日本でも熱狂的なファンが多いシリーズ。デンマークで映画化もされていてU‐NEXTで見ることができるようです。
主人公のカール・マークは、未解決事件捜査班の特捜部Qに配属されていますが、これは降格によるものです。応援を待たずに強引に捜索に入り込んだ結果、同僚2人のうち1人は殉職、もう1人は再起不能の重傷を負うという失態を演じたからです。カール自身も重傷を負い精神的にも大きな衝撃を受けています。
カールはもともと遅刻常習犯で担当以外の事件に首を突っ込む、電話を無視する等々問題が多いにもかかわらず、超優秀な刑事であることは否めず周囲から煙たがられる存在でした。
ケガから復帰するカールの居場所として警察署地下に特捜部Qは誕生しました。
問題を複雑にしているのは、警察改革案の一つである特捜部Qは他部署と別の予算が組まれていることです。
部下はシリア系で正体不明のアサドだけ。オフィスは窓もない地下室で強制収容所のような有様。車も使えないひどい状態でした。部屋の改装をしようにも特捜部Qの予算の大半は別部署に回されていました(正確に言うと予算の吸い上げが特捜部Q設置のもう一つの目的だったのです)
正直なところミステリとして謎解きの要素は薄く、カールが常に暴走しているため警察内部の連携も良い意味では描かれず、サスペンスとしても特に秀逸というわけではありません。にもかかわらず、読後感はバディものを読んだかのように満たされ、なんとも不思議なクセになる作風です。
1作目、2作目は救いようのない事件で、登場人物も人間らしさを感じられず、感情移入が難しい作品です。でも安心してください。このシリーズは後半になってパワーアップしていきます。
このシリーズの大きな特徴は、世界一幸福な国デンマークの福祉の闇や、夜明けの前のデンマークの暴力性などを浮き彫りにすることと言っていいでしょう。
かなり凄惨な事件もありますが、社会問題をそのまま扱うよりもエンタメ作品にすることで多くの人に届くという思いが込められているそうです。
それでは、まずは「おもな登場人物」の紹介を。そしてその後、各作品の内容に入っていきます。
おもな登場人物
カール・マーク
警部補。特捜部Qの責任者。離婚歴あり義理の息子が1人。天才的でもインテリでもないパトロール警官からのたたき上げ刑事。他人の話を聴かず暴走して監禁されたり重傷を負うことも多いが失敗から学ばないタイプ。マネジメント能力は決して高くないうえ面倒くさがりで警部補の試験を受けることを拒否し続けている。
ハーフェズ・エル・アサド
カールのアシスタント。警察に本採用にはなっていない。ある日突然あらわれてカールの部下になる。シリア出身と思われる。なぜデンマークに来たのか、なぜ警察で働くことになったのか、過去に何をしていたのかすべてが謎だが非常に優秀な人物。(第8作目の「アサドの祈り」で秘密が明かされる)デンマーク語は話せるが変な言い回しが多く「ラクダ」に纏わることわざを多用する。
ローセ・クヌスン
カールのアシスタント。2作目から登場する。警察学校で優秀な成績を修めるも運転免許の試験に落ちてしまう。採用後初配属先でも何かしらのトラブルを起こしてカールのもとに送られることに。捜査に関しては非常に優秀で誰も気づかない些細な点に注目して解決に導く。最初のころはカールの指示にまったく従わず地下室を混乱させたが次第にチームにとって欠かせないメンバーになる。
ハーディ・ヘニングスン
カールの元部下。身長2メートル7センチの大男。カールの降格の原因になった事件で全身麻痺になり、シリーズ開始時点は脊椎専門病院で寝たきり状態。絶望から「殺してくれ」と何度もカールに懇願していたが次第に心を開くようになり、カールの自宅に同居する。カールに事件解決のヒントを与える。
モーデン・ホラン
カールの同居人。13年間大学に通い、ありとあらゆる分野を履修している。カール以外の人間との付き合いはスーパーで買い物中に他の客と雑談する程度。レンタルビデオ店でバイトして家賃を払いカールの家の主婦としての役割をこなしている。シリーズ途中からはハーディの介護人になる。
ヴィガ
カールの妻。子連れでカールと再婚するも別居し画家とギャラリーを経営しようとする。シリーズ途中でカールと離婚するが息子はカールに押し付けようとする。離婚にあたって様々な条件を持ち出してカールを困らせる。
イェスパ
カールの義理の息子。カールに小遣いをせびり遊び歩く、家の中で大音量で曲を聞く、ガールフレンドを部屋に連れこむ等々の問題行動が多いがモーデンとは仲良し。カールを困らせる以外では存在感は薄く、カールとの愛情物語には発展しない。
檻の中の女
特捜部Qの初仕事は、女性議員失踪事件の再調査。
身元が不確かなシリア人を雇う警察の不可解さに序盤から混乱しますが、実際に物語を引っ張っていくのはアサドです。
誘拐・監禁のシーン、捜査過程、過去、現在を行き来する構成で最近よくあるスタイルです。その合間に特捜部Qの設立理由やカールのプライベートなアレコレが挟まってくるので読みやすさには少々難があります。
女性議員ミレーデは弟との船旅の途中で船上から誘拐されました。犯人はミレーデを監禁し、過去の因縁をミレーデが思い出すまでは苦しみを与え続ける覚悟。ミレーデの誕生日がくるとさらに1段階苦しい環境を与えるという徹底ぶりです。
子どものころの事故で障害を負ったミレーデの弟の生活、事件の残虐さと同時に犯人の復讐の無意味さなどをエンタメに振り切って描いていきます。
全体的にはコンテンツが多すぎることと、シリーズ1作目として主要な人物の紹介文的なものが多くて雑然とした印象があります。
それでもストーリーはそれなりに面白いのですが、ミレーデ以外は感情移入もできないような人物ばかり。事件の残虐さと同時に復讐の無意味さを描いているため、極端な白黒思考のカールだけではなくアサドが存在することは大きいと感じました。正体不明ではあってもアサドの今後に期待してしまいます。
キジ殺し
新人アシスタントのローセが初登場。ローセの行動の面白さを紹介する文章が多いことに加えてカールのプライベートも相変わらず問題が噴出しています。
今回はすでに裁判も終わっている事件の再捜査になりますが、お約束のように捜査妨害が起きます。
発端は1987年に起きた18歳と17歳の兄妹が惨殺された事件です。事件発生から9年後に犯人が自首して決着しています。
兄妹が通っていた学校は資産家の子どもが通う寄宿学校でした。他の容疑者たちは現在は医者やデザイナーなどで成功している有名人ばかり。
成功者ばかりの中で一人だけホームレスになった女性キミーを中心に物語は進んでいきます。残忍なシーンが続きますが、それでもストーリーはそれなりに面白いと思います。しかし今回も感情移入できる人間らしさを持った人物が出てきません。
カウンセラーがプロファイリングとは違う役目(カールの恋人候補)なので犯人の心理面の掘り下げに役立っていないのも残念な点です。
タイトルの意味は読むうちにわかってきます。まったく個人的な感想でしかありまあせんがシリーズ内で唯一エンタメとしても余り楽しめない作品です。
Pからのメッセー ジ
今回もカールのプライベートなアレコレや介護が必要なハーディのことなどコンテンツが多いので、事件以外はあまり深堀りしないほうが読みやすいかもしれません。しかしエンタメとして社会問題を描いたほうが多くの読者に届くという著者の思惑は成功しているような気もします。
今回の事件は兄弟2人が監禁されているシーンから始まります。
手首と腰を縛られた状態ですが、兄は何とか頑張って自分の血と木片で手紙を書きます。その手紙を転がっていた瓶に入れて壁の隙間から外に放り出しました。
瓶は海を渡り、スコットランドで警官の手に渡り、そこからまた長い旅を経て特捜部Qに届きます。
手紙の最初の言葉は「助けて」、最後はPから始まる4文字の署名、途中の文章は単語がいくつか読み取れる程度。
Pからの手紙をローセが辛抱強く調べて行方不明の2人の少年に辿り着きます。今回は新興宗教が絡んできますが、闇を暴くというよりは、深く一つの宗教を信じすぎることの危険性を暴く感じで進みます。
もう一つのストーリーとして、モラハラ夫と暮らす不幸な妻の生活が描かれています。妻は留守がちな夫の職業も教えてもらえず、幼い息子と孤独な暮らしを続けます。
犯人像は中盤で明確になりますが、散らばった幾つもの事件がどうやって結びついていくのかがポイントになってきます。
この作品はシリーズの雰囲気を一変させた作品であることは間違いないでしょう。過去2作品と違って善意で行動する人間が犯人に絡んでいることで感情移入しやすい面があります。
カルテ番号64
デンマークを代表する文学賞「金の月桂樹」賞受賞作品。
今回は八〇年代に起こったナイトクラブのマダム失踪事件と同時に行方不明になった5人を追います。
優生思想を正義と思い込んだ医師と運命に翻弄される少女の長い年月が描かれています。「デンマークは一日にして成らず」と考えさせられるような社会派の側面が強い作品です。
実際にデンマークには、倫理観に反した女性や軽度知的障害の女性の収容所が1961年まであり、不妊手術に同意しなければこの施設を出られなかったそうです。
1929年から1967までに不妊手術を受けた女性はおよそ1万1000人、その半数が強制的に行われたと推測されています。
物語のけん引役ニーデは、冒頭で夫に隠していた過去が露見します。そしてその直後に事故で夫が死亡しています。
ニーデの少女時代は親に愛されてはいたものの、やることすべてが裏目に出て学校でも家庭でも居場所を失っていきました。
最初はニーデは軽度知的障害のように描かれていますが、良い教師に出会えたことで進学し幸せになったことを考えるとディスレクシアに近い障害だったのではないでしょうか。この教師との出会いをもっと丁寧に描いたならば小説として深くなるように思いましたが、エンタメ作品のほうが多くの人に届くという著者の思いがここにも活きているのでしょう。
強制不妊手術だけではなく、知的障害のレッテル貼りが安易に行われたことも危険度は高いと思います。
この作品は、とにかく読んでみてくださいとしか言いようのない作品でもあります。
知りすぎたマルコ
今回はアフリカへのODAを食い物にする大人たちと奴隷労働させられる移民少年たちの繰り広げる逃走劇が描かれています。
相変わらずカールは部下とも上司とも恋人とも折り合いが悪く、上手くいきかけていることさえも小さなプライドで壊してしまいます。
事件の発端は外務省上級参事官の失踪事件です。デンマークがピグミーの生活保障のために出している年間5000万クローネの支援金と現地でお金を割り振るビジネスマン。怪しい以外の言葉が出ない構図の中で失踪事件は起きます。
もう一つのストーリーが今回も同時並行で進みます。犯罪集団から脱走した少年マルコの長い長い逃走劇です。ここまでの逃走劇が必要なのかと読んでいる途中は疑問でしたが、感情移入の効果は抜群でした。
移民問題がデンマーク国内の大きな関心事なのでしょう。移民に対する市民感情も共感できる面はあるのですが、子どもに教育環境を与えてあげないと負の連鎖になるという側面もあります。この作品もエンタメのなかで警告を上手に表現しています。
吊された少女
退官する警官ハーバーザードは、長年一人で捜査してきた「ひき逃げ事件」をカールに引き継ごうとします。しかしカールは依頼を断りました。
その翌日、退官式の最中に招待客の目の前でハーバーザードが自分の頭部を拳銃で撃って亡くなり、続いて息子のビャーゲも自ら命を絶つという衝撃の展開になります。
結局カールは「ひき逃げ事件」を再捜査することになります。
17年前、ハーバーザードは、木の枝から逆さ吊りになっている少女の遺体を発見しました。車と激しく衝突して飛ばされたと推測はできたものの事件性を証明することはできませんでした。
ハーバーザードは、逆さ吊りの少女の姿を忘れることができず、捜査が打ち切りになっても一人で調べ続けました。
今回はカルト集団が絡んできて、相変わらず長い長い物語が描かれています。このシリーズは犯人視点のシーンが多く倒叙の要素もあるのですが、動機は不明のまま進みます。読者は犯人側の行動を特捜部Qのメンバーよりも先に把握できる状態です。
カールは人の話を最後まで聞く忍耐力を持っていません。犯行のある程度の部分を知っている読者にとっては「あともう1分でも話を聞いていたら事件は解決したのに」と気を揉んでしまいます。(そこが面白いのですが・・・)
今回はカルト集団の悪質な犯罪かと思いきや意外な展開になります。そしてまたまた懲りずに危険な場所に飛び込むカールとアサド。お約束のように2人は犯人に監禁されて負傷しますがアサドは不死身です。
自撮りする女たち
検挙率の上がらない捜部Qに閉鎖の危機が訪れます。原因は上層部に上がっていた報告書が実際に解決した事件の5分の1程度だったから。報告書担当だったローセは精神的に不安定になっていてカールとアサドは2重の窮地に陥ります。
今回は今まで謎だったローセの秘密が解明されていきます。父親との確執、想像を絶する虐待のトラウマ。危うく大量の薬を飲んでしまうところだったローセ。
カールがいつもいつも人の話をよく聴かず自己判断で暴走することがローセを苦しめる一因であったことも浮き彫りになります。(これは読者はずっと前から気づいていたことでしょう)
本筋の事件は王立公園で起きた67歳の女性殺害ですが、起きたばかりの事件は特捜部Qの管轄外です。しかし退職した元課長マークスが以前担当して迷宮入りになった事件と酷似していることからカールも独自の捜査を始めます。
王立公園で殺害されたリーモアの夫は元ナチス親衛隊でしたが数年前に事故死しています。娘のアルコール依存症、孫娘が無職なことなどが次々と判明していきます。
リーモアの孫のデニスは働く意思がなく、社会福祉事務所で知り合った2人の女性とともに危うい暮らしをしています。そのうちの一人がひき逃げの被害に遭い、さらにデニス自身もとんでもない事件を起こしてしまいます。
複数の事件が交錯し筋道が見えにくい構成になっていますが、後半に入ると犯人は自明となりミステリ要素よりもローセの救出が大きなテーマとなっていきます。
今回のポイントは世界一幸福な国デンマークの福祉制度の闇と言っていいでしょう。
デンマークに限らず福祉の悪用は一定数あると思います。しかしそれを理由にして福祉のすべてを不要と考えることはできません。正義とは何か、自分事としてのセーフティネットとはどのようなものなのか。読者に突き付けてくるような鋭さとエンタメが見事に結合しています。
ローセの父親は想像以上に酷い虐待を繰り返していたことが判明しますが、ローセの心の傷は癒しへと向かっていくことでしょう。このシリーズで初めて涙しました。
アサドの祈り
前作から2年経過しています。
ローセはまだ休養中です。
カールとモーナは復縁していますがモーナの娘が亡くなり大きな悲しみを抱えています。51歳のモーナは14歳の孫を育てる責任を背負いながらカールを頼りに生活をしている状態です。
そして、重大犯罪課の課長ラース・ビャアンの突然死、早期退職した前課長の復帰と忙しくカールの周囲に変化が訪れてます。
今回はスペインのジャーナリストの視点、特捜部Qの視点、そして何故か引きこもりゲーマーのアレクサンダの視点が交互に現れ、アサドと宿敵ガーリブの対決に導かれていきます。
事件の発端はジャーナリストとして崖っぷちのジュアンが起死回生をかけてキプロスで起きている難民の悲劇を取材したことです。
ジュアンはキプロスの浜辺に打ち上げられた難民の老女の遺体を撮影し、新聞で「犠牲者2117」として紹介しました。2117は地中海で命を落とした難民の数です。
老女はアサドの恩人でした。新聞を見たアサドは自らの過去と亡くなったラース・ビャアンの秘密、行方不明になっている妻子のことを特捜部Qのメンバーに話します。
アサドの話を聞いてカギはジャーナリストが握っていると考えたカールは、アサドとともにジャーナリストの足跡をたどります。
並行して特捜部Qに引きこもりのアレクサンダから「ゲームのレベルが2117に達したら人を殺す」という殺人予告の電話が繰り返し入ります。このもう一つの物語は本当に本作に必要だったのか疑問が残ります。ただただ日本の「引きこもり」というものを語りたかっただけなのかもしれません。
イロイロと疑問点はあってもシリーズ前半よりは間違いなく読みやすくなっています。
カールは相変わらず結構な右寄りで、人の話を最後まで聞かず、ローセに対する態度も横柄なところがあって共感が難しいときもあります。アサドは平和主義者のように見えますが次の瞬間に躊躇わずに人を撃つこともできるという二面性を持っています。
二人合わせて人間とはこういうものだと受け止めるべきなのでしょうか。少々深読みするならば、幸福度の高い福祉国家にも闘争的な側面や国民の不満が潜んでいるということを匂わせているようにも感じます。

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