追熟読書会:   P分署捜査班シリーズ

  P分署捜査班シリーズ

 



ナポリの最も治安の悪い地区にあるP分署がこの警察小説の舞台です。

P分署の4人の刑事が逮捕され、署長は辞職、P分署は閉鎖の危機に直面しています。

ギャングから押収したコカインを実際より少なく申告して残りを売りさばいて利益を得る。ギャングは刑期が軽くなり刑事は懐が潤う・・・シリーズが進むなかで何度も閉鎖の話が再燃し、関係のない刑事まで「ろくでなし刑事」と言われるほどこのコカイン事件はナポリの人々にとって大きな事件だったのです。

そんな揺れ動いているP分署に新たに4人の刑事が送り込まれてきます。

各地から集まった4人はそれぞれの前任地で問題児扱いされていた「はぐれ刑事」ばかり。新任の署長と元からのメンバーである副署長、女性警官もふくめ総勢7名。全員がどこか変わっていてプライベートな面にも問題が度々噴出します。

一応、主人公はロヤコーノ警部となっているようですが、群像劇というのでしょうか、最近「バディもの」と表現されているジャンルに近いような印象です。作品ごとにスポットライトが当たる刑事が変わっていくことがこのシリーズの楽しみの一つです。

このシリーズはイタリアで2024年に11作目が刊行されたそうです。2025年4月現在、邦訳は4作目まで刊行されています。

本国で、日本で、こんなにも人気の理由は、長さが350~370ページほどで読みやすいこと、事件が残虐すぎないこと、「はぐれ刑事」たちのプライベートな諸々が優しい視点で語られること、普通の生活の裏に潜む孤独や暗い部分をもサラリと表に出してしまうことでしょうか。北欧ミステリと比較するのは難しいですが、暗すぎず重すぎず、このシリーズにはこのシリーズの面白さがあります。

舞台となっているP分署の正式名称はピッツォファルコーネ署というなかなか覚えづらい名称ですが、架空の警察署ということです。管轄地域は広くないのに人口は多く、貧困層とホワイトカラーの中産階級、実業家、貴族の4つの階層がひしめいている問題山積の地域のようです。

日本人にとってはイタリアの警察小説は非常に珍しいと思います。ナポリというとピザ、サッカーが思い浮かびますが、そもそもナポリはどういう街なのか知らないことが多すぎます。そこで少々ネットで調べてみました。

イタリアの南部にある都市。カンパニア州の州都であり、ナポリ県の県都でもあります。ローマ、ミラノに次ぐイタリア第三の都市で、南イタリア最大の都市。都市圏人口は約300万人。

イタリア以外の外国人が想像する輝く太陽と温暖な気候、陽気な人々というイタリアのイメージは、このナポリが元になっているようです。その一方で、ナポリを拠点とするマフィアによる影響が強い都市という情報もあります

Youtubeで世界を旅する日本人バックパッカー「Bappa Shota」さんの動画を見つけました。世界で最もゴーストタウン化が進む国の闇深い実態という動画の中にはナポリのリアルが詰まっています。興味のある方はぜひ動画も見てみてください。

ナポリは華やかな有名企業が多い一方で、高齢化、高い失業率、地方の廃村、時代にとり残された企業、経済の停滞などの問題が潜んでいて、日本と共通する部分も多いと感じました。

ロヤコーノはシチリアから異動になったばかりのころは街混乱と無秩序と喧騒に馴染むことができず孤独でした。作品自体のポップさと対照的に描かれるロヤコーノの孤独と重苦しさ。ナポリを調べることでやっと私にも理解できたように思います。

このシリーズは普通の生活に隠された負の側面や老いと孤独がテーマになっているのでしょう。



それでは、まずは「おもな登場人物」の紹介を。そしてその後、簡単に各作品の内容に入っていきます。



おもな登場人物




ロヤコーノ警部


シチリア出身。「クロコダイル事件」と呼ばれている凶悪殺人事件を独自の捜査で解決した直後に上司との関係が悪化。それとは別件でマフィアに情報を流した嫌疑をかけられ、裁判で無実が証明されるも周囲の評価は変わらずP分署への異動を言い渡される。P分署で難事件を解決しても上層部からは「運がよかっただけ」と言われ続ける。

美人検事補ピラースがロヤコーノに好意を抱いていることでやっかみの対象になってしまうというオマケ付き。

15歳の娘マリネッラを溺愛するも、妻との仲が拗れてしまったため別れて暮らしている。シリーズが進むにつれ娘との関係は良好になり同居するようになる。

※クロコダイル事件は本シリーズの前にロヤコーノが主人公の第1作目としてめとして出ていますが、残念ながら邦訳はされていません。



ロマーノ


巡査長。極端な短髪と太い首、角ばった顎が険しい眼差しを一層強調している。終始むっつりして笑いの場に加わることがない。

カッとなると自制心を失う。容疑者の首を絞めたことが直接の原因となって前任地を追われる。妻は子どもを強く望んだが授からず、仕事のことでいら立つ夫に見切りをつけて出て行ってしまう。



アレックス・ディ・ナルド


巡査部長。細身の28歳の女性。銃を好み射撃試験で最高点を叩き出したが、前任の分署内で自分の銃を発砲したことが原因でP分署に異動になる。

盲目的に崇めている元陸軍士官の父と、唯一共有できる楽しみが射撃だったため、暇さえあれば練習をしている。




アラゴーナ


一等巡査。背が低く、もみ上げを長く伸ばしたエルヴィス・プレスリー風の奇妙な髪型で薄くなった頭頂部を隠し、シャツの前を大きく開けてムダ毛を剃った胸をのぞかせている。日焼けサロンに通い詰めて日焼けした肌が不自然な赤みを帯びている。

政治家の叔父の口利きで県警本部に入ったが運転が危険極まりないなど問題が多い。良家の出ということで過剰な期待をかけられるとバカな真似をして見せたくなる困った性格でもある。P分署で手柄を立てたらヒーローになれると信じている。




パルマ署長


温和で熱意溢れる態度で部下に接する。署長室のドアは常に開けてあり、あらゆる面で部下の相談にのろうとする。困難であればあるほどやる気が出る性分。キャリア組なのでもっと有利なポストを得ることが可能だが志願してP分署に赴任した。

両親は他界、ダウン症の兄は20歳で他界、妻とは離婚、子どもなし。仕事が家庭の代わりになっているが出世に興味はない。

オッタヴィアに好意を持っているがあまり進展はしない。



ピザネッリ副署長


P分署に来て15年になる61歳。管区内のほとんどの住人と顔見知り。病身の妻のため昇進を追い求めることをしなかったが妻は自殺をしてしまう。

一人息子が北部で大学教授をしているためピザネッリは一人暮らしをしている。帰宅後は妻が生きている頃と同じようにその日の出来事を声を出して語って聞かせる。

妻の自殺を受け入ることができず自殺で片付けられた過去の複数の事件も含め他殺の可能性を探り続けている。警察署内では想像上の犯人を追いかける変人と思われている。ただ一人の友人であるレオナルド神父とは頻繁にランチをして妻の死を話し合っている。

前立腺がんを患っていることを周囲には隠して捜査に参加し続けている。




オッタヴィア


副巡査部長。控えめな物腰の女性。コンピューターの天才で情報収集担当。

夫は専門知識の豊富なエンジニアで莫大な収入を得ている。そのうえ凝った料理を作り、妻の好きなワインを買ってくる時間と心の余裕を持っている。

13歳の知的障害の息子の世話はほとんど夫が担当している。理想的な夫と暮らし警察官になる夢も叶えてきたが、なぜか家を刑務所のように感じるようになっている。

進んで残業をするような日々の中で自分には母性が欠けているのではないかと悩み些細なことで罪悪感を持つ。





 集  結 


スノードーム蒐集が趣味の女性資産家殺人事件をロヤコーノとアラゴーナが捜査。被害者は公証人の妻で裕福な一族の娘。慈善家でもあり人望もある。一方で夫は貧しい家の出で妻の支援で公証人の資格を取得したにもかかわらず、女遊びが激しかった。

夫が怪しいことは間違いないのですが、ここで夫犯人説に傾いたのではミステリとして面白くないことはわかりきっています。安心してください地道な捜査は続きます。

同時並行で語られるもう一つの事件はロマーノとディ・ナルドで担当。体が不自由で家の窓辺に一日中座っている老女から「向かいの家に少女が監禁されている」と通報があります。老女の妄想と決めつけることもできず、60代の男性が借りている部屋に確かめに行ったところ、18歳の美少女が住んでいました。尋問らしきことをしてみても監禁と疑う根拠はつかめず。ディ・ナルドは日を改めてロマーノには内緒で一人で少女に会いにいきます。

2つの事件が交差することもなく解決するためミステリファンの間では賛否がわかれるような気がします。

シリーズ1作目ということで登場人物の説明にかなりのページ数を割いているため、事件そのものよりも、それぞれの刑事の人生に起きているそれぞれの出来事が物語の核となっている印象です。

ロマーノは家を出た妻とのことを一日中考え続け、副署長は亡き妻と語り続け、署長はP分署存続のために苦心し、それでも結構明るい雰囲気が漂うP分署は今後どうなっていくのでしょうか。



 誘  拐 


スポーツジム経営者夫婦の自宅が空き巣にはいられた事件の捜査をロヤコーノとアレックス(前作ではディ・ナルドと呼ばれていました)が担当。

部屋は荒らされていても金品が盗られた形跡はないという不可解な状態でミステリ要素は弱く少々物足りない感じもします。どちらかというと元貴族の館を改装したアパートメントという日本では余り見かけない生活様式に興味が向いていきます。

美術館から10歳の少年が行方不明になった事件をロマーノとアラゴーナが担当。最初は美術館見学を引率したシスター(教師)が混乱しているだけで大事件ではないと思われていましたが、少年が大富豪の孫と判明し防犯カメラに不審な女が映っていたことから急に誘拐らしき様相を呈してきます。

重大事件の可能性があるならロヤコーノが少年行方不明事件を担当すべきと署長が提案します。しかしロヤコーノは「おれたちは世間一般の基準から外れた人間の集まりだ。常に観察され試されている気がしている。いきなり捜査を横取りされたら、ロマーノとアラゴーナはどう感じるだろう。おれたちは信用されていないと2人ともとらえる。そうなったら、ロマーノとアラゴーナを失い、2度と取り戻せない。」と反論。今回はロマーノとアラゴーナが大活躍します。

副署長が調べている自殺案件は、問題を抱えた人の陰に潜み人心操作で自殺を促す不審人物の姿が見えてきます。

ロヤコーノのプライベート面では、娘がシチリアから出てきて同居が始まります。微笑ましい方向へ向かいながらも検事補ピラースとの関係を考えると・・・複雑な面もあります。

パルマ署長は自宅に帰らず警察署に泊まる日が増え、孤独な生活のなかでオッタヴィアに惹かれ始めたことを自覚し、

オッタヴィアは完璧な夫と比べて母性に欠ける自分を嘆き罪悪感に押しつぶされそうになり、

ロマーノは妻の実家がある建物の前に車を泊めて夜明かしする日が続き、アラゴーナは街の中心にある高級ホテルに滞在しウエイトレスを天使と呼び、アレックスは同性愛を隠し続けることに疲れ・・・

本当に全員が個性的で楽しませてくれます。それにしても小説の中の警官は離婚して子どもの問題を抱えていたり、恋愛面で恵まれない人が多い。

今回も事件以外の面も含め問題山積です。それでも前部署で力を発揮できず孤立していた面々に絆が生まれていくのは読んでいて気持ちがいいものです。



 寒  波 


P分署の存続の危機は続いています。実績を残したら残したで恨まれ、重大事件が起きると上層部に捜査権を奪われそうになる。パルマ署長の焦りは日に日に募り、なんとか解決したい一心で珍しく空回りをしています。

今回は署長にもNOをはっきり言えるロヤコーノに救われるわけですが、その態度が「はぐれ刑事」になった原因でもあると考えると複雑です。

今回は兄妹2人が同時に殺された二重殺人事件をロヤコーノとアレックスが担当。2人の父は刑務所から出所して故郷に一度は帰っているものの、事件後は行方が掴めない状態で捜査は進んでいきます。 

兄は苦労して大学に通う優秀な科学者。妹は母親似の美少女。父親から逃げて兄のアパートに転がり込んだ妹にはバンドマンの恋人が居て、喧嘩が絶えず、モデルのアルバイトも何だか怪しい雰囲気が漂っています。

重大事件を担当するロヤコーノに比べると「自分たちは雑に扱われている」と不満が噴出するロマーノとアラゴーナ。

署内で愚痴の言い合いをしている最中に中学校の女性教師が署を訪れ「受け持ちの女子生徒が家族に虐待されている可能性がある」と告発します。ロマーノとアラゴーナは教師の妄想と決めつけ相変わらずの文句を言いながら仕方なく調査を開始。今回も2つの事件が同時進行しています。

ロマーノとアラゴーナは他のメンバーを羨み、パルマ署長は焦り、P分署を閉鎖しようとする上層部は嫌がらせを続け、結局ぶれずに我が道を進んでいるのはロヤコーノと副署長だけということになりつつあります。

ナポリは冬も温暖な地域らしくwikiによると最低気温はプラス5~7℃ということですが、今回は氷点下が続くなかで人々の心まで冷えてしまったような展開です。それでもロヤコーノのロマンスだけは着実に進んでいます。



 鼓  動 


ロマーノ巡査長がP分署近くのゴミ集積所生後間もない赤ちゃんを見つけ、 子どもに恵まれなかった自分たち夫婦の問題と絡まってどんどん深みにはまっていきます。

母親探しに重点をおいた地味な聞き込み中心の初動捜査は成果があがらず・・・そうこうしているうちに副署長の親友の神父から情報が入り移民の女性に辿り着きます。しかし残念なことに母親は殺害されていました。

ここからはウクライナからイタリアに働きに来た人々の悲劇が描かれていきます。本作は2015年の作品です。戦争が始まってからはもっとひどい状態なのではないかと想像してしまいます。

今回は一つの事件にメンバー全員が関わっています。メンバー同士に諍いが起きない雰囲気に安心するものの、アラゴーナが初対面の少年に行方不明の犬探しを懇願される事態が勃発。母親探しのついでに仕方なく犬のことも聞き込んだアラゴーナは管内で野良の犬猫失踪事件が多発していることを知ります。こちらの騒動は少々出来すぎの感があるほど思いがけない結果に辿り着きます。

残念なのは署長に最初のころの輝きが感じられないことです。話のわかる上司として認められたい、メンバーの意見を聞きながら進めたいという気持ちは理解できます。十分署長の立場を考えたうえでも、理想論にこだわりすぎで承認欲求が強くなりすぎの感は拭えません。

署長とは対照的にロヤコーノは主人公の貫禄をみせつけ、事件解決に貢献しながらもプライベートではピラースとの結婚に近づいていきます。ついにハッピーエンドかと思ったところで、まだ正式に離婚していない??本当に問題山積なP分署の面々です。






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