2023/05/18

〈叱る依存〉がとまらない

 

村中直人 著

著者の村中直人さんは臨床心理士として公的機関に勤務後、2009年に一般社団法人 子ども・青少年育成支援協会を設立。発達障害や「人の多様性のあり方」について様々な角度から情報発信をしている。

本書は誰かを叱る可能性があるすべての人に向けて書かれている。対象者は赤ちゃんを除く全人類といってもいいのかもしれない。



どんな人でも叱らずにはいられない依存的状況に陥る可能性がある。脳科学の知見や心理学をもとに単純に「叱る」を否定するのではなくうまく付き合っていこうという内容である。

 

まず、叱るとはなにか。この部分だけでもかなり有意義な内容だと思う。上手に叱れなければ先輩失格などという考え方もある。もしかしたら叱るという行為には部下や後輩の成長を期待する「親心」のようなものかもしれない。命の危険がある場合などに即効性があるのは事実。しかし本書では叱ることに相手を変える効果は少ないと明言している。むしろ副作用のほうが大きい。他者をコントロールする手段としてネガティブな感情体験を相手に与えているのである。

 

では、そのとき脳ではなにが行われているのか。

 

そもそも必要があるから叱っているだけ、叱られる側に問題があると思いがちだが、叱っている側はドーパミンが出て報酬系回路が活性化している。そのためにやめられなくなっているとのこと。考えると怖いが、著者はエビデンスに基づいて依存という言葉を使っているのである。

さらに怖いのは叱られる側が刺激に慣れてしまって鈍感になるとエスカレートする現象であり、これはアルコール依存やギャンブル依存と何ら変わらない。

 

次に、私自身も厳しく育てられたが成功したので感謝しているという「生存者バイアス」や社会の病や耐えるという美徳について話は進んでいく。この1冊で本当に深い洞察ができるが一気に読むと頭がパンクしてしまうかもしれないのでご注意を。

 

最後は依存の手放し方。

 

まずは叱ることに効果がないことを知る必要がある。叱るという行為は他者を変えようとする手段であることを認識すること。処罰欲求と向き合うこと。前さばきと後ろさばきが重要などなど。

手放すためのコツもしっかり書かれている。

自分を大切にすること、

お互いの望む未来をなんとかすり合わせていくこと、

ゆとりを持つこと、

いったん時間をおく戦略的撤退、

などである。

ドーパミンだの依存だの攻撃性の話が続いたが、最後はわりとゆるい内容だった。

ただ、依存に陥っているときはこの当たり前のことが出来ないから怖いのだと痛感させられた。

 

面白いのでサクサク読み進んでしまうが、私はPart1の「叱る」とはなにか、に書かれていた「叱る」という言葉でしか表現できないニュアンスや意味の項目が強く印象に残っている。

説得する、指摘する、説明する、など他の言葉では表現できないニュアンスを持つ言葉「叱る」・・・

このニュアンスという視点で考えてみると、ネガティブ感情(恐怖や不安)をなるべく感じさせないように説明する、というもう一つの道が見えてくるのではないだろうか。言葉遊びのようだが深い意味があるように感じた。

 

また、叱ると怒るを区別する、などの考察は叱る側のことしか考えていないという著者の指摘も鋭い。

 

ということで、読了後にもう一度Part1に戻って読み直すとさらに面白いが、あくまでもこれは自分自身に関することである。周囲に居る叱ってばかりの人をなんとかしようとして強い口調になってしまったなら「叱る人を叱る」堂々巡りになるのだから難しい。そう考えると、先程は「ゆるい」などと表現してしまったが、お互いの望む未来をなんとかすり合わせていくことは有意義だと思う。

他者をコントロールしようとする強い個性を持った人が私の周囲にいる。私は直接はあまり被害にあっていないが、いろいろ見ているだけでもエネルギーを持っていかれるような感覚だった。そんなときに本書の表紙が強烈に目に入ってきたので読んでみたところ大変参考になった。視覚情報も貴重だと再認識した。とにかく良書。

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