人間の記憶力は文脈に依存する場合が多い。記憶再生時の文脈が記憶形成時の文脈と一致すると非常に早く、より完全な形で記憶を想起できる場合が多い。


15. ストレスの影響

ストレスのかかる出来事が一つだけの場合は、ストレスのかかる状況の中心となる情報の記憶は強化される。一方で周辺的な細かい情報の記憶はかえって曖昧になる。

さらに懸念すべきことは常にストレスを抱えていると海馬のニューロンが徐々に失われていく事態に陥る。

日常生活からストレスを取り除くことは難しいかもしれないが、ヨガ、瞑想、健康的な食事、運動、マインドフルネスの実践、感謝の念、思いやりの心などによって過剰なストレス反応を起こさないよう自らを訓練することができる。


16. 睡眠をとろう

記憶に関して、睡眠は2つの重要な役割を果たしている。

①新たな記憶の記銘に必要な注意を払うためには、十分な睡眠によって前頭葉のニューロンに油断なく活発で、働く気満々の状態になってもらわなければならない。

また、起きている間に生じた固有の神経活動パターンが睡眠中に再活性化される。この再活性化によってニューロンの結合が助けられ、情報を一つの記憶にまとめる固定化が促進されると考えられている。

②アルツハイマー病が発症する原因と考えられているアミロイドプラークは、深い眠りに入ると脳の清掃員であるグリア細胞によって除去され代謝される。

成人は一晩に7時間ないし9時間の睡眠を必要とする。それより少ない睡眠は心血管系、免疫系、メンタルヘルス、記憶などの機能を損なう。

💬 脳科学、神経科学の本を読むと必ず睡眠の重要性が出てきます。7時間というのも概ね一致しているようです。高齢者は眠れない悩みを抱えている人が多いようですし、この7時間睡眠は結構難しい問題なのかもしれません。私は娘が高校生の時は朝4時半に起きていました。娘の高校は朝講習という特別授業をやっていたのでいつもかなり早い時間に登校していました。私も仕事をしていたので自分の出勤準備もあり4時半に起きてもギリギリでした。3年間の早起きが習慣になり、今は夫と二人暮らしなのですが4時~5時ころに目が覚めることが多いです。7時間睡眠が重要と知ってからは夜は10時ころには寝るようにしていますが、自分の時間を早朝に持っていくことで特に問題はありません。躊躇わずに10時に寝ることができるのも読書で得た知識のおかげです。

 

17. アルツハイマー病を予防するには

アルツハイマー病の98%は遺伝と生活習慣が組み合わさって起きる。しかし純粋に遺伝だけが原因の家族性アルツハイマー病を発症するのは患者の2%にすぎない。

アルツハイマー病はある日突然発病する疾患ではない。

まずは食事と飲み物から見直してみよう。大雑把に言って心臓に良いものは脳にも良く、アルツハイマー病の予防にも効果的である。

運動し、知的な刺激を受けよう。

新しく何かを学ぼう。人は常にシナプスを得たり、失ったりしている。新しいことを学ぶたびに新たな神経回路、新たなシナプスを作り出し強化しているのである。

教養があり、刺激的な社会活動や知的活動に定期的に従事している人は、認知予備能が高い。

あり余る豊富な神経回路があると、一部のシナプスが損なわれてもまだダメージを受けていない神経回路を動員することが可能なのである。


18. 記憶のパラドックス

記憶を重要視しつつも、大げさに考えすぎないほうがいいのではないだろうか。

驚異の記憶力があったところで、幸福や成功が約束されるわけではないのだ。

人間の脳は意外性に乏しい記憶を保持するようにはできていないが、私たちの生活のほとんどは意外性に乏しいことをこなすのに費やすされる。

記憶力に対しては大事なこと以外は全て忘れてもかまわないと考える方が理にかなっているだろう。

つまり重要なのは人生で起きた意義深い出来事の詳細を覚えておく能力なのだ。

こうした記憶は自己意識をもたらし、自分の人生の物語を成り立たせ、自己の成長や他者との結びつきを生み出す可能性を秘めている。

ただそうした意味深い記憶が忘れ去られても、人間であることの意味を決めるのは記憶ではない。

人を愛し、愛されていると感じるのに、記憶は要らないのだ。

記憶を重要視しよう。同時に、大げさに考えすぎないようにしよう。

💬 最後は癒される内容でした。私たちは人生で起きる大半は覚えていない。でも意義深いことは覚えている・・・高齢になってから過去の苦しみや恨みつらみばかりが思い出されるのであれば悲しいことです。意義深いことが楽しいことばかりではないでしょうが、どのように自分が歳を重ねていくのか、ある程度の年齢になったら考えなければいけないということでしょう。



  まとめ、記憶のためにできること

・注意を払おう  
視覚化しよう
意味を付加しよう
想像力を働かせよう
1にも2にも3にもロケーション
個人的なものにしよう
ドラマを追い求めよう
違うことをしよう
練習が完璧を作る
想起のための強力な手がかりを十分に用意しよう
ポジティブでいよう
記憶を外在化しよう
文脈が肝心だ
リラックスしよう
睡眠をたっぷりとろう


全体を通して読みやすくわかりやすい内容でした。表や図解よりも平易な文章と身近な具体例で表現されていることでイメージしやすかったです。こういう本を読むことこそ脳トレなのではないでしょうか。



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