少々変わった作風の刑務所サスペンスとでも言うのでしょうか、不思議な、そして中毒性の高いシリーズです。
1作目を読んだときは警察小説らしさが皆無なうえに、主人公エーヴェルト・グレーンス警部に人間味を感じることができず少々困惑しました。
(作中ではグレーンスよりもエーヴェルトと書かれていることが多いため、このブログではエーヴェルトという表現に統一していきます)
著者はエーヴェルトのことを次のように描写しています。
ずっしりと大柄で、くたびれた雰囲気の男。脳天を囲むように白髪が生えている。妙にギクシャクした歩き方。足が少し不自由のようだ。首筋もこわばっている。追い詰められた惨めな老人。消耗しきった孤独な男。
何だか読んでいて気の毒になります。たしかに最初はプライベートな部分が全くわからないこともあり人気シリーズの主人公とは思えない人物でした。
ところが、2作目でアンニという恋人がいたことがわかると急にエーヴェルトに命が吹き込まれます。
アンニもまた刑事でした。犯人を追跡中に車の下敷きになり、それ以降無意識の世界に住んでいます。アンニを轢いた車を運転をしていたエーヴェルトは実に25年も悔やみながらアンニを愛し続けているのです。
エーヴェルトはアンニに対する悔恨を繰り返し語ります。愛情よりも自分自身を許せない感情が勝っているのが伝わってきて共感が難しいのも事実です。
とにかく最初は読みにくい作品という印象でした。1作目は大きな社会問題を扱っていますが、小説としての深さを感じられない主人公不在の刑務所サスペンスという印象です。
2作目でエーヴェルトは命を与えられ、3作目から人間ドラマとして動き出します。
シリーズが進む中でどんどん面白くなっていきますが、日本では5作目の「三秒間の死角」で翻訳ミステリー読者賞を受賞し高い評価を得ています。
物語に欠かせないエーヴェルト以外の登場人物は部下のスヴェンとヘルマンソン、潜入捜査員ピートの3人です。
3人の特徴をまとめると、
スヴェンは「優しい父親像が前面に出てくる刑事らしからぬ刑事」
ヘルマンソンは「高いコミュニケーション能力と誠実さを併せ持つ女性刑事」
ピートは「綿密な計画をたてて実行する優秀な潜入捜査員」
という感じです。詳細は下記の「おもな登場人物」を参照してください。
5作目「三秒間の死角」以降、ピートの活躍はエーヴェルトのキャラを凌ぐほどで、準主役のようになっていきます。三秒間、三分間、三時間、三日間、三年間、と5作目からはタイトルに「三」がつくことから「三シリーズ」と名付けて別シリーズと考える人もいるようです。
しかしエーヴェルトのキャラを理解するためにはやはり1作目から読むほうがいいように私は感じています。人間とは思えないほどの固まった思想の持ち主だったエーヴェルトが、ピートとその家族に接するうちに人間らしさを取り戻していく。その過程もこのシリーズの醍醐味なのです。
それでは、まずは「おもな登場人物」の紹介を。そしてその後、簡単に各作品の内容に入っていきます。
おもな登場人物
エーヴェルト・グレーンス
ストックホルム市警の警部。伝説級の優秀な刑事ですが、やたらと機嫌の悪い石頭の中年男性というのが同僚からの評価のようです。
左膝を二発の銃弾で打ち抜かれて以来、足が不自由になりました。それでも頑として杖を使わないため「足をひきずる刑事」と言われています。
アンニと暮らすはずだった広いアパートで一人になることが怖いため、ほとんど警察署の自分のオフィスで寝泊まりをしています。
アンニ
エーヴェルトの元恋人。
スヴェン・スンドクヴィスト
ストックホルム市警の警部補。妻アニータとの間に子どもが授からなかったためプノンペンの孤児院まで出向き男の子を養子にしています。
家族愛が非常に強いため、自分の誕生日に事件が起きてパーティーができなくなったと嘆き続けるような少々軟弱な感じのする警部補です。エーヴェルトからの時間外の呼び出しが頻発し愚痴を言い続けるシーンもありますが癒しキャラでもあります。
死体や血を見るのが苦手なので聞き込みや細かい調査に実力を発揮します。
マリアナ・ヘルマンソン
2作目「ボックス21」で初登場。最初は警察の臨時職員として勤務していました。監禁事件の捜査で、女性警官嫌いのエーヴェルトに優秀さを褒められるという珍事が起こり警部補に昇進しました。母親はスウェーデン人。父親が移民(ルーマニア人)だったため多くの移民に囲まれて少女期を過ごしています。
ピート・ホフマン
潜入捜査員。「三秒間の死角」で初登場したときは表向きは警備会社の経営者をしています。妻と二人の幼い男の子がいますがシリーズ後半で娘も誕生して5人家族になります。前科があり、服役中に警察に潜入捜査員としてスカウトされたのがきっかけで命がけのチャレンジが始まります。最初は何者かになろうとして必死に役目に徹していますが、嘘の名前と嘘の経歴で相手を信用させるための嘘の話を続けるうちに自分が何者なのかわからなくなります。何度も潜入捜査員をやめて平安な暮らしを求めますが一瞬のスリルを求める気持ちを捨てきれず葛藤は続きます。
エリック・ウィルソン
ストックホルム市警の潜入捜査担当官。巡査としてパトロール機動隊の勤務を4年、警部補としてヨーテボリの暴力犯罪課勤務が7年、警部に昇進し県警の情報部で情報提供者の対応を4年。その後ストックホルム市警で勤務。優秀な刑事ですが出世とともに凡庸さが目立つようになっていきます。
制 裁 幼い
作家のフレドリックは囚人ルンドが脱走したニュースを見て愕然とします。幼い娘を保育園に送り届けた際にその囚人に出会っていたからです。
連続女児暴行殺害の罪で服役していたルンドは、保育園の門の前のベンチに座っていたのです。
急いで保育園に駆け付け娘の名を呼ぶフレドリック。
不運な偶然が重なり悲劇が起きてしまいます。
娘を殺した犯人を自分の手で殺すことを誓うフレドリック。
くどいほどに刑務所の中の様子や女児殺害の一部始終が描かれているため、狂気の世界に引きずりこまれそうになります。
フレドリックは刑事の名を騙って独自の捜査を行い、刑事より先にルンドを見つけて迷わず射ち殺すのですが、近くで張り込みをしていた刑事にその場で逮捕されてしまいます。
撃たれたとき、ルンドは懲りずに少女を誘拐しようと企んでいるところでした。そのため人々はフレドリックを犯罪阻止をした英雄と称えて模倣犯まで出てくる有様です。
ここまで警察小説らしさは全く感じられず、淡々と犯罪と世論が語られていきます。
この作品が本題に入っていくのは3分の2を過ぎたあたりからです。すでに犯人も捕まってミステリ小説と考えるならばストーリーは完結しています。しかしスウェーデンの司法制度の問題点であったり、死刑制度の是非だったり、復讐をまるで正当防衛と同じように考える風潮であったりとか、難しいテーマにドップリと浸って一捻りある結末に誘導されていきます。
決して明るい作風ではないうえに、犯罪者側から見た世界観で語られるシーンが多く、スラングを日本語に置き換えた違和感もあって読みにくさがあります。
それでも正義を定義するのは本当に難しいと考えさせられる社会派小説であることは間違いありません。でも主人公って誰?という違和感もあります。
ボックス21
前作に登場したヨッフムが出所してすぐに事件を起こします。
刑務所の中で重鎮扱いだったヨッフムですが、実はエーヴェルトと深い因縁のある重罪人だったのです。
25年前、エーヴェルトは警察の車で指名手配中のヨッフムを追っていました。スピードを上げるエーヴェルト、逃げるヨッフム。アンニ(エーヴェルトの恋人)はエーヴェルトが運転する車の後部座席から身を乗り出してヨッフムを捕らえます。
しかしヨッフムのほうが力が強かった。アンニは引っ張られて車外に転落し後輪に頭を轢かれてしまいます。アンニはそれ以降、施設で無意識の世界を生きています。
これまで未知の世界だったエーヴェルトのプライベートな部分が判明することが今回の大きな特徴です。
このシリーズは主人公不在なのかと思いましたが、今回のエーヴェルトは強烈な印象を残していきます。
25年経過した今も毎週月曜日には恋人アンニのもとを訪れるエーヴェルト。豪邸と言えるほどの大きなアパートで暮らしていますが誰かを招待することなど考えられない孤独なエーヴェルトの姿が浮き彫りになります。
もう一つの大きなポイントはエーヴェルトの同僚で親友でもあるベングトが今回の捜査に関わってくることです。
今回は2つの事件が交錯します。
1つめは鞭で打たれて重傷を負った売春婦が助け出され、一緒にいた男をリトアニアに強制送還した事件。
このときの売春婦が入院中に病院の死体安置所に立てこもって大騒動を起こします。
もう1つは、洗剤入りの麻薬を売った男が病院で不審死する事件。この事件にヨッフムが絡んできます。
エーヴェルトの親友ベングトはロシア語が堪能なことからロシア語しか話せない売春婦の通訳として駆り出されました。そして立てこもり事件で重要な役目を果たします。
前半は悲惨なDVや冗長なシーンが多くて回りくどい印象ですが、ベンクトが病院で交渉役をする辺りからエーヴェルトが迷走し始め、気の毒ではありますがこの迷走あたりから急激に面白くなります。
今回のテーマは人身売買、強制売春、そして麻薬。
エンタメ部分を差し引いて考えてもスウェーデンの麻薬はかなり深刻な問題のようです。
(人身売買はどのくらいリアルなのかわかりません)
警察小説としては、やはり謎解き部分の弱さや警官らしさに欠けるなど問題は多々あります。さらに匂わせが多くて途中で結末が見えてしまうという難点もあります。しかしこの状態からどうやって小説として面白く終結させるのかと想像しながら読むと・・・期待に応えてくれるラストでした。
「罪悪感は他人に何かをしてしまったときに抱くものだ。自分に対してなにかをしてしまったときは、人は恥の意識を抱く」
死刑囚
スウェーデンで暴行事件を起こして逮捕されたジョンは6年前にアメリカで死亡したことになっている死刑囚と判明。
ではスウェーデンで捕まったジョンは何者なのか。
捜査が混乱していく様子と並行して、6年前アメリカで刑務所関係者が関与した大掛かりな脱獄の様子が語られていきます。
ジョンが脱獄したのであれば、なぜそこまで多くの協力者が危ない橋を渡ったのでしょうか。その理由も次第に明らかになっていきます。
その一つがジョンは冤罪の可能性が高いということです。
実際のデータとして死刑囚の約2%が無実であることなどが示され、死刑制度の問題点が浮き彫りになっていきます。
ジョンの場合は過去に2回少年院に入っていることなどが原因で不利な方向に動いていきました。
そして刑の確定から18年。ジョンがスウェーデンに渡ってから6年後、妻と5歳の息子とともに幸せに暮らしていたジョンは些細なことで再び怒りを爆発させ警察に逮捕されます。
ここからがエーヴェルトの出番です。ジョンの身元確認に時間がかかり迷走しますがエーヴェルトは大きな事件に発展する予感を早い段階から抱いていました。
捜査を進めるうちにエーヴェルトもジョンは無実なのではないかと感じるようになります。帰国を阻止しようと奮闘し、ジョンの妻、実父と関わるなかでエーヴェルトは変化していきます。
もしも冤罪だとするならば真犯人は誰なのか。終盤になってから未知の人物が犯人として出現する確率は低いのでないか。読みながら感じる違和感はそこにあると思います。ジョンはアメリカに帰国するのでしょうか。死刑は執行されるのでしょうか。
今回のもう一つのポイントはエーヴェルトが人間らしさを取り戻していく過程にあると思います。
ヘルマンソンに誘われてダンスに行くエーヴェルト。アンニを連れ出して遊覧船に乗るエーヴェルト。ジョンの悲しい人生を思って苦しむエーヴェルト。1960年代のシーヴ・マルムクヴィストの歌を大声で歌うエーヴェルト。
1作目を読んだときはエーヴェルトに感情移入ができず、読んだことを軽く後悔しましたが、今はどんどんエーヴェルトが好きになっています。
テーマは重いというよりも「難しい」問題です。しかし今までの2作品とは比べものにならないほど面白い作品だと思います。
地下道の少女
この作品は警察小説のカテゴリに入れていいのかどうか迷う作風です。
かなりの部分が実際にスウェーデンで起きているホームレス問題を語ることに費やされているといっていいでしょう。
今回は交わりそうで交わらない2つの事件が同時進行します。
1つ目は、早朝の街角で43人の子どもが薬物中毒のような状態で保護される事件です。6ヶ月の赤ちゃんを含む15歳くらいまでの外国人と思われる子どもたちです。何者かがバスで連れてきて置き去りにしたのですが、子どもたちは何も語らず背景情報が全くわからないまま混乱は続きます。
その後ヘルマンソンの活躍で子どもたちはブカレスト(ルーマニア)のストリートチルドレンであることが判明します。
2つ目は古い地下軍用トンネル網を歩きまわる中年のホームレス男性が大病院の地下室に侵入するシーンから始まります。翌朝、地下室から女性の死体が見つかり地下トンネル大捜査へと発展していきます。
意外なことにエーヴェルトは子どもたちがお腹を空かしていることに気づいてピザを注文したり、ベビーカーを見つけてきたり、優しさを発露し続けます。
捨てられた子どもたちへの慈しみと捜査がらみで爆発する怒りが忙しく交錯するエーヴェルトですが、アンニとの悲しい別れもあります。
ミステリとして読むと結末は消化不良気味かもしれません。エーヴェルトの心情もこの終わり方ではケジメがつかないだろうと感じます。
しかし、巻末に付記されている「著者より」を読むとその意図も理解できると思います。今回は高福祉国スウェーデンの闇の部分とでもいうのでしょうか。通常は表に出にくい問題を掘り下げているのです。
現実の世界から逃げようとしている女性が増えていること。特に行き場を失った少女たちは深刻な問題を抱えていること。
表向きはスウェーデンにストリートチルドレンは存在しないことになっていること。人員や予算の問題から公的機関は知らないふりをしていること。
ボランティアは発言が自由なはずだが助けることで満足してしまっていること。
静かで目立たない女の子はより深いところまで落ちていく。
絶望に向かっていく感覚がヒシヒシと伝わってくる作品です。
※北欧の女性ホームレスを取り上げたミステリとしては、カーリン・アルヴテーゲン著「喪失」が心理描写が秀逸で読みやすい作品でした。母親が娘の気持ちをまったく理解しなかったことが原因で家出をしてホームレスになる少女の話です。周囲から見ると恵まれた環境であったことから、少女の絶望はまったく理解されず、さらに深い絶望に向かっていきます。極端な面はありますがこの過程は共感できる部分が多々ありました。興味のあるかたはぜひこちらの作品も読んでみてください。
三秒間の死角
潜入捜査員ピート・ホフマン初登場。
ピートが刑務所内に麻薬密売拠点を置こうとしている組織に潜入してピンチに陥る話です。
ピートはわざと警察に捕まるように行動し無事に刑務所入りを果たします。「刑務所での麻薬密売」ということ自体が???なので最初の100ページほどは読むのが結構大変でした。
エーヴェルトは本来であれば潜入捜査員とは交錯しないのですが、ある殺人事件捜査中に名前のあがったピートを深追いしてどんどん追い詰めていきます。
証拠が多い割には進展しない捜査の中でピートに食らい付こうとするエーヴェルトはデンマークまで出張して捜査を続けたり、ピートに面会するため刑務所に予約までします。
一方でピートの存在を隠したい警察上層部はピートを切り捨てることも検討し始めます。警察の後ろ盾がなくなったら刑務所内のピートはどうなるのでしょうか。
エーヴェルトの真面目で変人扱いされるほどの執念深い性格が災いしたということです。
ピートは大きな葛藤を抱えていました。潜入捜査員になるまでは何ひとつ成し遂げたことのなかったピート。警察の協力者になることで誇りを持つことができてスリルもあるのですが・・・
潜入捜査員になったあとに妻と知り合って、初めて人を愛することを知ったピート。大切なものを守りぬきたい自分と仕事を全うしたい自分との板挟みになっています。
薬物中毒から仕事中毒へ。そして妻への依存も激しくなっていく過程はドーパミンの怖さそのものと言っていいでしょう。
エーヴェルトもアンニを失った悲しみを乗り越えようとしています。30年近くもアンニを思い続けるキャラは何となくしっくりこなかったのですが・・・考えてみればこれも依存の一種なのでしょう。
エーヴェルトにこれからロマンスはあるのだろうか。などと考えてしまうのは、たぶん物語を作り上げる著者の巧妙さにのせられてしまったのです。
ネタバレになるのであまり詳しくは書きませんが、警察上層部はピートを切り捨てることを決断し、追い詰められたピートは忍耐力を発揮し、堂々としていると疑われないことを証明するような行動力を見せつけます。
もともとピートは犯罪者を演じていたわけですが、犯罪者を演じることができるのは犯罪者だけという理屈も納得できる結末でした。
三分間の空隙
前作で活躍した潜入捜査員ピートはスウェーデンで暮らすことができなくなってコロンビアに妻子とともに移住しています。
役人や警官への賄賂が当たり前の国で安全のための出費がかさみ、いつのまにか麻薬の売人になり、麻薬を資金源とするゲリラとの接点が生まれ、トラブルに巻き込まれていきます。
そんなピートを救ったのはエリックでした。エリックの仲介でアメリカの麻薬取締局の潜入捜査員として働くことになったのです。エリックは犯罪捜査部の部長に昇進しています。
コロンビアでの潜入捜査は順調に進んでいました。
仲間からの信頼を得るために、アメリカ政府の重要指名手配リストにピートの名前を入れる工作も成功しています。
そんなときにアメリカの下院議員が麻薬撲滅運動を展開してゲリラに誘拐されてしまいます。
なんとしてもゲリラ組織を一掃したいアメリカ政府はピートを含む十数名を殺害対象者リストに入れます。これは見つかったらその場で殺され、家族も逃れらないことを示しています。
アメリカ政府はピートがスウェーデン人であるため、潜入捜査員であっても助ける義務はないと判断。
焦ったエリックはピート救出のためにエーヴェルトをコロンビアに派遣することにしました。(これは公的捜査ではありません)
前半はコロンビアでのピートの活躍と家族の生活が中心になっています。後半はピートの脱出作戦が怒涛の勢いで繰り広げられます。
シリーズ開始時に比べるとかなりエンタメに振り切っている感は否めず、一人の救出のために複数人が命を落とすことにも麻痺してきています。流石にエーヴェルトは警官としての倫理観を持ち出しますが「ピートを殺すと決めた時点で警察側にあった倫理観は消滅した」という理屈に屈してしまいます。
いろいろと疑問が残るとしても正義について考えさせられる作品であることは事実です。スウェーデンが急速に麻薬に汚染されていったことや国内の犯罪のほとんどが麻薬がらみである実態なども語られるため社会派小説の側面は健在です。
それにしてもピートの妻はなぜコロンビアまで一緒に行ったのでしょうか。そのあたりの心理描写はサラリとしています。
夫が潜入捜査員だったことは受け入れることができるでしょう。しかし前科については普通は許容範囲を超えているように思います。今後もずっと命を狙われ続けるであろうことを考えると微妙です。この作家さんは女性の心理描写や愛情に関する表現が苦手なのでしょうか。
三時間の導線
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今回もピートとエーヴェルトのコンビ作品です。
ピートは家族と幸せに暮らしています。もうエーヴェルトと会うこともない。警察と関わることもない。と誰もが考えています。
しかし、エーヴェルトが担当した事件でピートの指紋のついた携帯電話が見つかり、またまた騒動に巻き込まれていきます。
ストックホルム南病院の遺体安置所で登録されていない遺体が見つかったという珍しい通報から今回の事件は始まります。
警察犬が病院から続く地下通路を追跡して港のコンテナに行きつきます。コンテナの中には73体もの死体がありました。
このシリーズには珍しく警察小説らしい展開で進んでいきます。エーヴェルトはピートの妻に会いにいき、ピートが国連から委託されたアフリカの民間警備会社で働いていることを知ります。
序盤から展開がスピーディなのもポイントです。すぐにアフリカに向けて飛び立つエーヴェルト。
アフリカでのピートの仕事は合法的な食糧輸送の警備です。食糧を奪うために襲撃してくる密航業者が後を絶たずピートは合法とはいえ非常に危険な任務についています。
次第に、食糧難になると難民が増え密航業者が儲かるというビジネスモデルが出来上がっていること、国連は自衛の権限がないためピートのような人間を頼っていることなどがわかってきます。
ピートに会って話を聞いたエーヴェルトは、もう一度潜入捜査員になる道を示します。
いやいやながら密航組織への潜入を引き受けるピート。今までと違って準備期間がないためハイリスクな潜入となります。
スウェーデンで難民の子どもたちの教師をしているピートの妻ソフィアも事件に絡んできます。
ピートの指紋のついた携帯電話はソフィアから頼まれて助けた密航者にピート自身が手渡ししたものでした。
今回は善意で動く人間とそれを悪事に利用する人間との攻防でもあります。人間関係のトラブルは良かれと思った行為から始まることが実に多いということを思い出させてくれました。
とにかく何故かミステリらしい作風に路線変更しています。前作があまりにもエンタメに振り切ったドタバタ劇だったことを考えると少々困惑しますが、読みやすくなっています。
エーヴェルトも立場を取り戻しています。相変わらずアンニへの依存は激しく、古い歌を聞いて感傷的になっていますが、共感できる部分が少しずつ増えています。
三日間の隔絶
ピートはスウェーデンに腰を落ち着けて警備会社の仕事をしています。ペーパーカンパニーではなく従業員を雇って防犯カメラの設置やセキュリティー全般の業務をこなしているのです。
娘が生まれ5人家族になったホフマン家。当たり前の生活に感謝はするものの一時の高揚感を求める気持ちはゼロではなく・・・それでも良き家庭人として日々を送っていましたが・・・
息子ラスムスが遊んでいるプラスチック人形に手榴弾が仕込まれていることを発見してからは一変します。
その後、ピートの過去を暴く書類が家に届き、銃の違法取引に乗り出そうとする組織に協力するよう脅されるという最悪のシナリオに沿って物語は進んでいきます。
そのころエーヴェルトは、17年前に起きた一家惨殺事件の生き残りの少女が命を狙われているのではないかと感じて捜査を始めます。
少女は証人保護プログラムにより名前を変えてどこかで幸せに暮らしているはずです。ところが警察の保管室から重要書類が消えてしまい少女は行方不明になっていました。
ピートの過去を暴く書類も警察署で厳重に保管されていたものです。2種類の重要書類が流出する過程には警官が関与しているとしか考えられない。再び顔を合わせたピートとエーヴェルトは共同捜査へと進んでいきます。
エーヴェルトに会うためにアパートに侵入したピートは不審者と間違われてしまいます。逆上したエーヴェルトと事情説明しようとするピートのやり取りはこのシリーズの中で最も面白いと言ってもいいシーンです。
ピートのハンドラーだったエリックの挙動不審、ヘルマンソンの微妙な言動、新たに加わった見習い警官2人の活躍、エーヴェルトはどこまで真実に迫ることができるのでしょうか。
家族を守るためピートはアルバニアに赴き脅迫者に対峙し、主役の座を奪ったような派手な活躍をします。さらに今回は三日間という期限がありカウントダウンが面白さに貢献しています。
エーヴェルトのほうは推理が冴えないうえに身近な人間を疑う役回りに苦戦しています。
もう一つの読みどころは、17年前の少女がアルバニアに自分探しの旅にでかけるシーンです。今までとはちょっと違った一種独特の雰囲気で小説としての深さを感じるシーンです。
ピートの活躍の影に隠れて17年前の事件はほとんど忘れられたような状態になっていますが、実はこの少女、重要な役回りなのです。
前作で少しだけですが、いい雰囲気になっていた女性とエーヴェルトの関係は終わっています。またまたアンニを思う日々。それでもピートの子どもに愛情を感じ始めているエーヴェルトは人間らしさを増しています。
今までとは少しテイスト変わってきていますがミステリ要素も盛り込まれて読みやすさはどんどん増してきています。
(エーヴェルト64歳)
三年間の陥穽
※陥穽 (かんせい)とは落とし穴のことで、人を陥れるはかりごとの意味で使用することが多いようです。
エーヴェルトがアンニのお墓の前で感傷に浸るシーンから始まります。
お墓の前で出会った女性から3年前の幼女行方不明事件を聞いたエーヴェルトは上司のエリックに相談します。
しかしすでに終わった事件であることから捜査は禁止、さらにエーヴェルトは強制的に長期休暇を言い渡されます。
そんなときに警官仲間から見せられた「子どもの人身売買を防止する団体」に届いた写真から手がかりを得てエーヴェルトはデンマークに向かいます(休暇中イコール自由に捜査できるという図式)
写真に写っていた少女は衣服をまったく身につけておらず、首には犬のリードが巻き付けられていました、エーヴェルトは写真に写っている男の背中に書いてある文字からデンマークの会社を割り出したのです。
デンマークでは意外と簡単に警察の協力を得ることができ、娘を虐待する母と継父を逮捕。そこからダークウェブ上の小児性愛者グループが荒稼ぎしている実態が明らかになっていきます。
ここまでかなりスピーディに進みます。デンマークで出会ったIT専門家のビエテとエーヴェルトは何故か意気投合しブラックなグループを潰そうと画策。ここでピートの出番がやってきます。
ピートはスリルを求める気持ちをなだめながら家族5人で幸せに暮らしていました。
小児性愛者グループへの潜入は自分の専門外であること、二度と潜入捜査はしないと妻ソフィアに誓ったことなどを理由にピートは断り続けますが・・・意外なことにソフィアはこの話に賛成な素振りをみせます。
今までこのシリーズの消化不良気味だった部分はソフィアの心情があまり語られないことでした。過去がまったくわからずピートと一緒にコロンビアまで行ったことや、危険な目に遭いながら一度も離婚を口にしないことなどが十分に語られてきませんでした。
ここにきて初めてソフィアは自分が子どものころ受けた虐待のことをピートに語るのです。
結局ピートは潜入捜査を引き受け、小児性愛者グループの本拠地であるアメリカに向かいます。
後半は、今回ばかりは上手くいかないのでは?という雰囲気で進んでいきます。とにかく情報不足、知識不足でどんな会話をしたらいいのかもわからないままにグループメンバーと接触するピート。
スヴェンやエリックの協力は得られず、エーヴェルト自身も定年間近の老体という状況でこの危機は乗り越えられるのでしょうか。
結末がどうであれ悲惨で最悪な事件であることは間違いありません。日本はこのような事件は少ない印象です。しかしピートの妻ソフィアやIT専門家のビエテも過去に虐待を経験していることを考えると、虐待された過去を背負いながら誰にも相談せずに懸命に生きている人は意外に多いことを示唆しているようにも感じます。
エーヴェルトは人間らしさをどんどん取り戻しています。今回はエーヴェルトの優しさを描くことで、小説として面白味のある読みやすい作風に変化しています。
エーヴェルトの年齢を考えてもシリーズ終了なのでは?と感じていましたが、巻末の解説よると続編がすでに出ているそうです。テーマは臓器売買目的の誘拐。邦訳が出ましたらレビューを追記していきます。

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