このシリーズはアイスランドの首都レイキャヴィクが舞台です。
アイスランドは北海道より少し広い島国で、シリーズスタート時の人口は旭川市と同程度の32万人です。高い生産性と文化を持ち、火の国と言われるほど火山が多く、1日中快晴の日は1年のうちに数日しかないという国です。
カーチェイスや大量殺人などあり得ない国のようですが、「そういう国であるからこそ普通の暮らしの中の犯罪を書きたかった」と著者は語っています。(湿地の訳者あとがきより)
著者の言葉のとおり、このシリーズは家族の問題が根底にひそむ事件を取り上げ、家庭内暴力なども克明に描かれています。そのため人間の心に住む悪魔に国境はないのだと思い知らされます。
決して明るいとは言えない作風でありながら読みやすいのは、事件の捜査と並行して語られる主人公エーレンデュルの日常生活と人間関係に感情移入できる魅力があるからだと思います。
シリーズが5作品を超えるころには警察小説というよりも「エーレンデュル物語」に近くなっていきます。たまたま主人公が警察官だったという感じです。しかし7作目と8作目はエーレンデュルが休暇で不在という設定でシリーズに新風を吹き込む裏技も使っています。
主人公のエーレンデュルは50歳。昇進を断り続け30年も現場の捜査に関わっている経験豊富でこだわりの強い捜査官です。離婚歴があり子どもは2人。元妻とは20年も会ってない完全な絶縁状態ですが、子どもたちは大きくなってからエーレンデュルを訪ねてきたことがきっかけで親交がはじまります。
2人の子どもが重大な問題を抱えて悲惨な状況にあるとを知ったエーレンデュル。何とか力になろうとしますが子どもたちは反発し迷走していきます。
エーレンデュルは子どもたちの問題以外にも家族の物語を背負っています。10歳のときに2歳下の弟と父と3人で山に登り、急な吹雪で3人はお互いを見失ってしまいました。父は自力で下山、エーレンデュルは救助隊に助けられましたが、懸命な捜索にもかかわらず弟の行方はわからないまま月日は経過していきます。強風で弟の手を放してしまったことを悔やみ続けるエーレンデュルは、弟の死を受けとめることができずいまだに罪悪感を持ち続けています。
(山での出来事は6作目「印」に詳しく出てきます)
繰り返し繰り返し弟への思いが語られるため、もうそんなに苦しまなくてもいいのではないかと感じて、このシリーズを読むのが嫌になることもありました。
なぜ考えても答えの見つからないことを考え続けるのか。自分にとってプラスにならないと判りきっているのに・・・いつも読了後に考えてしまいます。
それでも何故かまた読みたくなり、私はどうしてこのシリーズがこんなに好きなんだろうと考えます。おそらく理由の一つは北海道の暮らしとの共通点なのでしょう。もちろん筆力や中毒性のある上手な構成も要因の一つですが、こういう後悔は大なり小なり誰の心の中にも存在しているから響いてしまうのではないかと感じています。
もう一つ、登場人物が少ないことも読みやすさにつながっているのかもしれません。警察で一緒に働く同僚は、エリンボルクとシグルデュル=オーリの2人です。
◆アイスランドは北欧5か国の中で一番小さい国です。長い間デンマークやノルウェーの支配下にあり第二次世界大戦中はイギリス軍が駐留しました。1944年に完全独立を果たし順調に経済発展を遂げます。漁業、農業、地熱発電や温水暖房技術、遺伝子研究など高度な技術を持つ国です。
それでは、まずは「おもな登場人物」の紹介を。そしてその後、簡単に各作品の内容に入っていきます。
おもな登場人物
エーレンデュル
レイキャヴィク警察犯罪捜査官
ヘビースモーカーで羊肉の料理が好き。
エリンボルク
エーレンデュルの同僚の女性警官
年齢は40歳代と思われる。子どもは4人(そのうち1人は養子で、すでに成人して家を出ている)。離婚歴あり。自動車修理工場を営むテディとの間に3人の子どもがいるが入籍はしていない。料理が得意で料理本を出している。
シグルデュル=オーリ
エーレンデュルの同僚。
アメリカの大学で犯罪学を学ぶ、英語を自由に操り、アメリカ社会を知っていることを誇りにしている。
エヴァ
エーレンデュルの娘。重い麻薬中毒で異常な行動を繰り返して施設に入ったり警察に逮捕されたりしている。子どものころから母親に聞かされ続けたエーレンデュルの悪口を鵜呑みにして全ての責任はエーレンデュルにあると思い込んでいる。
シンドリ
エーレンデュルの息子。生まれてすぐにエーレンデュルが家を出ていき、父子の思い出といえるものが全くないためエーレンデュルを恨んではいない。アルコール問題で少年更生施設に3度入っている。
湿 地
メインの事件はアパートの一室で一人暮らしの70歳前後の男性が殺された事件。頭から血を流し、近くにはガラス製の灰皿があり、メッセージが残されています。ドアは開いていました。
身辺調査から被害者はレイプで訴えられたことがあるホルベルクと判明。自宅のパソコンからは膨大なポルノ映画が見つかりました。
ホルベルクから被害をうけた女性は、女児を出産しますがその子は4歳で亡くなり、後を追うように自らの命を絶っています。
女性の過去を追うエーレンデュル。まだ新人警官のエリンボルクはエーレンデュルが間違った情報を追っかけまわしているようにしか思えず批判的な目を向けてきます。
エーレンデュル自身も捜査方法に疑問を感じ始めたころ地道なデータ照合や聞き込みがつながっていきます。この辺りまではかなり地味な捜査が続き、どちらかというとエーレンデュルの娘エヴァのトラブルに注意が向けられていきます。
薬物中毒のエヴァは妊娠していて子どもを産むつもりでいるのですが、薬をやめることができず借金取りに追われ、エーレンデュルを巻き込んでいきます。
娘とお腹の赤ちゃんを心配して気を揉む父親。不健康な生活を続けて体調不良でも病院に行かない父が他人の生活に口を出すのはおかしいと怒る娘。よくある親子喧嘩であっても麻薬が絡んでいるので迫力はあります。
エーレンデュル親子の問題に呼応するかの如く現れる重要なポイントは、アイスランド遺伝子研究所です。
この研究所は死者も生存者も、すべてのアイスランド人の疾病記録をデータベース化しています。このデータベースと家系データベースを突き合わせることで遺伝子を系統立て、全国民の健康状態の把握と遺伝子病の治療法を探すためのツールにしているのです。
人口30~40万人の小国で難病に罹患すると治療が大変なのかもしれない、と考えてみてもこのデータベースは怖すぎる気がします。きっとこれはエンタメのネタだろうと思っていましたが、ネットで調べてみるとアイスランドは世界の遺伝子研究の中心地ということで遺伝子関連の記事がたくさん出てきます。
遺伝子病と家系の問題。簡単に善悪を語れない内容ですが著者も「怖さ」があるという点で取り上げたのではないかと思います。治療困難な遺伝子病を自分が持っていると知ったら結婚や出産に影響が出るような気がして仕方がありません。
緑衣の女
少年が拾って家に持ち帰った白いきれいな石が人骨と判明しエーレンデュルの捜査班が謎を追うことになります。
人骨は埋められて70年程経過していると想定して発掘が進められます。この作業は鑑識ではなく考古学者が担当することになりました。ゆっくり丁寧に時間をかけて発掘する考古学者と焦るエーレンデュル。
70年前の事件なのだから犯人も亡くなっている可能性が高いため、捜査に気持ちが入らないシグルデュル=オーリ、骨の身元を確認して何があったか突き止めなければならないと主張するエーレンデュル。
なかなか進まない発掘作業の最中、エーレンデュルの電話に娘エヴァから「助けて」という連絡が入ります。エーレンデュルはすべてを放り出して探し回りますが残念ながらお腹の赤ちゃんは助からず、エヴァも生死の境を彷徨うことになります。
エヴァのベッドのそばで静かに語るエーレンデュル。子どものころに吹雪の山中で弟の手を離してしまったこと。元妻とまったく気持ちが通じ合わなくなって家を出てしまったため大切な幼子との絆を手放してしまったこと。すべてを何かのせいにする元妻。どこまでも自分を責めるエーレンデュル。
事件のほうは少しずつ過去の様々な人間の苦しみが浮き彫りになっていきます。結婚を目前にして失踪した女性。身内のいない孤独な男女の出会い、結婚、そして夫の暴力。勇気をもって負の連鎖を止めようとする少年の深い心の傷。
重くのしかかる家庭内暴力・・・「魂の殺人をしたとがで、人を裁判にかけ、有罪にすることができますか」という言葉が読了後も響いてきます。
この作品は人骨の謎を解明することがすべてといってもいい構成です。誰の人骨なのかが判明することによって犯人も浮き彫りになってくるのですが、カーチェイスもアクションも犯人追跡シーンもありません。エーレンデュルの抱える悲しみや罪悪感と並行してミステリは静かに進んでいきます。
声
クリスマスツリーが飾られたホテルでサンタクロース姿のドアマンが殺されエーレンデュルの出番となります。
20年もの間、ホテルに住み込みで働いていたドアマンは使い走りや修理など頼まれたことは何でもやっていましたが、他の従業員との付き合いはありませんでした。
調べを進めていくと、ホテルは夏の一時期とクリスマス以外は利用客が少なく経営難に陥っていることがわかりました。人員整理でドアマンはホテルをすでに解雇されていましたがホテルに住み続けていたのです。
クリスマスの繁忙期であることと、ホテルの従業員同士が互いに監視し牽制しあうため、聞き込みは困難な状況に陥ります。やがてドアマンが少年時代は有名なボーイソプラノ歌手だったことが判明します。レコードも2枚出して有名になりかけたタイミングでの声変わりですべてが終わってしまいました。
自分の夢を押し付け、厳格で子どもに対して要求が高い父親。失望した少年は反抗的で攻撃的になっていきます。高圧的な父親と父子の確執が語られる一方で、エーレンデュルは自分の中の何かがあの雪山で死んでしまったことを自覚します。
エヴァはお腹のお赤ちゃんを亡くしたあと、半年ほどエーレンデュルと一緒に暮らしていましたが一人暮らしを始めます。何とかやっているという感じで薬物と一人で闘いながら働いている状態です。それでも今までよりは少し父娘の間に暖かい空気が漂っています。
そして今回は、エーレンデュルと親しく交際することになる女性、病理学研究所のヴァルゲルデュルとの出会いがあります。このシリーズの唯一の明るい話題がヴァルゲルデュルと言ってもいいでしょう。しかしエヴァとの関係は難しく前途多難であることが早くも示唆されています。
ミステリ要素で考えると今回も派手な追跡劇などない淡々と進む平坦な物語です。ただ、アイスランドのような重大事件の少ない国にも麻薬は深く浸透していること、支配する親と自分の道を進もうとする子どもの物語などは万国共通なのだということが深く響いてきます。
湖の男
エネルギー庁の水専門研究員が水位が減っていく原因を究明するため湖を訪れ、人骨を発見します。その人骨は頭蓋骨に穴が開き、ソ連製の盗聴器と思われる機械が体に結びつけられていました。
およそ30年は経過していると思われる人骨は誰なのか。行方不明者の捜索に適任であるエーレンデュルが担当することになります。
捜査対象者は1960年から1975年の間に行方不明になった男性に絞られ、いつものメンバーで聞き込みを開始。
失踪者の家族を訪問する中で、エーレンデュルは謎の男に行き着きます。写真は1枚もなく、全国どこにも住民登録をしていない謎の男。エーレンデュルは、謎の男が乗り捨てた車を調べ、その男の30年前の勤務先を訪ね、執念の捜査をします。
捜査と並行して語られるのは、1950年代にアイスランドから東ドイツに留学した青年たちの物語です。
冷戦時代に米ソの間で揺れ動いていたアイスランドで社会主義に憧れた若者たち。理想の社会を作るためFDJ(ドイツ社会主義統一党傘下の青年組織)の奨学金で学ぶ学生の生活は、仲間と集い恋人と語り合う素晴らしい青春の日々でした。しかし次第に相互監視と秘密警察と密告によって崩壊していきます。
東ドイツは社会主義とは全く別物のナチスの延長でしかないと感じ勉強の熱まで冷めていく学生。勉強しなくても社会主義活動に熱心だと大きな報酬を得ることができるため、親友をも秘密警察に密告する学生。非常に濃厚に語られていく洗脳や同調圧力の怖さ。
東ドイツの学生生活がアイスランドから留学したトーマスの追想として語られていきます。
あまりにも濃厚なトーマスの世界に入り込んでしまうので、ミステリーの本筋はどこへいったのかという感じで犯人捜しはどうでもよくなってしまいます。それでも最終的にはエーレンデュルの執念で謎の男と人骨の正体に辿り着きます。
今回も、捜査の合間にエーレンデュルの私生活が挿入されています。娘のエヴァは警察官に暴行して逮捕され施設に入って治療をうけています。ほとんど関わったことのない息子のシンドリが訪ねてきて数日間一緒に過ごしますが心が通い合うことはなくエーレンデュルは孤独な世界に戻ります。
救いはヴァルゲルデュルが夫と別れることになりエーレンデュルとの関係が深まったことです。
このシリーズで初めて政治がテーマになっています。そして今回もまた過去を忘れられない孤独な人間が登場しエーレンデュルの心の中の何かを揺さぶっていきます。
厳寒の町
凍てつく街で移民と思われる男の子の死体が見つかります。手袋も帽子も身につけず、うつぶせの状態で黒髪が半分凍りつき、体の下の血溜まりも凍りはじめていました。
男の子は10歳。名前はエッリ。一緒に暮らしていた5歳年上の兄の行方がわからないことからエーレンデュルは兄弟間のトラブルや、兄も事件の被害者である可能性も含めて捜査をしていきます。
母親はタイ出身で兄はエッリとは父親が違います。アイスランドの学校に馴染めなかった兄のニランを探すことが最優先となります。
事情聴取はエッリの両親がタイで出会ってアイスランドで結婚するところから始まり、結婚生活が破綻した後の生活の苦労に至り、移民を嫌う教師や兄弟の学校での生活が明らかになっていきます。
エーレンデュルはまたもや自分の弟の行方不明と現在の事件を重ねて考えてしまいます。私生活でもエヴァを助けることはできず、ヴァルゲルデュルは夫と離婚調停中なのでエーレンデュルとの関係は進展せず。1人暮らしが好きだと言いながらも孤独が押し寄せ、回想し後悔し謝罪するのです。
今回はアイスランドの移民問題が1つのポイントになっていますが、結局は家族の問題でもあります。大人の偏見や狭量さが子どもに与える影響の大きさということなのでしょう。
定年退職した先輩警官マリオンの死もまたエーレンデュルに影響を与え、進展が遅くてなかなか事件の方向性も見えてこないため、シリーズ中で一番読みにくい作品と言ってもいいと思います。
とはいえこのシリーズは事件の進展よりもエーレンデュルの心情がいつも優先しますので、作風はこれでいいのかもしれません。悩みのないエーレンデュルは主人公として物足りないような気もします。
前作で事件関係者から購入したフォード・ファルコンに乗っているエーレンデュルの姿が今回の唯一の癒しでした。
印(サイン)
今回は警察小説の色がさらに薄くなり人々の苦悩を掘り下げる作品となっています。重罪犯ではなく、どちらかというと良心や罪悪感に関する描写が多いという印象です。
柱になるストーリーは3つあります。まず1つめは犯罪の可能性のある自殺を現在進行形で追うエーレンデュルの姿。2つ目は30年前の行方不明事件に決着をつけようとするもの。3つ目はエーレンデュルのいつも通りの問題です。
1つ目の事件は警察が自殺と判断した事件を、警察の正式な捜査から離れてエーレンデュルが個人的に調べます。
亡くなったのは、7歳で父親を亡くしてから母親の愛情のもとで暮らしてきた女性マリア。この母娘の関係は共依存に近く、結婚してからもマリアは母の支配下にいました。
父親の事故死の現場に居合わせたショックから暗所恐怖症になったマリアは、常にそばにいた母ががんで亡くなってから、精神のバランスを大きく崩していきます。
何の証拠もなくエーレンデュルの感じた違和感だけを頼りに続けられる聞き込みですが、マリアの父親の事故死にまでさかのぼり様々な事実が浮き彫りになります。
マリアの件で、悶々とするエーレンデュルの前に30年前に行方不明になった青年の父親が現れます。定期的に警察署を訪ねて息子の捜査に進展があったかを聞いてきた父親は高齢になりまもなくお迎えが来ることを悟っていました。
30年間、父親の話を親身に聞いてきたエーレンデュルは何とかしてこの行方不明事件を解決してあげたいという思いで、単独再捜査を始めます。
凶悪事件が少ない、アイスランドだからこそできる私的捜査といってもいいでしょう。
過去の出来事に取り憑かれて自分の人生を長期にわたって狂わせてしまった人々の姿を見ながらエーレンデュルは、自分の背負っている過去の物語を振り返っていきます。
弟に対する後悔が細かく語られていく中で「それでもそろそろ葬ってもいいのではないか」・・・そんな思いが芽生えていることが伝わってきます。
今回は、死後の世界はあるのか、罪悪感を持ち続けながら人は幸せになれるのか、というような、かなり繊細な問題がポイントになってきています。
もはや警察小説ではなく、寒いアイスランドを舞台にしたエーレンデュル物語であり、主人公はたまたま警察官だったという雰囲気です。
最後には故郷へ旅立つエーレンデュル。そして本作に続く2作は主人公不在の作品となっていますがシリーズはまだまだ続きます。
悪い男
エーレンデュルが休暇で旅に出て2週間が過ぎ、何の連絡もなく心配し始めたタイミングで事件は起きます。結局最後までエーレンデュルの行方はわからず、同僚のエリンボルクが捜査主任となって活躍する主人公不在の作品です。
レイキャヴィクのアパートでノドを切られて殺されたルノルフルは電気通信会社に勤務する30歳男性、独身。過去に逮捕歴などもなく金銭問題もなし。
ルノルフルの上着のポケットからロヒプノール(レイプドラック)が見つかったことから事件当夜に一緒だった女性捜しが始まります。
エリンボルクは現場に残されていたスカーフに残っていたインド料理の匂いから容疑者に辿り着きました。しかし早い段階で浮上した容疑者がこのまま自白して終わるはずはなく二転三転します。
ルノルフルの故郷、誰もが知り合いと言ってもいい小さな町で地道な聞き込みを続けるエリンボルク。住民の口は堅く、田舎町の悪い部分ばかりが表に出てくるような・・・北海道の田舎町で育った私にとっては息苦しくなるような場面もありました。
捜査の合間には、今までエーレンデュルを影から支えてきたエリンボルクに初めてスポットライトが当たり女性警官の日常生活が語られていきます。
エリンボルクは3人の子どもと養子を分け隔てなく愛してきたと自負していましたが、子どもたちの心境は複雑で、ティーンエイジャーならではの反抗心と悩みを抱えています。
家族は警察の仕事に関心を持ち、定刻に帰ることができないエリンボルクを気遣いながらも完全に理解しているとは言い切れず、働く女性の微妙な問題が浮き彫りになっていきます。
料理が好きで、料理本まで出しているエリンボルクと、すぐにファストフード店に走るテディ。母親がなぜ警察官になったのか疑問をぶつけてくる娘のテオドーラ。SNSにハマり反抗的な息子たち。
今回は事件にも家族の問題が絡んできます。家族であるからこそ、かばったり、嘘をついたり、傷つけられた家族のために復讐を企んだり、様々な家族の姿がポイントになっていると言ってもいいでしょう。
不思議なことですが、全く姿を現さないエーレンデュルの苦しみまでもが、ひしひしと伝わってくるような作品です。
黒い空
今回もエーレンデュルは不在です。そのため今まで脇役で目立たなかったシグルデュル=オーリにスポットライトが当たります。
シグルデュル=オーリはアメリカの大学で犯罪学を学んだインテリ刑事です。時々鼻につきますが私生活や内面に触れてもエーレンデュルのような暗さはありません。そのため安心して読めるのですが・・・少し物足りない感じもします。
もちろんミステリとして面白いのですが、シグルデュル=オーリの個人的な問題に触れながら複数の事件が交錯していくので、全体の印象としては雑然とした感じです。
まず第一の事件はパートナー交換パーティで写真を撮られた夫婦に関係する殺人事件です。
シグルデュル=オーリは友人の依頼で写真の持ち主を訪ね、殺人の第一発見者になります。
被害者を発見すると同時に暴漢に襲われたシグルデュル=オーリですが、何とか体勢を整えて追跡しました。
野球のバットを持って逃げる暴漢を追跡するも取り逃がしてしまい、自分が微妙な立場に立たされたことを悟ります。
シグルデュル=オーリは同僚にすべてを話します。しかし微妙な立場は変わらないまま。友人を気遣いながらも公平性は保てるはずだと考えて聞き込みを始めました。
山岳ガイドである被害者の夫が企画したフィヨルドへの旅行を調べるうちに、ついに怪しい4人の銀行員が浮上してきます。
フィヨルド旅行で4人の銀行員のうち1人が行方不明になっていること、リーマンショック前後の財政危機に関係する詐欺事件に絡んでいる可能性があることがわかってきました。これは並走する別の事件なのか、それとも第一の事件とつながっているのでしょうか。
証拠がつかめないままシグルデュル=オーリの捜査は続きます。
もう一つ、アルコール依存症の男性が義父の虐待に復讐しようとする事件が起きます。
このシリーズのテーマである家族の病がここでも語られていきます。
その他にも新聞窃盗犯の追跡もありシグルデュル=オーリは本当に忙しい。
そんな多忙と混迷の中でシグルデュル=オーリは事件関係者に同じ質問を繰り返すだけという状態に陥っていきます。そのため中だるみ感は否めません。
しかし今までにないミステリ要素も盛り込まれていて興味深い内容なのも事実です。とにかく事件の数が多いので登場人物が多く、名前も地名も複雑で、読者も一緒に迷路に迷い込んだ感じになります。
忘れてはいけないポイントとして、シグルデュル=オーリの父親が配管工、母親は会計士であることなど初出情報が満載です。
なぜ二人は結婚し離婚したのか。シグルデュル=オーリ自身の離婚に絡めながら両親の過去が語られていきます。
しかし、そこにはエーレンデュルの背負っているような苦しみはありません。
楽しく読了したわりには何となく物足りなくて「エーレンデュル、早く戻ってきて!」と言いたくなるのは著者の仕掛けた策略にハマってしまったのでしょうか。


0 件のコメント:
コメントを投稿