追熟読書会:   〈ヴァルナー&クロイトナー〉シリーズ

  〈ヴァルナー&クロイトナー〉シリーズ




舞台となっているミースバッハはバイエルン州の最も南に位置する人口約10万人の自治体です。(各作品の冒頭に地図がありますので、立地について詳細は省略します)

このシリーズは警察小説ですからもちろんミステリ要素が要にはなるのですが、チロル地方の山々と湖、そこで暮らす人々の独自の文化が大きな魅力となっています。 

バックカントリースキーの楽しさと危険性、氷点下の日の暖かな室内、あらゆる音を吸収する雪、北海道で暮らした経験のある人はそのすべてに共感できるのではないでしょうか。また雪の降らない地域で暮らしている人にとっては新鮮な驚きが多いと思います。

このシリーズのもう一つの特徴は、ヴァルナー警部とクロイトナー巡査がW主演のような感じになっていることです。 警部と巡査という立場の違いがあるため捜査上の相棒とは少し違っています。


一人目の主人公ヴァルナー警部は、少しだけ優秀な推理力とマネジメント力を持っている努力型の人間です。捜査会議を重視したスタイルでルールを守って何事も進めていきます。天才的な刑事がスーパーマンのように活躍する作品と違って地に足を付けたリアルさがあります。

前向きに物事に立ち向かう明るいヴァルナーですが家族の物語を背負っています。母はヴァルナーが2歳のときに事故で亡くなり、父親は旅に出たまま帰らなかったため祖父母の家で育ちました。結婚後は祖父母とは別の家で暮らしていましたが、重度の障害を持って生まれてきた娘が三ヵ月で亡くなり妻とは離婚。シリーズ開始時点では祖母はすでに他界し祖父と2人暮らしをしています。

2作目から登場して後にヴァルナーの妻となるヴェーラは、ヴァルナーのことを「絶えず状況をコントロールしているコントロールフリーク」と表現しています。事件だけではなく自分のチームメンバーのすべてを常に把握していたいタイプということです。

もう一人の主役であるクロイトナーは37歳。

クロイトナーにも家族の物語があります。1945年、巡査をしていた曽祖父は侵攻してきたアメリカ軍を相手にたった一人で戦い戦死しました。曽祖父は根っからのナチだったためナチの悪行をすべて背負った形になりクロイトナー家は没落します。

曽祖父譲りなのでしょうか、クロイトナーもスタンドプレーが多く、思い付きで行動して失敗して警察内部を混乱に巻き込んでいきます。しかし停滞した空気を進展させる起爆剤になったり、動き回っているうちに思いがけないところで犯人に遭遇したり、悪いことばかりではありません。 

ヴァルナーは毎回クロイトナーを疑って怒りながらも半分は頼りにしています。2人の会話が「すれ違い漫才」のような面白さを持っていることもこのシリーズの雰囲気を作る大切な要素になっていると思います。



それでは、まずは「おもな登場人物」の紹介を。そしてその後、簡単に各作品の内容に入っていきます。


おもな登場人物


ヴァルナー 

ミースバッハ刑事警察署の首席警部。
1969年生まれ。シリーズ1作目では38歳。背が高く、まあまあのやせ型。極度の冷え性で5月まではダウンジャケットを着用し夏でもセーターを着込んでいる。


クロイトナー

ミースバッハ刑事警察署の上級巡査。
賭け事をしたり、飲酒運転をしたり(山の中なので事故は起こしていない)村の荒くれ者と派手に付き合いながらも巡査としての行動はしっかりと線引きができている。


マンフレート

ヴァルナーの祖父。78歳。振戦(手の震え)を時々起こしてカギが開けられなくなったり、ゆで卵のゆで方が納得いかないため出勤を急いでいるヴァルナーを待たせて何度も作り直したり、急に若い女性に恋をして精力剤を飲んだり、バツイチのヴァルナーを心配して女性を紹介したり、何かと話題を提供してくれる存在。


ヴェーラ

バイエルン州刑事局の警察官。
2作目でミュンヘンから殺人現場のビデオ撮影のためにミースバッハを訪れる。栗色の長い髪にセルロイドのメガネ、化粧、服装など全体的に行動的に見えるように心がけている。元夫が不治の病にかかったため義母の面倒を見ているが、ヴァルナーと急速に親密になりゴールインする。



  咆   哮  


零下18度の深夜、酔い覚まし(?)のドライブに出かけたクロイトナーはシュピッツィング湖の厚い氷の下を漂う少女を発見します。 

ナイフで刺されプリンセスのような金のドレスを身につけていた16歳の少女ピア。口の中から見つかったブリキのバッジには数字の「2」が刻まれていました。ピアの父親はミュンヘンの大手保険会社の役員だったため多忙で家族に関わることができず、母親も社交に忙しかったため娘の行動を把握していませんでした。

ヴァルナーがピアの両親の事情聴取を終えて帰宅した直後、第2の被害者が意外なところから・・・ヴァルナーの自宅の屋根から落ちた雪の中から見つかりました。プリンセスのドレスを着た少女のそばにはブリキのバッジがあり、今度は「72」と刻まれています。被害者農家の夫妻が養女にした13歳のゲルトラウト。養母はゲルトラウを深く愛していたため事件を受け入れることができず、事情聴取をしたいヴァルナーを悩ませます。

第3の被害者はドルトムント(ドイツ中西部の都市)の橋からロープで吊るされた状態で見つかった18歳の少年ヘルムート。金色の衣装を身につけアルファベットのMとXが刻まれたブリキのバッジが見つかっています。ヘルムートは養護施設で暮らしていましたが施設のスタッフが養子縁組の申請をしていました。

ブリキのバッジという共通点があることから連続殺人事件として捜査は進みます。バッジの数字とアルファベットは何を意味するのか、被害者は面識があったのか。3人の家庭環境があまりにも違うため捜査陣に困惑が広がります。

もう一つ並行して語られるのが母親に内緒でバックカントリースキーに出かけた父娘の物語です。15歳の娘が滑落して動けなくなり父親は助けを求めて山小屋を目指しますが、天候の悪化や山小屋での騒動が悲劇につながっていきます。この父娘の運命と3つの事件との絡みがポイントになるのはわかりきっているのですが、なかなか核心に迫らず気を揉ませる戦略です。

それでも犯人はかなり早い時点で予想がつきます。途中からは犯人の足取りをヴァルナーよりも先に読者が知ってしまう構成になっています。

結局この作品のポイントになるのは犯行の手口ではなく、仮面をかぶって偽りの人生を生きているのは誰なのか、ということでしょう。

面白いのはクロイトナーが犯人と遭遇していながら詰めが甘く気づかずにいることです。それでもクロイトナーはクロイトナーなりの努力で行動して重要な場面には必ず居合わせています。読者はヴァルナー派とクロイトナー派と、はっきり好みが分かれるような気がします。



  羊の頭  


リーダーシュタイン山でジョギングをしていたクロイトナーは頂上で飲み仲間のクメーダーと出会いました。そしてその直後にクメーダーは射殺され、クロイトナーはまたまた殺人事件の第一発見者になります。

クロイトナーの知人であることから被害者クメーダーの素性はすぐに明らかになります。傷害、麻薬に関係する軽微な犯罪を繰り返していること、2年前に恋人がクメーダーの屈折した愛情と支配欲に耐えられなくなって逃げだしたこと等々。

聞き込みからクメーダーの恋人失踪に絡んでいると思われる弁護士が浮上します。仕事の失敗から大金を必要としている弁護士の苦悩が語られていきますが(しかしこれは読者のみが知り得る情報なので)何とかこの弁護士と接触して背景を読み解きたいヴァルナーは迷走を続けます。

そうこうしているうちに弁護士のクレジットカードを不正使用した罪で2年間服役し出所したばかりのツィムベックが捜査線上に浮かんできます。またしてもツィムベックの素行の悪さ、恋人へのDV、たちの悪い仲間たちとの付き合いが語られていきます。

クロイトナーは行動力はあっても詰めが甘く、チンピラと友だち付合いをして様々なトラブルに巻き込まれ、クメーダー殺害に使われた凶器はクロイトナーが所持している戦前の古い拳銃だという噂まで出てきます。

なかなか事件の先が読めない中でもルール違反の捜査を厳しく戒めるヴァルナー。そしてヴァルナーの目を盗んで暴走するクロイトナー。それでも今回は捜査に貢献しています。このあたりの2人の役割分担のバランスが面白さと読みやすさにつながっているのでしょう。

今回のもう一つのポイントは鑑識官のルツが不審な行動を繰り返すことです。ルツは3年前に離婚して妻子のために建てた家に1人で暮らしています。もともと人付き合いが苦手で孤独から死にたくなることもあるとヴァルナーに語っていたルツ。このDVの対極にいる真面目なルツの挙動不審はどこからくるのか。ヴァルナーはルツに疑問を持ちながらも一緒に捜査を進めます。

そして重要なポイントはヴァルナーとヴェーラの出会いです。お互いに離婚という苦い経験がありながらこんなにアッサリと?という感じはしますが、警察小説には珍しいハッピーエンドになりそうな予感がするので楽しみたいと思います。



  聖週間  


クロイトナーは友人の配送車から死体を発見します。こんなにも事件現場に遭遇する警官は珍しいのですが、クロイトナーならあり得るかもという雰囲気が3作目ですでに出来上がっています。

被害者は元女優のハナ。交通事故で顔半分に火傷を負ってからは事故に関係していた女優仲間のカタリーナに取りつくようにして暮らしていました。

ハナの死の4ヶ月前にカタリーナの娘が散弾銃で撃たれて亡くなっていることから、当然2つの死の関係性が問題になってきます。

一族の上に君臨するカタリーナ。優しく接しながらいつの間にか相手をノックアウトするカタリーナ。母を早くに亡くし理想の家族を追い求めてきたカタリーナ。一度は事故として片付けられた娘の死を巡って、一族の闇が暴かれていきます。

今回のヴァルナーはヴェーラとともに聖週間(復活祭の前の1週間)のバカンス旅行に行く予定でした。数年ぶりの恋に浮かれたヴァルナーはヴェーラの手を握りながら楽しく運転をしていました。しかしまだ旅の序盤でクロイトナーの車と衝突しそうになり、そのままハナの死体発見の現場に遭遇することになります。

ヴァルナーの旅は始まってすぐ終わりになりますが、休暇中なのでアウトサイダー的な立ち位置で捜査に関わります。捜査主任となったミーケは何かと口出しをするヴァルナーを煙たがり「自分がいないと捜査は進まないと思っているのですね」と発言

ミーケに任せていると言いながらも「自分には責任がある」と考えてしまうヴァルナー。

結局は2人とも仕事依存症でコントロールフリーク(支配欲)気味になっているようです。

捜査の過程で家族の問題がクローズアップされていきます。そして捜査と並行してヴァルナーの祖父に奇行が目立つようになり困惑し振り回されるヴァルナーですが、時には労わり、時には怒り、時にはユーモアに変えて優しく接しています。事件よりもこの問題に興味を持つ人も多いのではないかと思います。



  急斜面  


クロイトナーは、散骨をしてほしいという遺言を残して亡くなった「おじ」のジーモンのために冬山に登り、そこでダニエラと出会いました。

ダニエラはブロンドで愛嬌のある35歳くらいの女性。不器用なのかコンタクトレンズをなくしたり、フライドポテトをひっくり返したりしてクロイトナーと絶妙なコンビとなってゲレンデ珍道中を繰り広げます。

2人は下山途中の空き地でベンチに座る雪だるまを見つけ、少し雪を払ってみたところそれはスキーウエアを着た人間の死体でした。

亡くなったのは動物シェルターを経営するダニエルの姉ゾフィー。続いてゾフィーの友人2人が同じように殺害され、関係者2人が襲われ、事件はどんどんと深みにハマっていきます。

クロイトナーはダニエルを心配して事件に首をつっこんで騒動を起こしますが、失敗よりもクロイトナーの人柄の良さが目立つ展開になっています。

今回は珍しく事件の背景に政治的な思想が関わってきます。日本の学生運動と同じような時代の同じような思想のことです。それは理想化した社会主義と博愛主義であり実行力を伴わない理論だと当事者も理解しています。そして大学卒業後は資本主義に飛び込んで経済の仕組みも理解していきます。しかし中年になってから「富の配分」理論が再燃した場合はどうでしょうか。それには実行力を伴った怖さがあります。

いつもと違う雰囲気の中でリーマンショックが度々話題にのぼります。それでも経済や政治の根本は語られず、ナチやドイツの東西分裂にも触れていません。ストーリーが複雑なわりに重くない作風なのは、このシリーズが社会派ミステリではなくエンタメミステリだからなのでしょう。

ヴァルナーはヴェーラと結婚して赤ちゃんも授かり幸せな日々を送っています。幸せムードの中で認知症気味の祖父が育児にかかわる難しさが浮き彫りになりますが、同時に茶目っ気を発揮して盛り上げ役にもなってくれています。

「急斜面」はこのシリーズの4作目です。ドイツではすでに10作目が出ているのになかなか邦訳が進まないことが残念です。


このブログでは「ヨーロッパの警察小説MAP」として書いている警察小説シリーズのまとめです。

他のシリーズは「ヨーロッパの警察小説MAP」を参照してください。










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