追熟読書会: 女性刑事〈ケイト・リンヴィル〉シリーズ

女性刑事〈ケイト・リンヴィル〉シリーズ


著者シャルロッテ・リンクはドイツ生まれで現在もドイツ在住ですが、小説の舞台はイギリスのヨークシャー地方です。

なぜイギリスかというと、ブロンテ姉妹(嵐が丘やジェーン・エアの作者)に憧れて少女時代から頻繁にイギリスを訪れていたからだそうです。

主人公ケイトはスコットランドヤードで働く女性警官です。

父のリチャードはヨークシャー警察の伝説的な名警部でした。

ケイトは父リチャードを深く愛し尊敬していましたが、自分が生きづらさを感じていること、孤独なことや、仕事で悩みを抱えていることなどを父には言えずにいました。

退職後のリチャードもまた孤独でしたが、人生が上手くいっているかのように振る舞う娘の意思を尊重して、ともに過ごす時間は自分の気持ちをごまかすことに費やしていたのです。

1作目の序盤でリチャードは惨殺されケイトは一人ぼっちになってしまいます。休暇を取ってヨークシャーに帰省したケイトは管轄外の捜査に首を突っ込む形になります。

このシリーズはヨークシャーのスカボロー署ケイレブ警部との関係が重要なポイントになりますが、1、2作目は休暇中のケイトがケイレブの事件に関わり、3作目ではケイレブが停職中で立場が逆転します。どちらにしても毎回片方がアウトサイダー的な立場で事件に関わるというスタイルになっています。

全体を通して読みやすい作品ばかりです。女性作家が描く繊細な女性警官の姿が特徴といえるでしょう。養子縁組の難しさ、親子の距離感、孤独感から支配的な相手に洗脳される女性、他人や子どもへの依存傾向など毎回興味深いテーマが選ばれています。

依存という意味では捜査責任者の重圧でアルコール漬けになるケイレブ警部の苦悩も大きな柱になっています。

毎回、意外な結末に辿り着きますが「どんでん返し」というような派手なものではなく、「人間生きていればイロイロある」と考えさせられるような趣のある展開です。

それでは、まずは「おもな登場人物」の紹介を。そしてその後、各作品の内容に入っていきます。


ケイト・リンヴィル

スコットランドヤードの刑事。巡査部長。
シリーズスタート時点で39歳。夫なし、子供なし、恋人なし、友人なし。他人と関係を築くことが苦手。職場内には「ケイトのやることなすこと全てがどこか間違っている」と感じさせる何かがあり、自分に自信が持てず悶々とした日々を過ごしています。小柄で華奢で目立たないことも悩みの一つ。

リチャード・リンヴィル

ケイトの父親。
ヨークシャー警察元警部。妻を病気で亡くし、退職後は長年一緒に働いた同僚も離れていき孤独な日々を過ごしています。ケイトの一番の理解者。

 

 ケイレブ・ヘイル

スカボロー警察署の警部。
ケイトの父リチャードと一年ほど一緒に仕事をしたことがあり、
ケイトのことはあくまでもリチャードの娘であり恋愛対象とはみていません。アルコール依存症の治療を受けるため入院していたことがあって表向きは完治したことになっています。しかし時々プレッシャーに耐えられなくなると仕事中にお酒を飲んでトラブルを起こしています。妻と離婚し子どもなし。大きな家で一人暮らし。

ロバート・スチュワート

スカボロー警察署の巡査部長。ケイレブの部下。切れ者という感じではないが、仕事ができないわけでもないという平均的な警察官。わりとシニカルな一面を持っていてケイレブが暴走しそうになったときのストッパー役になることもあります。

コリン・ブレア

2作目でケイトとマッチングサイトを通して出会います初登場時点で45歳。週4日はジムに行き外見を整え、常に自信満々な態度で周囲を圧倒していきます2人の間に恋は生まれずカップルにはなりませんが、人との社会的な繋がりをうまく持てない人間同士が完全な孤独に陥らないために週末に時々会う関係を築いていきます。ケイトの唯一の友人。


 

 裏切り 上 


名警部だったリチャード・リンヴィルが惨殺され娘のケイトは深い悲しみに沈みます。

ケイトは自分で調べられる範囲で父の過去と事件関係者を調べ始めるのですが、捜査責任者のケイレブ警部は当然面白く思わず、すぐに諍いが始まります。

ケイレブ警部の活躍にもかかわらず次第に捜査は行き詰まっていきます。そんななかでケイトは父の知り合いだった女性メリッサから会いたいという連絡を受けます。ところがケイトが会いに行ったときには、すでにメリッサは父と同じ方法で惨殺されていました。

メリッサの周辺捜査で父にも大きな秘密があったことがわかってきます。まさか父が母以外の女性と交際していたとは。

大きな衝撃を受けたケイトの心情に理解を示しサポートするのは女性警官スカピンでした。スカピンとケイトは急速に距離を縮めていきます。

もう一つのストーリーとして脚本家夫妻の養子縁組が並行して語られていきます。養子とその実母との関係、実母と恋人の関係などが複雑に絡み合いあい、この辺りからザワザワ感が満載になってきます。

リチャードの事件の凄惨さ、意外な秘密の露呈、余りにも大きな悲しみを背負うケイトに感情移入しないではいられなくなります。

ケイトが決して美人ではないこと、印象に残るような特徴も華やかさもないこと、深く踏み込んだ会話が苦手なこと。その一つひとつは読者と等身大の悩みといってもいいのですが、ケイトがケイレブ警部に好意を抱いていることがなんとも切なくなります。

とにかく上巻では何一つ解決には向かわず複数のストーリーが同時進行で進んでいきます。登場人物表もなく次々と人が増えていきますが混乱せずに読んでいけるのが不思議です。

さて、これらはどう繋がっていくのでしょうか。


 裏切り 下 


父の裏切りを知ったケイトはショックを隠せませんが、それでも事実を知りたいという思いから父の家を片付け書類を整理しはじめます。

そこでリチャードの元同僚ダウリックの住所が見つかり合いに行くケイトですが、またもや悲惨な事件に遭遇することに・・・

相変わらず複数のストーリーが並行して進みますが、次第に絡み合って繋がっていきます。
ケイトは事件終息とともに家族の病を卒業して一歩踏み出していきます。この父娘の問題はケイトが親離れできず境界線を引けなかったことが原因だったのでしょう。

下巻に入ってもう一つの家族の物語、障害のある弟と暮らすスカピン刑事の悪戦苦闘の日々が語られます。刑事としての優秀さとプライベートでの深い悲しみ。この2つの視点で新たな物語は展開していきます

全体的には事件の内容と心理描写のバランスの良さ、アクションシーンの少なさが読みやすさに繋がっている印象です。アルコール依存症のケイレブ警部とケイトが安易な恋愛に走らなかったことも好印象です。

ケイレブ警部のアルコール依存症はストレス解消法という意味だけではなうようです。過去には酔っているときほど脳が働いて閃きがあったとのことで、今後も何かしらトラブルを起こしそうな余韻を残しています。

とはいえ、ケイレブの弱さやケイトの抱える生きづらさが読者にとっては感情移入できるところなのでしょう。



  誘拐犯 上  


2017年、前作から3年が経過しケイトは42歳。相変わらず独り身。

ケイトは父の家を売ることができず貸していましたが、賃貸人が家を滅茶苦茶に汚して行方不明になるという悲劇が起きます。

再びヨークシャーを訪れたケイトを待っていたのは家の修復だけではなく、宿泊先の宿で起きた少女行方不明事件でした。

今回も複数の事件が並行して語られていきます。

2013年、父と二人暮らしの少女ハル(14歳)が祖母の家からの帰りに行方不明に。

2016年、雨の夜に友人と会ったあと少女サスキアが見知らぬ男の車に無理やり乗せられて誘拐される。1年後にムーアで遺体発見。

2017年、ケイトの宿泊先オーナーの娘アメリー(14歳)は母と買い物にいったスーパーの駐車場で行方不明に。

さらに実母に反抗して家出した少女マンディの危うい逃走劇が語られていきます。

果たして同一犯人なのでしょうか。

ケイトはなるべく行方不明事件に関わりたくはなかったのですが、結局ケイレブ警部と再び遭遇することになります。意外なことにケイレブはケイトに優しく接しスカボロー署への移籍を勧めます。

容疑者が次々と浮かびシロと判定され捜査の方向性も定まらないままストーリーは進んでいきます。さらにケイト自身の問題も解決には向かわず、亡き父との思い出と孤独と家の処分に押し潰されそうになります。

唯一の救いは賃貸人が置き去りにした猫のメッシーが新しいご主人ケイトに懐いていることでしょう。


※ムーアとは

前作でもムーアが出てきました。今回もムーアで少女の遺体が見つかっています。スカボロー近郊に「ノース・ヨーク・ムーアズ国立公園」がありますが、このシリーズではムーアは地名ではなく単に「湿原」の意味で使われているようにも思われます。スカボロー近郊の湿原地帯ということでしょうか。

※スカボローはどこ?

イングランド・ノース・ヨークシャーの北海海岸沿いの大規模な居住エリアの一つ。タウンの人口は約50,000人で、ヨークシャー海岸では最大の休日のリゾート地でもあります。

中世の頃から交易港として栄え、夏季には大規模な市場(フェア)が立ちます。『スカボロー・フェア』という曲が、1967年の映画『卒業』の挿入歌として用いられ世界的に有名になりました。

 ケイトの育った家はスカボロー郊外のスカルピーにあります。地図で確認するとスカボロー中心地から数キロ北上したところにある緑豊かな住宅地です。家は1階にキッチンとリビングとダイニング、2階に寝室が3つとバスルーム、それにかわいらしい小さな庭があると書かれています。

そんな素敵な土地で起きた連続少女誘拐事件。下巻でどんな展開が待っているのでしょうか。

海外小説を読むときに、舞台となった土地や背景情報を調べると楽しみが増えますが、『スカボロー・フェア』をYouTubeで聞いて、再び本に戻るとケイトの孤独に一層寄り添うことができるように感じました。




  誘拐犯 下  


ケイトは記者になりすまして第1の事件でハナを車に乗せた青年やハナの父親など次々と訪ねて話を聞きます。しかしなかなか核心に迫ることはできません。

家出娘のマンディは監禁状態にあり、こちらは犯人側から描かれていきますが犯人像は相変わらず掴むことはできません。

そして、ケイトに恋愛の兆しが・・・それも2人も・・・1人はマッチングサイトを通してロンドンで出会ったコリン。意外なことにしつこくケイトに絡んでくるという驚きの展開が起きます。

もう1人は宿の娘アメリーを嵐の海で助けたデイヴィッド。意気投合した2人は急激に距離を縮めていきます。

優しくすべてを受け入れる理想の男性として描かれるデイヴィッド。恋愛経験の乏しいケイト。警官であることを隠して付き合うケイト。この恋心がケイトの心を傷つけませんように、と感情移入してしまうようなシーンが続きます。

事件のほうはハナの祖母を訪ねたことから動き始めますが、ケイトの閃きや推理よりも偶然に導かれていく感じで進み、ケイトの身にも危険が迫ります。

少女たちはなぜ見知らぬ人間の車に簡単に乗ってしまうのでしょうか。ハナの母親はなぜ娘を置いて出ていったのでしょうか。

今回もまた親子関係が大きなテーマとなっていますが、距離感というより依存の問題と言ってもいいでしょう。

精神医学に関しては誇張して書かれている部分もあるとは思いますが、自分の人生に幸福感を得られず他人に依存していく姿はリアリティがあります。

ケイトに関しては趣味が何もないこと、おしゃれにも美食にも興味がないことが読み進むにつれて何となく違和感になってきています。

そしてケイレブの飲酒問題。アルコールに依存しているとは言えない状況まで回復していますが、以前のような公正さやひらめきはなくなり、部下から一緒に働きたいとは思えない人間と評されています。

事件は当然のことながら解決します。しかしケイトもケイレブも問題を抱えたままで、またしてもこの先どうなる?という思いが残ります。


  罪なくして 上   


20年もの間、スコットランドヤードで華々しい捜査結果を残したにもかかわらず巡査部長にしかなれなかったケイト。普通は上司が部下を昇進試験に推薦し本人にも受けてみるように進めるものなのですが、ケイトの上司は決してすすめてはくれなかったのです。

そこで、ケイトの捜査能力を認めてくれているケイレブ警部の勧めに従ってークシャーのスカボロー署に移籍することを決意します。

長年、誰からも相手にされていないと感じていたケイト。しかし思いがけず同僚からお別れプレゼント・・・ウェルネス・ホテルの週末宿泊券2枚をもらいます

このホテルに向かう列車内で、ケイトは女性が銃撃されそうな場面に偶然遭遇し助けることになりますが、この辺りは謎に包まれたアイリッシュ作品のような雰囲気です。しかしこれは第一の事件に過ぎなかったのです。

▶ウェルネス・ホテルの週末宿泊券は2枚ありました。ここで前作で知り合ったコリンが登場。事件解決に貢献しようとして実にコリンらしく物語を引っ張っていってくれます。

その数日後、女性教師が襲われて重傷を負います。これが第二の事件。

この二つの事件で使われた銃が同じだったことから、ケイトが捜査の主導権を握ることになります。

ケイレブ警部はというと、勤務中の飲酒が発覚し人質事件の全責任を背負わされていました。そしてなんとケイトが赴任したときは停職中だったのです。

ケイトの能力を認めてくれたケイレブと仕事がしたくてヨークシャーに赴任してきたのに・・・新しい上司ロバートと上手く折り合いがつけられないケイトの苦悩が始まります。

さらに、少女誘拐事件を目撃した女性が警察に通報する場面や、ロシア人の子どもを養子にした夫妻の悪戦苦闘の物語、自己啓発セミナーに次々と参加してパートナーと仲たがいした女性の失踪事件等々が描かれていきます。

とにかく忙しく場面が変わり次々と新しい人物が登場する展開ですが、これらはどう結びついていくのでしょうか。
  (本書も登場人物表がありません)


  罪なくして 下   


第一の事件の被害者クセニアがコリンと一緒に行方不明になります。

第二の事件の被害者ソフィアは四肢麻痺で寝たきりになり、リハビリ施設に輸送中に行方不明になります。

急激に状況は変化していき、ロバートは何も対応できずケイトが実質的に捜査を引っ張っていくなかで大きなトラブルに巻き込まれていきます。

いろいろ新たな展開も起きるのですが、何といっても下巻のメインになるのはロシア人の子を養子にした夫妻の過去です。

養子にした子は軽い知的障害があり幼稚園でも小学校でも周囲と馴染めなくて問題を起こします。よくある話ですが妊活を諦めて養子縁組をしたあとになって自分たちの子ども(娘)を授かったことでさらに疲弊する夫妻。

娘のベビーシッターとして雇われたロシア人女性が非常に優秀だったので一家に平和が訪れますが、妻のアリスはすでに重い育児ノイローゼになっていました。

読むにしたがってタイトルの「罪なくして」の意味がわかってきます。

しかしこの「罪なくして」も別の人物の角度から見ると「罪と罰」であり、なかなか重い内容が暴かれていきます。

アリスの心情は育児経験者であれば理解できる程度の内容と思いながら読み進むも、どんどん空回りしてすべてが悪いほうにいってしまうとは・・・

何でも器用にこなすベビーシッターへ嫉妬するアリスの姿なども切ないのですが、女性作家ならではの観察力で繊細に書かれています。

停職中のケイレブはケイトを助けてアイデアを出し、自分も聞き込みに奔走します。ケイレブの発想はいつも素晴らしく行動力もあるのですが、何故か向かう先が少しずれているのです。

今回は非常に重いテーマですが、救いはケイレブとケイトの気持ちが通い始めていることでしょう。

ケイレブがケイトに対してあからさまに魅力の欠如を突き付けるシーンが減っただけでも読みやすさが増してきました。一方で目標も自信も失ったケイレブに新しい目的意識は生まれてくるのでしょうか。

どこまでいってもケイトとケイレブはこの後どうなる?という思いが残ります。


何となくシリーズ終結の雰囲気もありますが、まだ翻訳されていない続編が2冊ほどあるそうです。

邦訳が出版されしだい順次レビューを追加していきます。




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