「こころ」はいかにして生まれるのか
最新脳科学で解き明かす「情動」
櫻井武 (著)
本書は「こころ」を取り扱っていますが、心理学や精神病理的なものではなく神経科学からみた「こころ」の働き方についてです。「こころ」はどこにあるのだろう。「こころ」は脳だけの機能なのだろうか。など「こころ」を理解するために脳が全身にどのような影響をあたえるか、逆に全身が「こころ」にどのように影響するのかというようなことをひもといています。
第1章 脳の情報処理システム
私たちは脳で世界を理解しています。とくに大脳皮質の最も前方にある「前頭前野」と呼ばれる領域はさまざまな情報を統合して自分の置かれている状況を正しく理解する機能をもっています。
感覚系から得た外界や自分の身体状態についての情報を前頭前野によって処理し記憶と照合したり未来予測したりすることで、空間および時間軸に沿って「論理的」に世界を理解しながら私たちは生活しています。
「こころ」について考える前にこの章では大脳皮質の作動原理について考えてみましょう。
💬 本書に書かれている脳の構造は研究者からしたら驚くべき簡素化がされたものなのでしょうが、それでも読んでいると混乱してきます。そこで私は読みながら手書きで絵を書いたり、ネットでしらべてみたり、エクセルで図を作ってみたりしました。その結果出来上がった図を貼付してこの章のまとめとします。こんなに超要約しても大丈夫なのかと心配になりますが、実際のところ理解できたのはこのくらいのことです。ニューロンやシナプスについては聞いたことはあっても曖昧な解釈でしかなかったのですが、図を書いてみて何とか理解が深まってきました。
それでは引き続き「こころ」はどこにあるのか、さらなる深い領域へ入っていきます。
第2章「こころ」と情動
「こころ」をつくる要素として感情は不可欠といってもいいでしょう。この章では感情とはいったい何なのか考えていきましょう。
【感情】
感情は主観的なものであり、前頭前野で身体反応を含めた自らの状態を認知することにより生まれるといっていいでしょう。
では、なぜ感情が必要なのでしょうか。
それは生存確率を高めるためです。恐怖や不安がなければすぐ淘汰されてしまい、喜びがなければ報酬を確保することができません。
また、意思決定にも感情が大きな役割を果たしています。理性のみに判断をゆだねていたら永遠に意思決定ができないことがあるからです。
感情と聞くと、喜び、怒り、不安、恐怖、落胆・・・・といった言葉が思い浮かびますが、これらが入りまじった複雑な心理状態のこともあります。当人でも自分の感情がわからない、ましてや他人の感情など正確に知ることなどできないのです。
【情動】
それでは科学の視点で感情を解析するとどうなるでしょうか。
科学するとは、第三者が客観的に観察し、記載し、伝達し、共有可能な概念であるということです。
このように感情を客観的に評価した概念を情動といいます。行動の変化と全身の生理的な変化から情動を推定していくのです。情報がポジティブであってもネガティブであっても変化は起こります。
外界からの情報を受け取ることを情動体験、行動の変化や身体の反応を情動表出、両方をあわせたものが情動ということになります。
現代では、情動は脳で生成されるが、全身の器官も脳に情報をフィードバックして情動を修飾して変化させると考えられています。
💬 まだ本書全体の3分の1の地点にいます。この章では表情についてや悲しみを感じるためには泣くことが必要かどうかといった問題も解説しています。決して難しい言葉は使わず解説してくださっていますが、一つひとつをじっくり考え咀嚼しなければ次につながっていかないので時間がかかります。本当にこの解釈で正解なのか不安な面もありますが、興味ある内容が続くので先に進みましょう。
次の章では、情動を生み出している脳の内側へと入っていきます。
第3章 情動をあやつり、表現する脳
【大脳辺縁系】
進化の過程で、外側に向けて新たな構造を増築してきた脳の最も外側に大脳皮質があります。その大脳皮質よりもやや進化的に古い大脳辺縁系によって、情動は生み出されていると考えられています。これは、情動は認知などの機能よりも進化的に古い機能であることを意味しています。
【感覚と情動と記憶の関係】
情動と記憶は極めて密接に関わっています。
私たちは日々、感覚系を通して膨大な量の情報を外界から受け取っています。もしその全てを記憶していたら情報公害になり、本当に必要な情報を見失ってしまうでしょう。
では、本当に必要な情報とは何でしょうか。それはすぐに取り出すことが必要な情報、情動を発動させる情報ということになります。
経験を情動という形でデータベース化して記憶しておく。のちに似た状況に対面したときに照らし合わせて行動選択の精度をあげていくのです。
記憶の種類は次のようなものがあります。
①非陳述記憶(言葉に置き換えにくいタイプの記憶)
情動記憶:条件づけによって成立した記憶のことで偏桃体が大きく関与しています。手続き記憶:上手くできなかった技能が上手になること。大脳皮質が関与しています。
②陳述記憶(出来事などを言葉に置き換えた形で引き出せるタイプの記憶)
エピソード記憶:ストーリーや空間上の位置関係など海馬による記憶。
意味記憶:単語やアイコンなどを特定の事象に結び付けて記憶すること。
③作業記憶(前頭前野のワーキングメモリ)※第1章の図を参照してください。
ここであらためて感覚情報が伝わる経路を考えてみましょう。
【二つの経路】
感覚系からの情報は
①嗅覚を除いて大部分が大脳辺縁系の視床を経由して大脳皮質のそれぞれの一次感覚野に送られて物理的な解析を行います。このとき②大脳辺縁系の偏桃体(情動記憶)も同時並列的に関わって働いています。
情動とは外界の情報に対してどのように対応すべきかを決めるメカニズムです。そのためにはリアルタイムな状況に適応するだけではなく、過去に経験したデータに照らし合わせる必要があります。
第4章 情動を見る・測る
この章では、情動をどのように科学的に捉えるかを考えてみましょう。
情動を評価は3つのポイントがあります。
①行動
恐怖の情動が発動しているときには表情も恐怖を伴ったものであることがわかります。
表情も表情筋が作る一種の行動なのです。このように情動は行動や表情を見ることで推測することが可能で、コミュニケーション上で重要なポイントになります。
②自律神経系の動き
情動は好ましいものであっても、嫌悪すべきものであっても同様に交感神経系を優位にします。心拍数、血圧が高くなり、手掌などに発汗がみられ、筋肉への血量も増します。
交感神経系は全身の機能を高めて臨戦態勢にします。しかし状況によっては恐怖の発動に伴って副交感神経である迷走神経が優位になり心拍数や血圧が低下し、ひどいときには失神を伴うこともあります。
③内分泌系から見た情動。
大脳辺縁系は内分泌系の制御に深く関わっている部分に信号を送りストレス応答を引き起こします。このときに放出されるホルモン(コルチゾール)の動きを測定することによって、情動の評価に役立てることができます。
その他、最近ではMRIで脳内反応を計測することもできます。さらに動物を使った実験も数多く行われています。
第5章 海馬と偏桃体
記憶と情動は「こころ」をつくる上でどちらも欠かせない車の両輪のようなものですが、この2つの機能を受け持ち互いに密接に関係し合っているのが大脳辺縁系の海馬と扁桃体です。
①海馬
海馬は新たな記憶を作るために大脳皮質の働きを助ける装置であり、最終的な長期記憶は大脳皮質、特に側頭葉の皮質に保持されると考えられています。
②扁桃体。
感覚系を通して知覚された情報が生体にとって意味があることなのか、つまり危険や脅威をもたらすのか、あるいは逆に報酬をもたらすのかを評価するのが扁桃体の役目です。この機能は環境に適応し生き残っていくために欠かせないものです。
扁桃体が機能しなければ、命が危険にさらされるような強烈な体験をしても恐怖を感じることはなく、また情動記憶も成立しないため、PTSDな後遺症に悩むこともないでしょう。
しかし、扁桃体が機能しなければ危険を避けることもできなくなり、生き残っていく能力は著しく損なわれてしまうでしょう。また扁桃体に障害を持つと、パーソナルスペースの概念を持てないということもわかっています。
情動をつかさどる大脳辺縁系は記憶をつかさどるシステムでもあり、この海馬と偏桃体の両者は密接な関係にあります。
ストレス応答と呼ばれる内分泌応答により分泌されるコルチゾールは、偏桃体の機能を高め、海馬を抑制する。強いストレスを受けた人の記憶がしばしば曖昧なことがあるのはこのメカニズムによると考えられています。
第6章 おそるべき報酬系
ここまで、ネガティブな情動が、どう制御されているかを見てきました。それではポジティブな情動は、どのように処理されているのでしょうか。
寝食を忘れて何かに打ち込むとき、飲食やタバコ、ギャンブルなどがもたらす快感。この快感こそは報酬の最たるものと言っていいでしょう。そのまま野放しにしていたら社会は成り立たなくなるほどに強力です。
この章では、報酬系と呼ばれるシステムを見ていきましょう。
【脳内報酬系】
人や動物の脳には、報酬系といわれる仕組みがあり、ドーパミンという神経伝達物質が働いています。覚醒剤をはじめとする多くの依存性物質はこのドーパミンの機能を高めるものです。だからやめられなくなるのです。
ドーパミンは、ドーパミン作動性ニューロンによって作られます。このニューロンは前頭前野、扁桃体、海馬、側坐核など様々な部分に突起を伸ばしています。
※側坐核とは、運動制御に関わる大脳辺縁系の一部ですが、運動は行動を起こすためのものであり、行動は報酬によってドライブされる。このように構造が分化して少しずつ違う役割を分担するようになり、全体として一つの大きなシステムになってきたのです。
ドーパミンが前頭前野に放出されると「気持ちよい」という情動認知が生まれ、側坐核に放出されると、行動が強化されて快感に抗しきれなくなり、それをやめることができなくなります。このように、主体的な快感と行動の強化とは別々の経路で起きています。
【報酬とは】
自分を生存させるための基本的欲求と呼ばれるものがあり、これらを報酬と捉える機能を備えた生物が進化的に生き残ってきました。
しかし動物やヒトは、そうした基本的なもの以外にも幅広いものを報酬と感じるように学習するシステムを持っています。生活環境に合わせて、あらゆるものを報酬としていくことができる極めて学習能力の高い書き換え可能なシステムなのです。
このシステムを使えば痛みさえも報酬と捉えるようにすることが可能になります。
【不確実性と報酬予測誤差】
不確実性とは、確実に得られると決まっている報酬よりも、意図していなかったときに得られる報酬を大きく感じることです。
これは人が更なる向上を志す源泉になっていると考えられます。
報酬予測誤差とは、予測値と実際に得られた報酬との差が大きいほど、ドーパミン作動性ニューロンを強く興奮させるというものです。報酬が次第に予測可能なものになっていけば、報酬予測誤差はゼロになり「飽きる」という状態になっていきます。
これは、トライアンドエラーを繰り返させるためのシステムであると考えることもできます。
💬 報酬系については、最近目にすることが非常に多くなりました。やる気と考えたとき、ドーパミンはとても素晴らしいものというような単純な考え方をしていた時期もありますが、深く知れば知るほど、ドーパミンって怖いな、報酬系は怖いな、と感じています。以前にレビューを書いた 〈叱る依存〉がとまらない にもドーパミンが出てきました。良かれと思ってやっている行為も、依存的な行為になっていないか立ち止まって考えてみる必要があるのでしょう。
第7章 「こころ」を動かす物質とホルモン
脳には800億~1000億個と言われるおびただしい数のニューロンと、シナプスが存在し神経伝達物質と総称される様々な物質が情報をやり取りしています。
神経伝達物質には、アミノ酸類や、モノアミン類があり、情報を伝えるスピードや範囲が異なります。
①アミノ酸類
早く狭い範囲に情報を伝えていて、分解能の高い神経伝達を行っていて、認知機能や記憶などに関係しています。
②モノアミン類
ゆっくりと広範囲に情報を伝えていて、作用時間が遅く、しかも持続的で脳全体のモード調節に関わっているため、気分や感情、あるいは睡眠や覚醒などにおいてメリットを発揮します。
モノアミン類の脳内での相対的レベルで気分をはじめ「こころ」の機能に影響してきます。
※モノアミン類には次のようばものがあります。
●ノルアドレナリンは、覚醒中に活動し、睡眠中には活動が大きく低下します。覚醒中は強い情動によって扁桃体への放出が増え、情動記憶をより強くすることに関わっていると考えられます。また、大脳皮質に作用することで覚醒レベルが上がると考えられています。(緊張度を高める)●ドーパミンは、期待している高揚感や何かを得たときの達成感に深く関わっています。また、海馬にも投射して記憶を強化する作用を持っています。(緊張を緩め動きを大きくする)●ヒスタミンは、覚醒に深く関わっています。
●セロトニンは、極めて広範な領域に作用している多面性を持った物質です。世間では、安心のホルモンとか、幸福感のホルモンなどといわれてますが、これは根拠のない疑似科学といってもよいでしょう。作用する部分によっては不安や恐怖を増強することにも関わっています。
③血液中に分泌されるホルモン
●オキシトシンは、信頼や愛情に関わっているとされています。
●エンドルフィンは、モルヒネと同じ作用を持ち、痛覚における嫌悪や不快感の要素を強く阻害するとともに、多幸感と呼ばれる強い幸福感や満たされた感覚をもたらします。
💬 セロトニンが安心のホルモン、幸福感のホルモンなどといわれているのは根拠のない疑似科学という表現に驚きました。SNSには振り回されないように注意をしなければいけません。
終章 「こころ」とは何か
「こころ」とは、抽象的な概念であり、文脈によって様々な意味を表す言葉でもあります。本書では「こころ」を一つのシステムとみなして考察してきました。
この章では改めて「こころ」とは何か神経科学的な視点からまとめてみたいと思います。
ヒトは非常に複雑な社会形態を持つに至り、その中でよりよく生きるためには、現在の行動の結果がどのような未来に結びつくか、脳内でシミュレーションする機能を実装する必要がありました。そのため人は、前頭前野を進化させ、頭頂葉や前頭葉の進化により共感する能力を獲得しました。しかしながら、進化論的に下等動物が持っていた行動パターンのプログラムは、いまだに脳の中に残っていて機能しています。
私たちは自分の行動は全て自らの意思でコントロールしていると錯覚しがちですが、それはごく一部です。多くの行動は下等動物と同様に半ばプログラムによってオートマチックに表出されています。
感情や気分をコントロールする脳の機能も、外界や体内の状況に応じて意識されることなく自動的に動いています。
「こころ」は脳深部のシステムの活動、いつくかの脳内物質のバランス、そして大脳辺縁系がもととなる自律神経系と内分泌系の動きがもたらす全身の変化が核となってつくられています。
他者の精神状態は表情を含むコミュニケーションによって共感され、自らの内的状態に影響します。そして最終的には、前頭前野を含む大脳皮質がそれを認知することによって主観的な「こころ」というものが生まれるのです。
「こころ」とは、行動選択のためのメカニズムであり、学習機能が備わっています。それゆえに「こころ」は社会の変化に伴いこれからも変化していくのです。
💬 何回か繰り返し読みましたが、内容を把握するのに大変な時間がかかりました。もしかしたらまだ本当は理解していないのかもしれないという不安は残りますが、一旦ここで読了としたいと思います。振り返ってみると、なんと今まで勘違いしていたことが多かったかという驚きでいっぱいです。
💬 シナプスやニューロンの働きについて理解できたことは大きな収穫だったと思っています。ウチの息子は大学では材料工学を学んでいましたが、副専門で脳科学も勉強していたようです。あるとき私が、10年以上も前の出来事を何の脈絡もなく急に思い出したことがありました。「どうしてこんなことを急に思い出したんだろうね」と私が言うと、息子がシナプスがどうとかというようなことを説明し始めました。私はその説明を聞いてちょっと不機嫌になったことを覚えています。なぜならば「どんなことを思い出したの?」とまずは聞くのが礼儀ではないか・・・(そのときはシナプスやニューロンを理解しているとは言えない状態で)・・・「こころ」とはもっとナイーブなものなのだと言ってみたくなったのです。本書を読んで今まで疑問に思っていたことのかなりの部分が納得できたと思っています。これからは息子との会話が少しスムーズになるかもしれません。
💬 脳の仕組みを知っているかどうかで物事の受け止めかたは大きく変わることを実感しました。大学で脳科学を学ぶ学生もごく一部なのではないかと推測します。これからはより多くの人が高校などから脳科学を学べるカリキュラムになると世の中に大きな変革が生まれるような気がします。私にとって難解な本だったのは事実ですが久しぶりに頑張って読みました。
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