個性的な警官が主人公で警察内部の諸問題などにも触れながら、群像劇の側面も持もっているシリーズ、福祉や死刑制度などの社会問題をテーマにしているシリーズなどを選んできました。
面白い警察小説シリーズは他にもたくさんありますが、とりあえずこの「ヨーロッパの警察小説MAP」は今回で終わりにしたいと考えています。
次回からはヨーロッパ以外の警察小説や探偵小説、リーガルミステリ、ちょっと不思議なミステリなど日本の作品も含めてピックアップしていきたいと思っています。
今回が最終回となる「ヨーロッパの警察小説MAP」第10弾は少し視点を変えて書いていきます。
ノンシリーズものや厳密に言えば警察小説とは言えないけれど警察が関わっていて面白いものなど3作品を選びました。
①軋み(アイスランド)
②あんたを殺したかった(フランス)
③デンマークに死す(デンマーク)
それぞれに違った面白味がありますので、 興味を持っていただれば嬉しく思います。
軋 み
アイスランドのアークラネス警察が舞台です。
主人公のエルマはレイキャヴィーク警察を辞めて故郷アークラネス警察に新たな居場所を求めました。
アークラネスは首都レイキャヴィークから50㎞ほど北に位置する町で人口は8000人弱。
故郷に帰りたいなどとまったく思ったことがなかったエルマですが、9年間も交際していた恋人との別れがきっかけとなりアークラネスに帰りました。
再び縮まった両親との距離、新しい職場、新しい人間関係、同僚サイヴァルとの軽いロマンス・・・そして殺人事件。
物語は被害者エリーサベトの子ども時代と捜査の過程が交互に描かれていきます。
灯台近くの海岸で見つかったエリーサベトは、喉に絞められたような痣がありその他の外傷も考えあわせると事故とは考えにくいため、殺人として捜査が始まります。
もともとアイスランドは殺人事件が少ないうえに、アークラネスのような田舎町で変死体が発見されることなどほとんどありません。
同僚のサイヴァルは、夫の犯行という一番安易な答えに飛びつきそうになりながらも、都会の警察署で経験を積んだエルマに期待を託します。2人の二人三脚の捜査の始まりです。
エリーサベトは9歳ころまでアークラネスで育ちましたが、その後はアークラネスを嫌って寄りつかなくなっていました。なぜそんなエリーサベトがアークラネスを訪れていたのかが第一の疑問。
まずはエリーサベトの過去を洗うことから始まります。子ども時代のエリーサベトの生活は悲惨なものでした。早くに亡くなった父、アルコール依存症ぎみで育児放棄の母、エリーサベトを助ける隣人、少女への性的虐待など小さな町の人々の暮らしを通じて事件の全容は浮かび上がっていきます。
その一方で遺留品のメモに書かれていた連絡先も重要な証拠として扱われていきます。捜査の方向性は変化していきますが、メモに書かれていたのは上司の友人でもあり、町の有力者一族の女性だったことから事情聴取さえも難しい状況に陥ります。
小さな町にありがちな庇い合いや忖度、特に署長がネックになって捜査が進まない場面は読み手としても少々ストレスです。この作品は暴走刑事が強行突破するようなハードボイルドではありません。
小さな町では同世代はほぼ全員知り合い、さらにその親兄弟に至るまで様々な噂が飛び交う。そんな生活は安心感がある反面ちょっと息苦しい。多くの人が何となく共感してしまうような雰囲気が伝わってきます。
この作品のもう一つの特徴は匂わせ的な表現が多く、結末に向かっていく中でも真犯人は他にいるのではないかと思ってしまうアバウトさにあります。
このアバウトさをスッキリしない結末と感じる人もいるのかもしれません。しかし余韻を残す繊細な作風であることは間違いありません。
アイスランドの警察小説と言えばエーレンデュル捜査官シリーズです。読者が比較してしまうことは仕方がないことと思います。物語の深さという意味ではエーレンデュル捜査官に軍配が上がるのかもしれませんが、この作品のほうが陰鬱な雰囲気が少なく読みやすい印象です。ロマンスが安易な方向に進まないことも読みやすさに貢献しているのでしょう。
1人の刑事の生きざまを深堀する作品と、警察小説としての淡々とした読みやすさと、好みのわかれるところです。
何となく途中でストーリーの向かう先はわかってしまうのですが、一番驚いたのは追想という形でしが出てこないエルマの元恋人の真実でした。
エルマは慎重に一番肝心な部分に触れないように日々を過ごしていたのです。
《おもな登場人物》
エルマ
アークラネス警察犯罪捜査部刑事。アークラネスで育ったが20歳のときに自立したくてレイキャヴィークに出て警官に。田舎暮らしに魅力を感じられずレイキャヴィークの暮らしに憧れていた。
サイヴァル
アークラネス警察犯罪捜査部刑事。エルマの同僚。20歳になったばかりのころ両親が交通事故で亡くなっている。学習障害のある弟がグループホームで暮らしていることからアークラネスを離れることができず、ずっとアークラネス警察で働いている。
ダーヴィズ
エルマの元恋人。
《著者プロフィール》
エヴァ・ビョルク・アイイスドッティルは1988年アイスランド・アークラネス生まれ。現在は夫と3人の子どもとともにレイキャヴィークで暮らしている。15歳で短編小説を書き始めコンテストで優勝。ノルウェーの大学院に留学しグローバリゼーション学修士号を取得。27歳で客室乗務員として働きながら本格的に小説の執筆を始める。本作でブラックバード賞及び英国推理作家協会新人賞を受賞。
あんたを殺したかった
フランスのヴェルサイユ警察が舞台です。
主人公は犯罪捜査課班長ダミアン・ドゥギール警視。
警察学校で出会った親友ジョナタンとのコンビで難事件を解決していきます。
ダミアンは妻のステファニー、生後2か月の息子レオとともにパリ郊外シャヴィルの一戸建てに住んでいます。
ヴェルサイユと聞いただけでもオシャレな生活が垣間見れるのですがダミアンは、レオのミルク当番に遅れないように気を使ったり、遅くなる時はこまめに電話を入れたり、殺人事件の捜査中でも妻子への気遣いは忘れません。
深夜に息子にミルクを飲ませることで癒される・・・自分の父親と同じ過ちは犯したくない・・・等々イクメンぶりを発揮するイケメンなのです。
その一方で妻はダミアンが多忙で留守がちになっても困った素振りは見せない。とにかく円満にオシャレな生活をしている家庭が描かれていきます。
いままでは警察小説の主人公はバツイチか生涯独身で孤独な中年男性が多いと思っていました。そのほうが面白いと感じてもいました。
時代は大きく変わろうとしているということなのでしょう。刑事といえども殺人事件にかかりっきりではなく家族を大事にするのです。何だかカルチャーショックをうけて事件に入り込むのに時間がかかってしまいました。
さて事件ですが、一人の若い女性が自分をレイプしようとした男を殺してしまったと警察署に自首してきます。
しかしこの女性、ローラの供述に従って捜索しても死体は見つからず、それでもローラは主張を変えず、背景に何かしらの事件があることは明らかなためダミアンは執拗に調べ続けます。
フランスは警察以外にも憲兵隊が捜査を行う場合があるため、縄張り争いのようなシーンがフランスの小説には度々登場します。予審判事が行う捜査もあります。本作でも日本とは違う司法制度で進んでいきます。
とにかく全体を通して捜査課の上司よりも予審判事の顔色を伺わなくてはいけない雰囲気が漂っています。死体を探す方法も予審判事の許可が必要なため、面倒な手続きや説明を何度も求められたりで消耗してく捜査陣が可哀想になります。
死体が見つからないのですからなかなか捜査は進みません。
そんな混迷のなか、被害者(ローラが殺したと主張している男)が10年前に事故死した男と酷似していることが判明し、一気に捜査の方向性が変わっていきます。
ローラは何かしら復讐を企んでいることは事実です。度々ローラの心の中のつぶやきとして一人の人間への憎しみがでてきます。
その他にもダミアンに近い人物がローラに捜査情報を流しているような気配があったり、匂わせが多い割になかなか真実に近づけないもどかしさがあります。
フランスではノワールのカテゴリに入るそうですが暗さはありません。訳者あとがきではイヤミスの部類に入るのではないかと書かれていますが、私は読後感は悪くはなかったです。
どんでん返しというほどの展開はありませんが意外性はあります。「複雑な構成で読者を引き込んでいくミステリ」と私が密かに名付けているカテゴリに入れたい作品です。
(タイトルが怖い作品というカテゴリ分けもできそうですが・・・)
《おもな登場人物》
ダミアン・ドゥギール
ヴェルサイユ警察の警視。犯罪捜査課班長。どちらかといえば整った顔立ちで、上背があって、肩幅も広い。スマートで洗練された雰囲気。見た目から職業を判断するなら刑事よりも弁護士といった感じだが事件現場に行って犯人を追いかける方が向いていると自分では考えている。
ジョナタン・ピジョン
ヴェルサイユ警察の警部。ダミアンの親友あり右腕。パリ警視庁の麻薬取締課からヴェルサイユ警察署の犯罪捜査課に配属されたときダミアンに誘われて捜査班で仕事をすることになった。
ステファニー
ダミアンの妻。小学校教師。3年前にバッグをひったくられて警察署に被害届を出しに行きダミアンと出会う。軍人だった父が支援作戦中に命を落としたため母親が一人でステファニーを育てた。母の何でもこなす姿を見て育ったためダミアンが多忙でワンオペ育児になっても苦痛には感じていない。
《著者プロフィール》
ペトロニーユ ・ロスタニャは、ビジネススクールを卒業したマーケティングのスペシャリストで2015年に創作活動に専念するまでは仕事で世界中を飛び回っていた。2013年に自費出版したミステリー作品が話題となり、これまで8作品が刊行されていて本作は6作目。他の作品は翻訳されていない。
デンマークに死す
主人公のゲーブリエル・プレストは私立探偵。元コペンハーゲン市警の刑事だったことから警察と情報交換をしたり協力関係にあります。
北欧文学特有のノワール感は薄く、ユーモアのセンスにあふれ、警察小説のカテゴリには入らないのですが警察を辞めることになった経緯など警察内部のことがわりと多く描かれています。
実は「ミレニアムのファンならきっと気にいるはず」というアマゾンの宣伝文句に惹かれて読んでみたのですが・・・しかし・・・
毎朝ジョギングをして諸々の罪悪感を濯ぐ。
何か気の利いたことを言ってやろうと常に考えていてキルケゴールを引用する。オシャレに気を配り今日の服のブランドを必ず言う。組織で働くより私立探偵が気に入っているため、古巣に戻らないかと打診されても警官に戻る気はない。
どちらかというとミレニアムではなくフィリップ・マーロウやスペンサーを意識している印象です。
事件は、プレストの元恋人レイラの依頼で再調査をすることになった法務長官殺しです。
すでに服役している犯人はイラク系移民。政府に息子を見殺しにされたと思い込んでの犯行と考えられています。
少し調べてみると、捜査が不十分なままマスコミや大衆の声に押されるように移民犯人説に飛びついた感じは確かにありました。
殺害された法務長官はナチスが克明に記録した秘密文書を調べて本を書こうとしていたことも判明します。それでもレイラの主張するように冤罪と決めつけるには、まだまだな状態です。
プレストは元恋人の頼みだから調査しているというのも事実です。お互いに嫌いになったわけではないが元の鞘におさまっても上手くいかないのはわかりきったこと。
そんなプライベートな葛藤を抱きながらも捜査を進めるうちに、第二次大戦中の秘密文書が絡んできて、大物政治家の一族がナチスとレジスタンスの二重スパイだった疑惑が持ち上がります。
かなりハードなテーマを追いかけることになって危険な目に遭いますが、そうなったら絶対に止められなくなるのがプレストのような人間の特徴なのです。
深刻な場面も複数の女性が上手に雰囲気を和らげ(プレストは非常に女性に人気があります)市警の警部トミー、記者、元ギャングなどがプレストを助けます。
驚いたことは、デンマークには白人至上主義やデーン人という優越感が存在することです。
コペンハーゲンは狭いコミュニティなのでしょう。日本の地方都市と同じような同調圧力もあるようです。
移民問題に関しては、日本よりも早く外国人労働者を受け入れているデンマークの葛藤から学ぶべきことも多いと感じました。
また、作中で暴露されていく戦争中のスパイ活動や様々な人間関係は驚きの連続です。今までデンマークとナチスの関係はほとんど知りませんでした。生き残るために敵にすり寄る人々。それを許せない人々。命がけでユダヤ人を助ける人もいれば収容所建設で儲ける人もいる。
ユーモラスな作風のなかにしっかり社会派小説の側面も盛り込んでありますが、ハードボイルド過ぎずロマンスもありもちろんミステリ要素も楽しめます。
※キルケゴールの言葉が随所に引用されています。全部で20か所くらいあると思います。その一部を紹介します。
・もっとも苦痛な状態は未来を思い出すこと。特に、けっして手に入らない未来を。・私にレッテルを貼ったなら、私の存在を否定することになる。・人はふた通りの方法でだまされる。ひとつは事実でないことを信じることで。もうひとつは事実を信じないことで。
《おもな登場人物》
ゲーブリエル・プレスト
ゲーブリエル・プレスト
41歳の私立探偵。身長188センチ。服装に人一倍気を使いブランドもののスーツを制服代わりに着用し帽子もコレクションしている。食事、酒、たばこなどにも拘りが強い。元妻の現夫の法律事務所内に個人事務所を構えている。
レイラ・クヌーセン
弁護士。プレストと2年交際して3ヶ月同棲していたがレイラの浮気が原因でプレストと別れた。レイラはプレストと別れたことを後悔しているが一方で浮気相手と婚約したりと揺れ動いている。
ソフィー
プレストの娘。20歳。両親が離婚したあとも父とは毎週土曜日に一緒に食事をしている。
スティーネ
プレストの元妻という表現になっているが実際には入籍はしていない。娘が4歳のときに別居。感情の起伏が激しく、気に入らないことがあると泣きわめいたりするが娘のことはしっかり育てている。
《著者プロフィール》
アムリヤ・マラディはインド生まれ。アメリカの大学を卒業後にシリコンバレーで働き、デンマーク男性と結婚してデンマークで14年暮らしたのち、現在はカリフォルニア州在住。

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