【あなたの脳のはなし】
神経科学者が解き明かす意識の謎
デイヴィッド ・イーグルマン(著)
1971年生まれ。スタンフォード大学で「脳の可塑性」講座を教える神経科学者。
エミー賞にノミネートされたテレビシリーズ「The Brain」の生みの親。
カリフォルニア州パロアルト在住。
2026/010/07
本書の原題は『The Brain』…まさしく脳についての本です。
アメリカ、イギリス、オーストラリアで放送されたテレビシリーズ(1話1時間で計6話)の書籍版ということが訳者あとがきに書かれています。一般視聴者向けでテンポが良いと評されているようです。
私はテレビ番組の書籍版であることを知らずに読んでしまいました。そのため、各章はそれぞれに面白いのに、章が変わると唐突に話題が変わって理解しにくい印象でした。
しかし、だからこそポイントの把握のために読書メモを作成しブログとしてここに存在しているわけです。ポイントを理解したあとはもう一度最初から読んで面白さを再確認しました。
ざっくりとした内容は次のとおりです。
第1章は私たちが1人の人間として存在していられるのは脳が記憶している経験によるものだ、という立場で脳の成長過程が語られています。
第2章では私たちの知覚(五感)と現実、脳の作り出す物語についてです。
第3章は自動操縦の脳と意識について。
第4章は決断について書かれています。
脳の構造だけではなく、人間の欲望と理性、感情の必要性について哲学的な側面にまで踏み込んで書かれているのが第4章です。この部分が本書の柱になるでのはないかと私は感じています。
第5章はミラーリングと共感、第6章は未来への展望です。
特に脳の可塑性や感覚代行、テクノロジーと生物学の新たな融合という話は興味深い内容です。聴覚の代わりに音を振動センサーで感知するウェアラブル技術の研究は素晴らしい技術だと思います。
以上が大雑把な本書の構成ですが、このブログでは要点をまとめながらレビューを書いていきます。残念ながら実験の詳細やテレビ番組としての面白さを伝える図解を示すことはできません。図が豊富であることも本書の特徴です。興味のあるかたは本書を実際に手に取って見ていただくしかないと思います。
※ニューロンに関する詳細な説明は本書には書かれていません。同じ著者の前書『あなたの知らない脳』を参考にしてください。また、このブログで以前に取り上げた「こころ」はいかにして生まれるのか の図の中にも説明があります。
それでは、第1章から要点のまとめに入っていこうと思います。
💬マークのついている部分は個人的な感想や印象的だったエピソードなどをピックアップして書いています。
第1章 私は何ものか?
私たちの思考や夢、記憶や経験はすべて神経物質から生まれる。ほんの少しでも脳が傷つけば、あなたの人となりが根本的に変わる可能性がある。
どうしてそんなことが起こり得るかを理解するために、順を追って検討をしていく。
未完成で生まれる
私たち人間は生まれたときは無力であるが、他の哺乳動物は生まれてすぐに驚くほど自立している。
動物の赤ちゃんが急速に発育するのは、その脳がほとんどあらかじめプログラムされたルーティンに従って配線されているからだ。
しかし、あらかじめ準備された脳を持って生まれるというこの戦略は、生態系の特定の適所内では有効だが動物がその適所の外に出ると健康に育つ確率は低い。
それに引き換え、人間の脳は人生経験の一つひとつによって形成されていく。
幼少期の刈り込み
赤ん坊のニューロンは生後2年間で感覚情報を取り込むうちに驚くほどのスピードでつながっていく。
2歳までに子どものシナプスの数は100兆以上になる。これは大人の2倍であるが大人になっていく過程でシナプスの半分が除去される。
あなたがあなたになっていく過程の特徴は、既にあった可能性を削ぎ落とすことである。幼少期を通して周囲の環境が人の脳に磨きをかける。
つまり、子どもが養われて面倒を見てもらえる環境(心のケアと認知刺激がある環境)が与えられなければ、脳は正常に発育できない。
10代の時期
10代は重要な神経の再編成と変化の時期である。成人と10代ではなぜ違うのか。その答えは内側前頭前皮質と呼ばれる脳の領域に関係する。内側前頭前皮質は自己にとっての心理的重要性を考えるときに活発になる。
青年期には自分について考えること、いわゆる自己評価の優先度が高い。それに引き換え成人の脳は新しい靴を履きなれるように知識に慣れていく。
成人期の可塑性
25歳になるまでに幼少期と青年期の脳の変化はようやく終わる。しかし成人期でも脳は変化を続ける。
脳の隆起とくぼみの形は大体どんな人でもあまり変わらないが、もっと細かい部分には個人特有のものが反映されている。
あなたが経験してきたことすべてがあなたの神経系に足跡を残している。このようなごく小さな傷跡が蓄積してあなたの人となりを作り、あなたがどういう人になるかを左右する。
💬 未完成で生まれるからこそ人間の脳は柔軟だという考え方に驚きました。他の動物に比べて人間は成長が遅くて未熟だというネガティブな受け止め方のほうが今までは多かったような印象です。
幼少期の周囲の環境の重要性は共感できる内容です。子どもだから仕方がないとすべてを許す「行き過ぎた」叱らない子育てが、わりと流行していることに疑問を感じている人は多いと思います。
具体例としてルーマニアの孤児院から3人の孤児を養子にした医師の話が出てきます。施設で育った3人の子は人との正常な交流が欠如していたことから、脳が発育不全に陥って自分たちだけの独自の言語しか話せなかったそうです。
私は私の記憶の総和なのか?
私たちの脳と体は生きている間に大きく変わる。赤血球は4ヶ月で皮膚細胞は2~3週間で入れ替わる。
あなたの体のあらゆる原子が約7年で別の原子と入れ替わる。物理的にはあなたは常に新しいあなただ。
さいわい、その異なるバージョンのあなた自身すべてをつなげる不変なものが1つある。それは記憶だ。
しかし、記憶は本人が期待しているほど鮮明ではない。あなたは自分の現在で過去を歪めてしまう。
人から聞いた話が元になっている記憶もあれば、起こったはずだと思うことが盛り込まれている記憶もある。
したがって自分は何者かという問いに対して記憶だけに基づいて答えるなら、あなたのアイデンティティは現在進行中ですぐに変わるおかしな物語のようになる。
私は知覚している
私は自分の存在を感じる。私はここにいると感じていてこの目を通して世界を眺め、その華やかな手法を自分中心の立場から知覚している。
目覚めているときは意識があり、深い眠りについているときはそれがない。
目覚めているときは何十億というニューロンが互いに複雑なやり取りをし眠ると活動を停止するように見える。しかし脳は夜でも日中と同じぐらい活動しているのだ。睡眠中はニューロンの連動方法が変わってもっとリズミカルな状態に入る。
ある瞬間にあなたが何者であるかはニューロンの発火の細かいリズムに左右される。日中は意識のあるあなたが統合された複雑な神経から現れる。夜、ニューロンのやり取りが少し変わるとあなたは消える。このようにあなたが何者であるかは一瞬一瞬ニューロンがどうしているかによって変わる。
脳は雪の結晶のよう
ニューロンとネットワークの構造や脳の領域についてはかなりわかっているが、そこを流れているすべての信号がなぜ私たちにとって意味があるのかわかっていない。
しかし、私はこう言えると思っている。
具体的な意味はあなたの過去の経験にある。あなたは物体をありのまま知覚するのではなく、あなたなりに知覚するのだ。
私たち一人ひとりは自分自身の道をたどっていて、ハンドルを握っているのは自分の遺伝子と経験であり、その結果あらゆる脳が異なる内面世界を持っている。雪の結晶と同様、脳にも同じものは2つとない。
💬 人生とはこれまで経験したエピソードの中から重要なものだけをつないだ記憶から出来上がっている物語だ、と私は理解しています。この章の後半もほぼそのような認識で間違いないと思います。
しかしその記憶がどのくらい正確なのかという点では危ういものだということです。認知症がなぜ周囲を巻き込んで不幸に向かっていくのかも理解できる内容です。
第2章 現実とは何か?
現実確認
人は物理的世界の物に触ることができる。しかしこの感覚は直接経験ではない。接触は指で起きているように感じるが実はすべてが脳という管制センターで起きている。
感覚経験はすべて脳という計算する物質内で起こっている。脳は外の世界にアクセスする手段を持っていない。その代わり外からの情報が脳に届く方法が1つだけある。
感覚器官が仲介者として情報を見つけてそれを電気化学信号に変換する。この電気化学信号がニューロンのネットワークを駆け巡る。
見るには目以外のものも必要
五感の中で最たる感覚は視覚である。脳に入る信号は訓練によってのみ理解されるものであり、他の行動や感覚結果からの情報と照合される必要がある。そうして初めて脳は視覚データが実際に何を意味するか解釈できる。
あなたが生まれたときから一切世界と交流できず、感覚情報の意味をフィードバックによって理解できなかったら、理論上、あなたは目が見えない。
薄切りの現実
色は周囲の世界の基本的性質だと考えられている。しかし実際には外部世界に色は存在しない。
私たちは何百万という波長の組み合わせを区別できるが、そのうちのどれかが色になるのは私たちの頭の中だけのことだ。色は波長(可視光線)の解釈であり内部にしか存在しない。
あなたの頭の外の世界は、色がないだけではなく音もない。空気の圧縮と膨張が耳に拾い上げられ電気信号に変換される。そして脳がその信号を音として私たちに示す。
ストーリーテラー
脳は物語を示す。そして人はみな脳が紡ぐ物語をすべて信じる。広大な神経ネットワーク全体を激しく揺らす活動があなたの個人的世界認識の物語に変換される。
さらに妙なことに脳はどれも少しずつ違う物語を紡ぐようだ。ただ1つの現実というものはない。それぞれの脳が独自の真実を伝える。
では、現実とは何なのか。見るだけで消すことができないテレビ番組のようなものだ。ありがたいことに最高に面白い番組を放送している。
💬 錯視の実験や視覚に関する複数の実験の詳細が書かれています。音も光も電気信号として脳に伝達される仕組みは何度説明を聞いても不思議です。色に関しては、私が赤と思っている色が他の人の認識と同じかどうかは知ることはできないのです。でも生活に支障が出ていないのであればおそらく赤はこの色なのでしょう。という認識です。
面白かったのはコラム的に書かれている「脳は都市に似ている」というコーナーです。
脳の全体的な働きは膨大な数のネットワーク化された相互作用から生まれる。という一文で始まります。経済はどこにあるかと言われても見つからないのと同じで脳も相互作用でしかないということです。
最近はナラティブということばを聞くことが多くなりました。この章を読んで改めて感じたことは、幸せや不幸さえも自分で作り出したナラティブであるという考え方は神経科学から考えても心理学でも同じだということです。
第3章 主導権は誰にある?
あなたの行動、信念、そして偏見もすべて、あなたが意識的にアクセスすることができない脳内のネットワークによって決定される。
意識にのぼらないが活動する脳
脳の意識に上らない機能は常に働いているがとてもスムーズに動いているので私たちは通常その営みを自覚しない。
脳の配線にスキルを焼きつける
私たちが新しいスキルを練習するとスキルは、物理的に脳の回路に組み込まれ意識の下に沈む。
自転車に乗ったり、靴紐を結んだりするような物事を自動的に行う長期記憶を「手続き記憶」という。
練習によって繰り返される信号が神経ネットワークを伝わってシナプスを強化し、ひいてはスキルを回路に焼き付ける。
自動操縦で動く
プログラムを脳の構造に焼き付ける能力は、脳の最も強力な特徴の1つである。
専用回路をハードウェアに組み込むことによって、非常に少ないエネルギーで複雑な動きの問題を解決できる。
スキルの自動化には興味深い結末がある。意識が干渉しようとすると大体成績が悪くなるのだ。
意識は傍観者になっているのがベストである場合が多い。仕事の種類によっては意識には追いつけないほどのスピードで無意識の脳が実行するため、現実的にそうするしかないこともある。
💬 以前、仕事でテンキー入力をしていたことがあります。あるとき、新人さんから「右手の小指は使っていますか」と聞かれました。私は小指を使っていなかったのですがその質問をされたことで意識するようになって入力スピードが落ちてしまいました。この章を読んでその時のメカニズムがわかってなんだかスッキリしました。
なぜ私たちに意識があるのか?
自動化されているルーティンから抜け出して意識が関与してくるのは予想外のことが起こったとき、次に何をするべきかを考え出す必要があるときである。
脳はできる限り自動操縦で動こうとするが、思いがけない展開のある世界ではいつもそれができるとは限らない。
争いが生じた状況では決断がくだされなくてはならない。何が最善かを考え出す決断だ。
意識はこの独自の視点を持つシステムであり、これは他のサブシステムにはない。意識は計画を立ててシステム全体のために目標を設定することができる。
自由意志の感覚
私たちは自分に自主性があるように、つまり自由に選択しているように感じる。しかし状況によってはこの自主性の感覚が錯覚であることを実証できる。意識は自分が主導権を握っていると自分に言い聞かせるのが得意なのだ。
私たちの脳は計り知れないほど複雑で相互作用とエネルギーのやり取りから思考、感情、決断を生み出している。
たとえニューロンが単純な物理法則に従っていても、実際には個々人が次に何をするか正確に予測することは常に不可能なのだ。
💬 この章はいくつかの実験を例に説明が続きますが、現在の科学では人間の自由意志について完全な結論を出すのは難しいようです。私たちは「無意識」に支配されているというような表現もあります。しかし予想外のことが起きたときには意識が関与してくるわけですから完全に「無意識」領域に支配されているわけではないはずです。
第4章 私はどうやって決断するのか?
脳は、多義のものを捉えたとき反射的にどちらか一方だけを選択する。
あなたの脳は毎日何千という決定を下しあなたの経験を導いている。何を着るか、誰に電話をするか、何気ないコメントをどう解釈するか、メールに返信するかどうか、いつ出発するか。
このさまざま
な決定が私たちのあらゆる行動と思考を支えている。
あなたの人となりは、生きている間絶えずあなたの頭蓋骨内で繰り広げられる主導権を巡る脳の争い(選択、決定)から生まれる。
脳は対立からつくられたマシン
各ニューロンは何千という他のニューロンとつながっていて、それぞれがさらに他の何千とつながっているので、ループだらけの絡み合う巨大なネットワークが出来上がっている。
ニューロンはすべて、互いを刺激したり抑制したりする化学物質を放出する。
このニューロン連合は個人がオンラインでつながっているのと同じように互いに熱心にコミュニケーションをとっている。
複数の選択肢はとことん争い、勝利したネットワークが次にあなたがやることを決定するのだ。
脳内で進行する対立の結果、私たちは自分と言い争い、自分に毒づき、自分をなだめる。このすべてがあなたで、あなたの異なる部分である。
💬 ここでトロッコ問題が出てきます。2つのシナリオ(解決策)が用意されているという設定で話が進みますが、どちらを選ぶかで計算問題なのか倫理問題なのか違ってきます。当然、このときに使われる脳の領域が変わってきます。さらに理性ネットワークと感情ネットワークの板挟みにもなります。
もしもAIが感情ぬきでトロッコ問題を解決するとしたらどのような選択をするのでしょうか。AIの危険性が少しわかったような 気がします。
続いて、「人生を馬車のようなものと考えよ」という古代ギリシャ人の言葉がでてきます。
私たちは馬車の御者で2頭の馬の手綱を取っている。理性の白い馬と感情の黒い馬、この2頭が反対方向に手綱を引っ張る。あなたの仕事は馬を両方とも御して道の真ん中を歩み続けることだ。
この馬車の話はプラトンが著書『パオドロス』の中で語ったチャリオットの寓話(馬車の比喩)のことだと思います。面白いのは理性のほうに引っ張るのではなくバランスを取って真ん中を進むという点です。
未来への旅
一つひとつの決断には、現在の状況だけでなく、過去の経験、未来に関する予測も関与する。
動物界のあらゆる生き物が報酬を求めるように作られている。
人間の場合、地域社会に評価されてるという非常に抽象的な概念さえも報酬だと思える。
そのため決断を迫られたとき、私たちの脳はさまざまな結果をシミュレーションして、未来の模型を作り出す。私たちは心の中でまだ存在しない世界へ旅することができるのだ。
しかし、未来を正確にシミュレーションして予測することはできないし予測が正しいと知るすべもない。
すべてのシミュレーションの土台は、過去の経験と世の中の仕組みに関する現在のモデルだけである。
周囲のあらゆるものの査定額は変わりやすい。効果的な学習の鍵を握るのは、予測エラー、すなわち予測された選択の結果と実際に生じた結果の差異を追いかけることである。
思っていたより楽しい結果になれば、次にそのような決定をするときの査定額が上がる。脳内には、世界の査定基準を更新し続けることを使命とする小さなシステムがある。
このシステムを構成するのは、ドーパミンと呼ばれる神経伝達物質で情報のやり取りをする中脳内の小さな細胞群である。
予測と現実が一致しないとき、この中脳のドーパミンシステムが査定額を再評価する信号をばら撒く。
この信号は、物事が予測より良かったと伝えるか、または悪かったと伝えるその予測エラー信号のおかげで、脳の他の部位は次回はもっと現実に近づけようと予測を調整できる。
こうしてあなたは、未来についての最適の予測に基づいて決断の優先順位をつけられる。
現在の力
未来についての適切な意思決定をつまずかせるもの、それは現在である。現在と未来のせめぎ合いは私たちの生活のあらゆる側面に影響を及ぼす。
だからこそ自動車ディーラーはあなたに車の試乗をしてほしがり、用品店は服を試着してほしがり、商売人は商品に触れてほしがる。
心の中でのシミュレーションは、今ここにあるものの体験にはかなわない
現在の力に打ち勝つ
人は、未来の自分が悪いことをできないように、今のうちから物事を仕組んでおくことで、現在の誘惑を退けることができる。
より賢い決定を下すためには己を知るだけでなく、あらゆる場面の己を知ることが重要である。
意思決定の目に見えないメカニズム
適切な意思決定ができるときもあれば後悔するような場合もある。それはあなたの体の変動要因に左右されその状態は一時間ごとに変化する可能性があるからだ。
つまり、他のニーズの重要性が増すにつれ決定の優先順位が変わる。
意志力は有限の資源であり燃料タンクと同じように中身が乏しくなっていく。従来、人間は合理的な意思決定者であるとみなされている。情報を取り込み、処理し、適切な答えや解決策を出す。しかし現実の人間はそのようには動かない。
決断と社会
人はそれぞれ自分なりに衝動を抑制しようと苦労する。
しかし極端な場合、最終的にその場の衝動的渇望の奴隷になってしまう恐れがある。
法律を犯した人の多くは行為の善悪の区別はつくし刑罰の脅威も理解しているが、衝動を抑制できなくて挫折する。
意思決定はすべての核にある。私たちは何者か、何をするか、周囲の世界をどう知覚するか、別の道を比較する能力がなければ私たちは最も基本的な欲求に身を委ねることになる。
アイデンティティは1つでも心は1つだけではない。あなたは競い合うさまざまな欲求の寄せ集めなのだ。
脳内で選択肢がどう勝負をつけるかを理解することによって、私たちは自分自身のために、そして社会のためにより適切な決断を下せるようになる。
💬 この章は特別ページ数が多いわけではないのですが内容が詰まっている感じです。欲求について神経科学の観点から考えてみると、決断とは「何をしないか」を決めることのように感じます。哲学や倫理問題が取り上げられている点もこの章が身近に感じるポイントなのでしょう。
第5章 私にあなたは必要か?
自分の半分は他人
・ネットワーク
社会的結合はすべて脳内の特定の回路によって生まれる。人とコミュニケーションをとり、人の痛みを感じ、人の意図を判断し、人の感情を読み取る広大なネットワークである。
・物語
私たちはアニメ映画のキャラクターでさえも私たちと同じなのだと思い込み、その突飛な行動に笑ったり泣いたりすることができる。
周囲の微妙な信号
・ミラーリング
そうするつもりはなくても、人は互いの真似をする。無意識に自分の顔の筋肉を使って、自分が見ている表情を真似るのだ。笑顔は笑顔で再現される。
自動ミラーリングのおかげで、相手が感じていそうなことを素早く推定できる。相手の行動をうまく予測するための効果的な芸当である。
共感の喜びと悲しみ
・痛み関連領域
誰かが痛がっているのを見るとあなたの痛み関連領域の大半が活性化する。これが共感の基盤である。
他人に共感することは、文字通りその痛みを感じることだ。自分がその状況にいたらどういうふうになるかシミュレーションを実行する。
私たちは普段他人のことを自分の立場から自分にできることの観点で解釈をする。私たちは、他人を真似し、他人とつながり、他人を気にかけずにはいられない。なぜなら、生まれつき社会的な生き物だからである。
・拒絶
脳にとって社会的拒絶はとても重要なので痛みを与える。
痛みは他者との交流や他者による受容へと私たちを導くメカニズムなのである。生来の神経機構は、私たちを他者とのきずな形成に向かわせグループ作りを促す。
適者生存を超えて
・集団淘汰
人は血縁関係の有無に関わらず集まって協力する。その見解が集団淘汰という考えにつながる。
集団が協力する人々だけで構成されていれば、集団内の全員が一層幸せになり、一丸となって生き残るために助け合える。
・真社会性
他者ときずなを結ぼうとする欲求は真社会性と呼ばれ、血縁の有無に関わりなく緊密で絶対的な一体感を生み、そのおかげで部族集団、そして国家が築かれる。
人間は大体において競争心があって個人主義だが、集団の利益のために協力している時間がかなりあるのも事実だ。
・外集団
人々は地球の至るところで、無防備で直接の脅威にはならない集団にさえ暴力を振るっている。
どうして人間の相互作用に危険な変化が起こるのだろう。なぜ大虐殺は地球のいたるところで起こり続けるのだろう。
従来私たちは、戦争や虐殺を歴史と経済学と政治学に照らして考察してきた。しかし全体像をつかむためには、それを神経の作用として理解する必要もある。
・E症候群
E症候群は、情緒反応の低下のせいで人は暴力行為をくり返すというものである。
神経外科医のイツハク・フリードは世界中の暴力事件を見渡すと、同じ特徴が見つかると指摘している。
過覚醒も症状のひとつであり、この症候群は集団伝染する。
言語や記憶や問題解決のような他の脳機能は無事であり、感情と共感に関与する領域だけに変化がおきてその領域が意思決定に関与しなくなっている。
他人の立場になるとどうかを感情的に検討するネットワークは働かない。これは良心の離脱と同じである。
・非人間化
人の脳は、自分の内集団の人が痛い思いをするのを見ると大きな共感反応を示し、外集団のメンバーの場合はあまり反応しない。
しかし、暴力や大虐殺のようなものを理解するためには、もう一歩掘り下げて非人間化という心の作用を考察する必要がある。
他人と交流しているときや他人のことを考えるときに活性化する内側前頭前皮質は、無生物を扱っているときには活動しない。
人を人としてきちんと識別しなければ人間のためのものである道徳的ルールは当てはまらない。大虐殺が起こりうるのは非人間化が大規模に広まるときだけであり、そのためにうってつけのツールがプロパガンダである。
このような人間の行動の解決策は、人間として最も重要なことである他者視点の取得である。
教育は大虐殺を防ぐのに重要な役割を果たす。内集団と外集団を形成したいという神経の欲求、そしてこの要求をプロパガンダで煽る計略が理解されない限り大規模な残虐行為を生む非人間化への道を断ち切ることは望めない。
💬 この章の前半はミラーリングなど心理学でも扱われることが多い内容です。ここでもナラティブが出てきます。後半は戦争や虐殺を神経科学の視点から解説しています。急に深刻な問題が出てきて戸惑いますが非常に重要なことが書かれています。
「夜と霧」や遠藤周作さんの「海と毒薬」を読んだときに、なぜ人はこんなに流されて一気に悪いほうに進んでしまうのかと悲しくなりました。この章では科学的にそのような現象を解明しています。フィクションの世界でさえも共感してしまう一方で身近な人々を人として扱えていない可能性もあるというのは恐ろしいことです。
第6章 私たちは何ものになるのか?
人間の体は、複雑さ美しさの最高傑作であるが限界はある。
しかし、もし脳が新しい種類の入力データを理解でき、新しい種類の手足をコントロールできたらどうだろう。
人類の歴史は今、生物学とテクノロジーの融合によって脳の限界が超越される瞬間にある。
将来、人類はどうなっているのだろう。
・脳の可塑性
私たちの成功と未来のチャンスを理解するための鍵は、脳の可塑性と呼ばれる教育的な調整能力である。
脳は手近にある入力、出力、そして課題に適用するため自らの配線をやり直し自分自身の回路を再設定する。
この脳の可塑性が、テクノロジーと生物学の新たな融合を可能にする。
・人工の聴覚
人工内耳は、外部マイクロホンが音声を拾い、デジタル化し、16個のごく小さな電極を用いて聴覚神経に伝える。しかし、すぐに聞こえるようにはならない。脳に供給される信号は馴染みのない方言なのでその解釈を覚えなくてはならない。
・人工の網膜
カメラからの信号をデジタル化し、目の後ろの視神経につながれているグリッド電極に送る。
周辺装置にプラグイン
マシンを体に直接つなぐ技術は着実に向上している。 脳は大雑把な非生物的信号を解釈できるようになることがわかっている。
最初のうち電気信号は理解不能だが、やがて神経ネットワークは入ってくるデータのパターンを抽出して他の感覚と相互参照する。そして数週間後、情報が意味を持つようになる。
超感覚的未来
・プラグ・アンド・プレイ
プラグ・アンド・プレイとは、パソコンに周辺機器を接続した際、OSが自動で認識して設定を行う仕組みのこと
私たちの感覚の入口はプラグ・アンド・プレイの周辺装置と同じである。重要なのは、脳はデータがどこから来ているかを知らず気にもしないことだ。
私たちのセンサーは交換できる装置にすぎない。進化は脳を再設計する必要はなく周辺装置さえ再設計すれば脳がその利用方法を考え出す。
・感覚代行
触覚を通じての視覚のように、普通でない経路で感覚情報を供給することを指す。脳はその情報をどうすべきかを考え出す。なぜなら脳はデータがどうやって入ってきたかを気にしないからだ。
・多様な感覚外の変換器(Variable Extra-Sensory Transducer 略してVEST)
VESTは服の下に目立たないように装着するごく小さな振動モーターで覆われているウェアラブル技術のことである。
VESTは→周囲からの音を捉えて胴体全体を覆っている小さな振動モーターにマッピングする。→モーターは音の周波数に従ったパターンで動く。→音は動く振動パターンになる。→訓練すると、脳はそのデータをどうすべきかを考え出す。→胴体に伝わる複雑なパターンを翻訳して話しかけられた言語の言葉の意味がわかるようになる。
人工内耳と違って、手術は必要ない。さらにコストは20分の1以下なので、世界的な解決策になり得る。さらなる展望として、VESTは音だけでなくあらゆる種類の情報ストリーミングを脳に伝えるプラットフォームの役割を果たせるだろう。
💬 私は数年間、要約筆記者として聴覚障害者のサポート活動をしていました。そのときに人工内耳の手術を受ける人が増えていることを知りました。しかし聴覚障害者が1人で入院して手術を受けることには困難が伴い、マッピングは想像以上に大変だそうです。術後数年が経過してもあまり聞き取れないというかたの話も聞いたことがあります。コストもかからず人工内耳よりも便利なツールが研究されているのは素晴らしいことだと思います。
未来へ
これから数年のうちに、私たちは現在の理論や枠組みでは説明できないほど、人間の脳についていろいろと発見するだろう。
今のところ謎だらけだが、まだ気づいていない謎もたくさんあるはずだ。
💬 最後の章は人体の超低温冷凍保存や人間の脳のワーキングコピー、人工知能などの話が続きます。SFの世界と感じてしまうようなスケールの大きな話です。興味のある方はぜひ本書を手に取って読んでみていただきたいと思います。
