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【あなたの脳のはなし】

神経科学者が解き明かす意識の謎



デイヴィッド ・イーグルマン(著)
1971年生まれ。スタンフォード大学で「脳の可塑性」講座を教える神経科学者。
エミー賞にノミネートされたテレビシリーズ「The Brain」の生みの親。
カリフォルニア州パロアルト在住。

2026/010/07
本書の原題は『The Brain』…まさしく脳についての本です。

アメリカ、イギリス、オーストラリアで放送されたテレビシリーズ(1話1時間で計6話)の書籍版ということが訳者あとがきに書かれています。一般視聴者向けでテンポが良いと評されているようです。

私はテレビ番組の書籍版であることを知らずに読んでしまいました。そのため、各章はそれぞれに面白いのに、章が変わると唐突に話題が変わって理解しにくい印象でした。

しかし、だからこそポイントの把握のために読書メモを作成しブログとしてここに存在しているわけです。ポイントを理解したあとはもう一度最初から読んで面白さを再確認しました。

ざっくりとした内容は次のとおりです。

第1章は私たちが1人の人間として存在していられるのは脳が記憶している経験によるものだ、という立場で脳の成長過程が語られています。

第2章では私たちの知覚(五感)と現実、脳の作り出す物語についてです。

第3章は自動操縦の脳と意識について。

第4章は決断について書かれています。

脳の構造だけではなく、人間の欲望と理性、感情の必要性について哲学的な側面にまで踏み込んで書かれているのが第4章です。この部分が本書の柱になるでのはないかと私は感じています。

第5章はミラーリングと共感、第6章は未来への展望です。

特に脳の可塑性や感覚代行、テクノロジーと生物学の新たな融合という話は興味深い内容です。聴覚の代わりに音を振動センサーで感知するウェアラブル技術の研究は素晴らしい技術だと思います。



以上が大雑把な本書の構成ですが、このブログでは要点をまとめながらレビューを書いていきます。残念ながら実験の詳細やテレビ番組としての面白さを伝える図解を示すことはできません。図が豊富であることも本書の特徴です。興味のあるかたは本書を実際に手に取って見ていただくしかないと思います。

※ニューロンに関する詳細な説明は本書には書かれていません。同じ著者の前書『あなたの知らない脳』を参考にしてください。また、このブログで以前に取り上げた「こころ」はいかにして生まれるのか  の図の中にも説明があります。


それでは、第1章から要点のまとめに入っていこうと思います。

💬マークのついている部分は個人的な感想や印象的だったエピソードなどをピックアップして書いています。




   第1章 私は何ものか?  


私たちの思考や夢、記憶や経験はすべて神経物質から生まれる。ほんの少しでも脳が傷つけば、あなたの人となりが根本的に変わる可能性がある。

どうしてそんなことが起こり得るかを理解するために、順を追って検討をしていく。

未完成で生まれる
私たち人間は生まれたときは無力であるが、他の哺乳動物は生まれてすぐに驚くほど自立している。

動物の赤ちゃんが急速に発育するのは、その脳がほとんどあらかじめプログラムされたルーティンに従って配線されているからだ。

しかし、あらかじめ準備された脳を持って生まれるというこの戦略は、生態系の特定の適所内では有効だが動物がその適所の外に出ると健康に育つ確率は低い。

それに引き換え、人間の脳は人生経験の一つひとつによって形成されていく。


幼少期の刈り込み
赤ん坊のニューロンは生後2年間で感覚情報を取り込むうちに驚くほどのスピードでつながっていく。

2歳までに子どものシナプスの数は100兆以上になる。これは大人の2倍であるが大人になっていく過程でシナプスの半分が除去される。

あなたがあなたになっていく過程の特徴は、既にあった可能性を削ぎ落とすことである。幼少期を通して周囲の環境が人の脳に磨きをかける。

つまり、子どもが養われて面倒を見てもらえる環境(心のケアと認知刺激がある環境)が与えられなければ、脳は正常に発育できない。

10代の時期
10代は重要な神経の再編成と変化の時期である。成人と10代ではなぜ違うのか。その答えは内側前頭前皮質と呼ばれる脳の領域に関係する。内側前頭前皮質は自己にとっての心理的重要性を考えるときに活発になる。

青年期には自分について考えること、いわゆる自己評価の優先度が高い。それに引き換え成人の脳は新しい靴を履きなれるように知識に慣れていく。

成人期の可塑性
25歳になるまでに幼少期と青年期の脳の変化はようやく終わる。しかし成人期でも脳は変化を続ける。

脳の隆起とくぼみの形は大体どんな人でもあまり変わらないが、もっと細かい部分には個人特有のものが反映されている。

あなたが経験してきたことすべてがあなたの神経系に足跡を残している。このようなごく小さな傷跡が蓄積してあなたの人となりを作り、あなたがどういう人になるかを左右する。

💬 未完成で生まれるからこそ人間の脳は柔軟だという考え方に驚きました。他の動物に比べて人間は成長が遅くて未熟だというネガティブな受け止め方のほうが今までは多かったような印象です。

幼少期の周囲の環境の重要性は共感できる内容です。子どもだから仕方がないとすべてを許す「行き過ぎた」叱らない子育てが、わりと流行していることに疑問を感じている人は多いと思います。

具体例としてルーマニアの孤児院から3人の孤児を養子にした医師の話が出てきます。施設で育った3人の子は人との正常な交流が欠如していたことから、脳が発育不全に陥って自分たちだけの独自の言語しか話せなかったそうです。


私は私の記憶の総和なのか?
私たちの脳と体は生きている間に大きく変わる。赤血球は4ヶ月で皮膚細胞は2~3週間で入れ替わる。

あなたの体のあらゆる原子が約7年で別の原子と入れ替わる。物理的にはあなたは常に新しいあなただ。

さいわい、その異なるバージョンのあなた自身すべてをつなげる不変なものが1つある。それは記憶だ。

しかし、記憶は本人が期待しているほど鮮明ではない。あなたは自分の現在で過去を歪めてしまう。

人から聞いた話が元になっている記憶もあれば、起こったはずだと思うことが盛り込まれている記憶もある。

したがって自分は何者かという問いに対して記憶だけに基づいて答えるなら、あなたのアイデンティティは現在進行中ですぐに変わるおかしな物語のようになる。

私は知覚している
私は自分の存在を感じる。私はここにいると感じていてこの目を通して世界を眺め、その華やかな手法を自分中心の立場から知覚している。

目覚めているときは意識があり、深い眠りについているときはそれがない。

目覚めているときは何十億というニューロンが互いに複雑なやり取りをし眠ると活動を停止するように見える。しかし脳は夜でも日中と同じぐらい活動しているのだ。睡眠中はニューロンの連動方法が変わってもっとリズミカルな状態に入る。

ある瞬間にあなたが何者であるかはニューロンの発火の細かいリズムに左右される。日中は意識のあるあなたが統合された複雑な神経から現れる。夜、ニューロンのやり取りが少し変わるとあなたは消える。このようにあなたが何者であるかは一瞬一瞬ニューロンがどうしているかによって変わる。

脳は雪の結晶のよう
ニューロンとネットワークの構造や脳の領域についてはかなりわかっているが、そこを流れているすべての信号がなぜ私たちにとって意味があるのかわかっていない。

しかし、私はこう言えると思っている。

具体的な意味はあなたの過去の経験にある。あなたは物体をありのまま知覚するのではなく、あなたなりに知覚するのだ。

私たち一人ひとりは自分自身の道をたどっていて、ハンドルを握っているのは自分の遺伝子と経験であり、その結果あらゆる脳が異なる内面世界を持っている。雪の結晶と同様、脳にも同じものは2つとない。

💬 人生とはこれまで経験したエピソードの中から重要なものだけをつないだ記憶から出来上がっている物語だ、と私は理解しています。この章の後半もほぼそのような認識で間違いないと思います。

しかしその記憶がどのくらい正確なのかという点では危ういものだということです。認知症がなぜ周囲を巻き込んで不幸に向かっていくのかも理解できる内容です。

 

  第2章 現実とは何か?  


現実確認
人は物理的世界の物に触ることができる。しかしこの感覚は直接経験ではない。接触は指で起きているように感じるが実はすべてが脳という管制センターで起きている。

感覚経験はすべて脳という計算する物質内で起こっている。脳は外の世界にアクセスする手段を持っていない。その代わり外からの情報が脳に届く方法が1つだけある。

感覚器官が仲介者として情報を見つけてそれを電気化学信号に変換する。この電気化学信号がニューロンのネットワークを駆け巡る。

見るには目以外のものも必要
五感の中で最たる感覚は視覚である。脳に入る信号は訓練によってのみ理解されるものであり、他の行動や感覚結果からの情報と照合される必要がある。そうして初めて脳は視覚データが実際に何を意味するか解釈できる。

あなたが生まれたときから一切世界と交流できず、感覚情報の意味をフィードバックによって理解できなかったら、理論上、あなたは目が見えない。

薄切りの現実
色は周囲の世界の基本的性質だと考えられている。しかし実際には外部世界に色は存在しない。

私たちは何百万という波長の組み合わせを区別できるが、そのうちのどれかが色になるのは私たちの頭の中だけのことだ。色は波長(可視光線)の解釈であり内部にしか存在しない。

あなたの頭の外の世界は、色がないだけではなく音もない。空気の圧縮と膨張が耳に拾い上げられ電気信号に変換される。そして脳がその信号を音として私たちに示す。

ストーリーテラー
脳は物語を示す。そして人はみな脳が紡ぐ物語をすべて信じる。広大な神経ネットワーク全体を激しく揺らす活動があなたの個人的世界認識の物語に変換される。

さらに妙なことに脳はどれも少しずつ違う物語を紡ぐようだ。ただ1つの現実というものはない。それぞれの脳が独自の真実を伝える。

では、現実とは何なのか。見るだけで消すことができないテレビ番組のようなものだ。ありがたいことに最高に面白い番組を放送している。

💬 錯視の実験や視覚に関する複数の実験の詳細が書かれています。音も光も電気信号として脳に伝達される仕組みは何度説明を聞いても不思議です。色に関しては、私が赤と思っている色が他の人の認識と同じかどうかは知ることはできないのです。でも生活に支障が出ていないのであればおそらく赤はこの色なのでしょう。という認識です。

面白かったのはコラム的に書かれている「脳は都市に似ている」というコーナーです。
脳の全体的な働きは膨大な数のネットワーク化された相互作用から生まれる。という一文で始まります。経済はどこにあるかと言われても見つからないのと同じで脳も相互作用でしかないということです。

最近はナラティブということばを聞くことが多くなりました。この章を読んで改めて感じたことは、幸せや不幸さえも自分で作り出したナラティブであるという考え方は神経科学から考えても心理学でも同じだということです。

 

  第3章 主導権は誰にある?  


あなたの行動、信念、そして偏見もすべて、あなたが意識的にアクセスすることができない脳内のネットワークによって決定される。

意識にのぼらないが活動する脳
脳の意識に上らない機能は常に働いているがとてもスムーズに動いているので私たちは通常その営みを自覚しない。

脳の配線にスキルを焼きつける
私たちが新しいスキルを練習するとスキルは、物理的に脳の回路に組み込まれ意識の下に沈む。

自転車に乗ったり、靴紐を結んだりするような物事を自動的に行う長期記憶を「手続き記憶」という。

練習によって繰り返される信号が神経ネットワークを伝わってシナプスを強化し、ひいてはスキルを回路に焼き付ける。

自動操縦で動く
プログラムを脳の構造に焼き付ける能力は、脳の最も強力な特徴の1つである。

専用回路をハードウェアに組み込むことによって、非常に少ないエネルギーで複雑な動きの問題を解決できる。

スキルの自動化には興味深い結末がある。意識が干渉しようとすると大体成績が悪くなるのだ。

意識は傍観者になっているのがベストである場合が多い。仕事の種類によっては意識には追いつけないほどのスピードで無意識の脳が実行するため、現実的にそうするしかないこともある。

💬 以前、仕事でテンキー入力をしていたことがあります。あるとき、新人さんから「右手の小指は使っていますか」と聞かれました。私は小指を使っていなかったのですがその質問をされたことで意識するようになって入力スピードが落ちてしまいました。この章を読んでその時のメカニズムがわかってなんだかスッキリしました。


なぜ私たちに意識があるのか?
自動化されているルーティンから抜け出して意識が関与してくるのは予想外のことが起こったとき、次に何をするべきかを考え出す必要があるときである。

脳はできる限り自動操縦で動こうとするが、思いがけない展開のある世界ではいつもそれができるとは限らない。

争いが生じた状況では決断がくだされなくてはならない。何が最善かを考え出す決断だ。

意識はこの独自の視点を持つシステムであり、これは他のサブシステムにはない。意識は計画を立ててシステム全体のために目標を設定することができる。

自由意志の感覚
私たちは自分に自主性があるように、つまり自由に選択しているように感じる。しかし状況によってはこの自主性の感覚が錯覚であることを実証できる。意識は自分が主導権を握っていると自分に言い聞かせるのが得意なのだ。

私たちの脳は計り知れないほど複雑で相互作用とエネルギーのやり取りから思考、感情、決断を生み出している。

たとえニューロンが単純な物理法則に従っていても、実際には個々人が次に何をするか正確に予測することは常に不可能なのだ。

💬 この章はいくつかの実験を例に説明が続きますが、現在の科学では人間の自由意志について完全な結論を出すのは難しいようです。私たちは「無意識」に支配されているというような表現もあります。しかし予想外のことが起きたときには意識が関与してくるわけですから完全に「無意識」領域に支配されているわけではないはずです。


  第4章 私はどうやって決断するのか?  


脳は、多義のものを捉えたとき反射的にどちらか一方だけを選択する。

あなたの脳は毎日何千という決定を下しあなたの経験を導いている。何を着るか、誰に電話をするか、何気ないコメントをどう解釈するか、メールに返信するかどうか、いつ出発するか。

このさまざま
な決定が私たちのあらゆる行動と思考を支えている。

あなたの人となりは、生きている間絶えずあなたの頭蓋骨内で繰り広げられる主導権を巡る脳の争い(選択、決定)から生まれる。

脳は対立からつくられたマシン
各ニューロンは何千という他のニューロンとつながっていて、それぞれがさらに他の何千とつながっているので、ループだらけの絡み合う巨大なネットワークが出来上がっている。

ニューロンはすべて、互いを刺激したり抑制したりする化学物質を放出する。

このニューロン連合は個人がオンラインでつながっているのと同じように互いに熱心にコミュニケーションをとっている。

複数の選択肢はとことん争い、勝利したネットワークが次にあなたがやることを決定するのだ。

脳内で進行する対立の結果、私たちは自分と言い争い、自分に毒づき、自分をなだめる。このすべてがあなたで、あなたの異なる部分である。


💬 ここでトロッコ問題が出てきます。2つのシナリオ(解決策)が用意されているという設定で話が進みますが、どちらを選ぶかで計算問題なのか倫理問題なのか違ってきます。当然、このときに使われる脳の領域が変わってきます。さらに理性ネットワークと感情ネットワークの板挟みにもなります。

もしもAIが感情ぬきでトロッコ問題を解決するとしたらどのような選択をするのでしょうか。AIの危険性が少しわかったような 気がします。


続いて、「人生を馬車のようなものと考えよ」という古代ギリシャ人の言葉がでてきます。

私たちは馬車の御者で2頭の馬の手綱を取っている。理性の白い馬と感情の黒い馬、この2頭が反対方向に手綱を引っ張る。あなたの仕事は馬を両方とも御して道の真ん中を歩み続けることだ。
 
この馬車の話はプラトンが著書『パオドロス』の中で語ったチャリオットの寓話(馬車の比喩)のことだと思います。面白いのは理性のほうに引っ張るのではなくバランスを取って真ん中を進むという点です。



未来への旅
一つひとつの決断には、現在の状況だけでなく、過去の経験、未来に関する予測も関与する。

動物界のあらゆる生き物が報酬を求めるように作られている。

人間の場合、地域社会に評価されてるという非常に抽象的な概念さえも報酬だと思える。

そのため決断を迫られたとき、私たちの脳はさまざまな結果をシミュレーションして、未来の模型を作り出す。私たちは心の中でまだ存在しない世界へ旅することができるのだ。

しかし、未来を正確にシミュレーションして予測することはできないし予測が正しいと知るすべもない。

すべてのシミュレーションの土台は、過去の経験と世の中の仕組みに関する現在のモデルだけである。

周囲のあらゆるものの査定額は変わりやすい。効果的な学習の鍵を握るのは、予測エラー、すなわち予測された選択の結果と実際に生じた結果の差異を追いかけることである。

思っていたより楽しい結果になれば、次にそのような決定をするときの査定額が上がる。脳内には、世界の査定基準を更新し続けることを使命とする小さなシステムがある。

このシステムを構成するのは、ドーパミンと呼ばれる神経伝達物質で情報のやり取りをする中脳内の小さな細胞群である。

予測と現実が一致しないとき、この中脳のドーパミンシステムが査定額を再評価する信号をばら撒く。

この信号は、物事が予測より良かったと伝えるか、または悪かったと伝えるその予測エラー信号のおかげで、脳の他の部位は次回はもっと現実に近づけようと予測を調整できる。

こうしてあなたは、未来についての最適の予測に基づいて決断の優先順位をつけられる。

現在の力
未来についての適切な意思決定をつまずかせるもの、それは現在である。現在と未来のせめぎ合いは私たちの生活のあらゆる側面に影響を及ぼす。

だからこそ自動車ディーラーはあなたに車の試乗をしてほしがり、用品店は服を試着してほしがり、商売人は商品に触れてほしがる。

心の中でのシミュレーションは、今ここにあるものの体験にはかなわない

現在の力に打ち勝つ
人は、未来の自分が悪いことをできないように、今のうちから物事を仕組んでおくことで、現在の誘惑を退けることができる。

より賢い決定を下すためには己を知るだけでなく、あらゆる場面の己を知ることが重要である。

意思決定の目に見えないメカニズム
適切な意思決定ができるときもあれば後悔するような場合もある。それはあなたの体の変動要因に左右されその状態は一時間ごとに変化する可能性があるからだ。

つまり、他のニーズの重要性が増すにつれ決定の優先順位が変わる。

意志力は有限の資源であり燃料タンクと同じように中身が乏しくなっていく。従来、人間は合理的な意思決定者であるとみなされている。情報を取り込み、処理し、適切な答えや解決策を出す。しかし現実の人間はそのようには動かない。

決断と社会
人はそれぞれ自分なりに衝動を抑制しようと苦労する。

しかし極端な場合、最終的にその場の衝動的渇望の奴隷になってしまう恐れがある。

法律を犯した人の多くは行為の善悪の区別はつくし刑罰の脅威も理解しているが、衝動を抑制できなくて挫折する。

意思決定はすべての核にある。私たちは何者か、何をするか、周囲の世界をどう知覚するか、別の道を比較する能力がなければ私たちは最も基本的な欲求に身を委ねることになる。

アイデンティティは1つでも心は1つだけではない。あなたは競い合うさまざまな欲求の寄せ集めなのだ。

脳内で選択肢がどう勝負をつけるかを理解することによって、私たちは自分自身のために、そして社会のためにより適切な決断を下せるようになる。

💬 この章は特別ページ数が多いわけではないのですが内容が詰まっている感じです。欲求について神経科学の観点から考えてみると、決断とは「何をしないか」を決めることのように感じます。哲学や倫理問題が取り上げられている点もこの章が身近に感じるポイントなのでしょう。


  第5章 私にあなたは必要か?  


自分の半分は他人
・ネットワーク
社会的結合はすべて脳内の特定の回路によって生まれる。人とコミュニケーションをとり、人の痛みを感じ、人の意図を判断し、人の感情を読み取る広大なネットワークである。

・物語
私たちはアニメ映画のキャラクターでさえも私たちと同じなのだと思い込み、その突飛な行動に笑ったり泣いたりすることができる。

周囲の微妙な信号
・ミラーリング
そうするつもりはなくても、人は互いの真似をする。無意識に自分の顔の筋肉を使って、自分が見ている表情を真似るのだ。笑顔は笑顔で再現される。

自動ミラーリングのおかげで、相手が感じていそうなことを素早く推定できる。相手の行動をうまく予測するための効果的な芸当である。

共感の喜びと悲しみ
・痛み関連領域
誰かが痛がっているのを見るとあなたの痛み関連領域の大半が活性化する。これが共感の基盤である。

他人に共感することは、文字通りその痛みを感じることだ。自分がその状況にいたらどういうふうになるかシミュレーションを実行する。

私たちは普段他人のことを自分の立場から自分にできることの観点で解釈をする。私たちは、他人を真似し、他人とつながり、他人を気にかけずにはいられない。なぜなら、生まれつき社会的な生き物だからである。

・拒絶
脳にとって社会的拒絶はとても重要なので痛みを与える。

痛みは他者との交流や他者による受容へと私たちを導くメカニズムなのである。生来の神経機構は、私たちを他者とのきずな形成に向かわせグループ作りを促す。

適者生存を超えて
・集団淘汰
人は血縁関係の有無に関わらず集まって協力する。その見解が集団淘汰という考えにつながる。

集団が協力する人々だけで構成されていれば、集団内の全員が一層幸せになり、一丸となって生き残るために助け合える。

・真社会性
他者ときずなを結ぼうとする欲求は真社会性と呼ばれ、血縁の有無に関わりなく緊密で絶対的な一体感を生み、そのおかげで部族集団、そして国家が築かれる。

人間は大体において競争心があって個人主義だが、集団の利益のために協力している時間がかなりあるのも事実だ。

・外集団
人々は地球の至るところで、無防備で直接の脅威にはならない集団にさえ暴力を振るっている。

どうして人間の相互作用に危険な変化が起こるのだろう。なぜ大虐殺は地球のいたるところで起こり続けるのだろう。

従来私たちは、戦争や虐殺を歴史と経済学と政治学に照らして考察してきた。しかし全体像をつかむためには、それを神経の作用として理解する必要もある。

・E症候群
E症候群は、情緒反応の低下のせいで人は暴力行為をくり返すというものである。

神経外科医のイツハク・フリードは世界中の暴力事件を見渡すと、同じ特徴が見つかると指摘している。

過覚醒も症状のひとつであり、この症候群は集団伝染する。

言語や記憶や問題解決のような他の脳機能は無事であり、感情と共感に関与する領域だけに変化がおきてその領域が意思決定に関与しなくなっている。

他人の立場になるとどうかを感情的に検討するネットワークは働かない。これは良心の離脱と同じである。

・非人間化
人の脳は、自分の内集団の人が痛い思いをするのを見ると大きな共感反応を示し、外集団のメンバーの場合はあまり反応しない。

しかし、暴力や大虐殺のようなものを理解するためには、もう一歩掘り下げて非人間化という心の作用を考察する必要がある。

他人と交流しているときや他人のことを考えるときに活性化する内側前頭前皮質は、無生物を扱っているときには活動しない。

人を人としてきちんと識別しなければ人間のためのものである道徳的ルールは当てはまらない。大虐殺が起こりうるのは非人間化が大規模に広まるときだけであり、そのためにうってつけのツールがプロパガンダである。

このような人間の行動の解決策は、人間として最も重要なことである他者視点の取得である。

教育は大虐殺を防ぐのに重要な役割を果たす。内集団と外集団を形成したいという神経の欲求、そしてこの要求をプロパガンダで煽る計略が理解されない限り大規模な残虐行為を生む非人間化への道を断ち切ることは望めない。

💬 この章の前半はミラーリングなど心理学でも扱われることが多い内容です。ここでもナラティブが出てきます。後半は戦争や虐殺を神経科学の視点から解説しています。急に深刻な問題が出てきて戸惑いますが非常に重要なことが書かれています。
 
「夜と霧」や遠藤周作さんの「海と毒薬」を読んだときに、なぜ人はこんなに流されて一気に悪いほうに進んでしまうのかと悲しくなりました。この章では科学的にそのような現象を解明しています。フィクションの世界でさえも共感してしまう一方で身近な人々を人として扱えていない可能性もあるというのは恐ろしいことです。 


 第6章 私たちは何ものになるのか?  


人間の体は、複雑さ美しさの最高傑作であるが限界はある。

しかし、もし脳が新しい種類の入力データを理解でき、新しい種類の手足をコントロールできたらどうだろう。

人類の歴史は今、生物学とテクノロジーの融合によって脳の限界が超越される瞬間にある。

将来、人類はどうなっているのだろう。

・脳の可塑性
私たちの成功と未来のチャンスを理解するための鍵は、脳の可塑性と呼ばれる教育的な調整能力である。

脳は手近にある入力、出力、そして課題に適用するため自らの配線をやり直し自分自身の回路を再設定する。

この脳の可塑性が、テクノロジーと生物学の新たな融合を可能にする。

・人工の聴覚
人工内耳は、外部マイクロホンが音声を拾い、デジタル化し、16個のごく小さな電極を用いて聴覚神経に伝える。しかし、すぐに聞こえるようにはならない。脳に供給される信号は馴染みのない方言なのでその解釈を覚えなくてはならない。

・人工の網膜
カメラからの信号をデジタル化し、目の後ろの視神経につながれているグリッド電極に送る。

周辺装置にプラグイン
マシンを体に直接つなぐ技術は着実に向上している。 脳は大雑把な非生物的信号を解釈できるようになることがわかっている。

最初のうち電気信号は理解不能だが、やがて神経ネットワークは入ってくるデータのパターンを抽出して他の感覚と相互参照する。そして数週間後、情報が意味を持つようになる。
                       
超感覚的未来
・プラグ・アンド・プレイ
プラグ・アンド・プレイとは、パソコンに周辺機器を接続した際、OSが自動で認識して設定を行う仕組みのこと

私たちの感覚の入口はプラグ・アンド・プレイの周辺装置と同じである。重要なのは、脳はデータがどこから来ているかを知らず気にもしないことだ。

私たちのセンサーは交換できる装置にすぎない。進化は脳を再設計する必要はなく周辺装置さえ再設計すれば脳がその利用方法を考え出す。

・感覚代行
触覚を通じての視覚のように、普通でない経路で感覚情報を供給することを指す。脳はその情報をどうすべきかを考え出す。なぜなら脳はデータがどうやって入ってきたかを気にしないからだ。

・多様な感覚外の変換器(Variable Extra-Sensory Transducer 略してVEST)
VESTは服の下に目立たないように装着するごく小さな振動モーターで覆われているウェアラブル技術のことである。
VESTは
→周囲からの音を捉えて胴体全体を覆っている小さな振動モーターにマッピングする。
→モーターは音の周波数に従ったパターンで動く。
→音は動く振動パターンになる。
→訓練すると、脳はそのデータをどうすべきかを考え出す。
→胴体に伝わる複雑なパターンを翻訳して話しかけられた言語の言葉の意味がわかるようになる。
人工内耳と違って、手術は必要ない。さらにコストは20分の1以下なので、世界的な解決策になり得る。さらなる展望として、VESTは音だけでなくあらゆる種類の情報ストリーミングを脳に伝えるプラットフォームの役割を果たせるだろう。

💬 私は数年間、要約筆記者として聴覚障害者のサポート活動をしていました。そのときに人工内耳の手術を受ける人が増えていることを知りました。しかし聴覚障害者が1人で入院して手術を受けることには困難が伴い、マッピングは想像以上に大変だそうです。術後数年が経過してもあまり聞き取れないというかたの話も聞いたことがあります。コストもかからず人工内耳よりも便利なツールが研究されているのは素晴らしいことだと思います。
 

未来へ
これから数年のうちに、私たちは現在の理論や枠組みでは説明できないほど、人間の脳についていろいろと発見するだろう。

今のところ謎だらけだが、まだ気づいていない謎もたくさんあるはずだ。


💬 最後の章は人体の超低温冷凍保存や人間の脳のワーキングコピー、人工知能などの話が続きます。SFの世界と感じてしまうようなスケールの大きな話です。興味のある方はぜひ本書を手に取って読んでみていただきたいと思います。












【ワシントン・ポー&ティリー】




※2026年9月1日 7作目「ブラッディダイスの殺人」のレビューを追記しました


イギリスの重大犯罪分析課刑事ワシントン・ポーはシリーズスタート時点は停職中です。

ポーは特権や利権が大嫌いで、暴力的で自虐的な面があり、警察のお偉方を怒らせることをまったく気にかけず独自の発想で事件を解決してきました。

最初は復職の話でさえも反抗的に受けとめていますが、ティリーとの出会いや他の仲間に受け入れられたことで徐々に柔軟さを身につけていきます。

相棒のティリーはIQが200近くある分析官です。彼女はハッキングでどんなデータも取得することができますが、頭が良すぎることで周囲と噛み合わず融通がきかない変わり者というレッテルを貼られています。

世間ずれしていなくて正直で思ったことを何でも口に出すティリーはポーにとって貴重な存在となっていき、3作目あたりからは強い信頼関係へと発展します。

2人はぶつかることも多いのですが特に食へのこだわりはお互いに譲らないためトラブル続出です。ワイルドな肉食生活を謳歌するポーに対しティリーはヴィーガンで抹茶やハーブティを飲むのですから仕方ありません。

さらに輪をかけて変わり者である病理学者ドイルが2作目から登場します。ポーとの関係が男女の友情なのかロマンスに発展するのか。これも注目すべきポイントでしょう。


ポーの所属する重大犯罪分析課とは、国家犯罪対策庁(NCA)の中の一つの部署です。
麻薬や組織犯罪など広域にまたがる犯罪に対処するため設置されたNCAはイギリスのFBIといったところでしょうか。所轄の初動捜査がある程度終わってからのプロファイリング的な役割を担っているという説明があります。しかしポーは強引に現場に出かけて引っ掻き回していくのでプロファイリングの意味がわからなくなります。

ポーは停職のきっかけとなった事件のあと、新聞や警察上層部だけではなく善意の同僚の支援をも無視するような形でカンブリアの山奥に住居を移します。このシリーズは自然の中で暮らすポーの生活自体が物語になっていると言ってもいいでしょう。

カンブリアの湖水地方にある住居は、周りに家がほとんど見当たらず、約2マイル(3.2㎞)離れたシャップ・ウェルズ・ ホテルからの道のりは四輪バギーだけが頼り。

ハードウィック・クロフトと呼ばれているこの住居は農家から譲りうけた土地に建っている廃墟同然の羊小屋を改装したものです。

大変な苦労の末に落ち着ける場所を見つけたポーですが、その土地の一部が国立公園に含まれ、ユネスコの世界遺産に登録されてしまったため改装工事が違法とみなされて裁判にまで発展します。

Googleマップで調べてみると「ストーンサークルの殺人」に出てくるロング・メグ・アンド・ハー・ドーターズというストーンサークルはすぐ近くにあります。

シャップ ウェルズ ホテルもカンブリア州に現存しています。1泊17,000円から20,000円程度のようです。ネットで内部も見ることができますので興味のあるかたはググってみるとさらに楽しむことができるでしょう。


ポーの住居は点線の赤丸のあたりと思われます。


山の生活は何かとトラブルが多いうえに捜査が佳境にはいると移動も大変です。

カンブリアから重大犯罪分析課の本部までは車で4~5時間。ポーは事件のない時はカンブリアで過ごし事件が起きたときはイギリス中をかけめぐります。そのドタバタぶりがこのシリーズの面白さにつながっている側面も否定できません。(車で5時間程度の移動を違和感なく受け入れて読んでいるのは私が北海道で暮らしているからかもしれませんが・・・)


シリーズ中のもう1つのコンテンツとなっているのがポーの実父捜しです。母は亡くなり養父は放浪の旅に出て不在。1作目で自分の出自の秘密を知りますが5作目までに実父が見つかる気配はありません。

各作品の構成はシンプルで時系列に沿って進むことが多いので読みやすいと思います。



それでは、まずは「おもな登場人物」の紹介を。そしてその後、簡単に各作品の内容に入っていきます。


おもな登場人物


ワシントン・ポー

国家安全対策庁の重大犯罪対策課刑事。
スコットランド歩兵隊ブラック・ウォッチに所属していたことがある。その後カンブリア州警察を経て重大犯罪対策課へ異動。ポーは優秀な刑事でプロファイリングのプロでもあり自分の中に暴力性や強く不正を憎む怒りがあることを自認している。その怒りは軍隊に入ることで一時的な捌け口を見つけたが軍は知的な刺激に乏しかったので警官になった。人を怒らせることを厭わず真実を求め続ける異色の刑事。
愛犬はスプリンガースパニエルで名前はエドガー。

ティリー・ブラッドショー

重大犯罪対策課の分析官。
外で遊んでいてもおかしくない年齢を大学で過ごし、16歳で学位を取得卒業。その後、博士号を取得して補助金で研究に励んできた。重大犯罪対策課は初めて就いた仕事。専門は数学だが集中すれば他の分野も数時間で詳しくなれる。分析官なので本来は危険はないはずだがポーと行動をともにするため度々危険に遭遇する。刑事ではないので逮捕権限を持たない。

 

エドワード・ヴァン・ジル

国家犯罪対策庁情報部長。重大犯罪分析課の責任者。
ポーがカンブリア州警察時代に一緒に仕事をしたことがあり、ポーに重大犯罪分析課で働くよう勧めた。ポーとティリーの良き理解者。


ステファニー・フリン

重大犯罪分析課の警部。
ポーの停職処分後の仕事を引き継ぐ。最初はポーに苦手意識を持っていたが次第に信頼関係を築いていく。「キュレーターの殺人」でポーとティリーに命を助けられる。同性愛者。

エステル・ドイル

ロイヤル・ヴィクトリア病院の研究室で働く病理学者。
イングランド北東部の常勤病理医。ずば抜けた才能の持ち主だが死体をおさめる保冷庫にワインを入れている一風変わった女性。2作目の「ブラックサマーの殺人」で初登場したときからポーに好意を持っている。



 ①ストーンサークルの殺人 


年配男性が黒焦げの焼死体で見つかるシーンから始まります。

カンブリアのストーンサークルで男性が焼き殺される事件はすでに3件。マスコミは犯人をイモレーションマン(生贄として火あぶりにするという意味)と呼びます。

3件目の被害者の体にワシントン・ポーという傷が刻まれていたことから、ポーは復職して捜査に協力するか今すぐ辞職願を書くか決断を迫られます。

復帰を迷うシーンで停職のきっかけとなった少女誘拐事件の詳細が語られていきます。被害者の父が容疑者を拷問して娘の居場所を聞き出し無事救出。しかし容疑者は死亡してしまいます。

本来なら被害者家族には見せないはずの報告書(容疑者の名前が書かれている)をポーが父親に渡してしまったことが発端でした。これはポーのミスだったでしょうか。どちらにしても機密情報漏洩から犯人を死なせてしまったことに変わりはありません。

職場復帰したポーを待っていたのは、もう一人の主人公ティリー。最初は全く話が噛み合わず苦労しますがポーはすぐにティリーの優秀さを認め心が通いはじめます。

カンブリアはエリアは広くても人口が少ないため同世代であれば全員知り合いという田舎によくある事情を抱えています。被害者3人につながりがあることを前提にポーは推理を始め(読者にとっては)残念なことに割と早い段階で犯人の目星がついてしまいます。

しかし本書の面白さはそこから・・・謎解きだけではない事件の背景にあります。

本書の事件は児童虐待に絡んでいて救いようのない事件が語られていきますが、唯一の救いは警察組織がただ愚かなだけではなく地道に捜査を積み上げる組織でありその過程をしっかりと描いていることです。

イギリスはオリバー・ツイストという名作を生んだ国。人権宣言でも世界を牽引してきましたが、その原動力となったのは差別と貧困と児童虐待と言ってもいいでしょう。 
 




 ②ブラックサマーの殺人 


月に1回、図書館の一隅で開催される警察相談窓口に現れた一人の若い女性。見知らぬ男に監禁されていたと語る女性は、ポーが6年前に犯人を逮捕した誘拐殺人事件の被害者エリザベスでした。

殺されたはずのエリザベスが生還したため警察内は大変な騒ぎになります。

そもそも死体がないまま父親のジャレドが起訴されて有罪になったという一風変わった事件です。三ツ星レストランのカリスマシェフとしてテレビにも出ていた有名人ジャレドが刑務所から甦り、冤罪疑惑でポーは追い詰められます。

生還した女性の血液検査はエリザベスのDNAと一致。6年前、レストランの厨房で見つかった大量の血液や状況証拠は間違いのないものと信じるポー。その後は、検査の正誤や証拠保全の仕方が問題になっていきます。

ジャレドを最初からサイコパスと決めつけて過激な言動をとるポーをティリーがデータ分析で支援。前作では本部の外で活動することに否定的で母親を巻き込んだ大騒動を起こしたティリーですが、今回はポーが困った立場に陥っていることを知ると、驚くべきスピードでカンブリアに駆け付けました。

病理学者ドイルが初登場シーンから異彩を放ちます。事件解決の最初の糸口をつかんだのもドイルでした。

とにかく本作は一風変わった雰囲気が漂っています。ナルシストな成功サイコパスの怖さだったり、レストラン経営の裏側であったり、イギリス全土に無数に存在した防空壕のことだったり、トリュフに関する蘊蓄だったり。そのすべてが周りくどいほどに描かれています。

その中でもタイトルの「ブラックサマー」とは何か、この点に注目して読むと面白いと思います。



 ③キュレーターの殺人 


クリスマスに3人分の切断された指が続けて見つかりますが死体が見つかったのは1件だけというまたもや不思議な事件。指が死後に切断されていることから連続殺人事件として捜査が始まります。

最初の事件はクリスマス・イブ。運送会社で行われたシークレットサンタ(グループ内でプレゼントを交換するゲーム)でプレゼントの中に2本の指が入っていました。

2つ目はクリスマスの早朝。教会の洗礼盤に切断された2本の指が置かれていました。

3つ目は12月26日のボクシングデー。精肉店で行われたミートラッフル(肉を景品にした福引)のカウンターに2本の指が置かれていました。

※ボクシングデーは箱(ボックス)を開ける日という意味です。クリスマスの翌日にプレゼントを教会に持ち寄って分け合う日とされていますが、近年はクリスマスまで定価で販売されていた商品が大幅に値下げされるセールとしても使われているようです。また、クリスマスに休めないサービス業の人々の一日遅れのクリスマスパーティの日という考え方もあるそうです。

共通する謎の記号「#BSC6」が3つの事件に残されていたり、自作の包装紙が使われていたりと最初からヒントが多くてスピーディな展開です。ポーの推理も冴えているのであっさり容疑者がわかって終わるかと思いきや・・・わかったと思っても、そう思わせるのが敵のねらいだった?その後も次々と謎が出てきます。

今回驚いたのは、2017年頃ロシアで実際に起きた自殺を誘導する「青い鯨ゲーム」の詳細が説明されていることです。SNSの青少年向けゲームですが、1日につき1つの課題が出され50日間続きます。課題にクリアすると報酬がもらえる中毒性のあるゲームで課題は次第にエスカレートして最終的に参加者は自殺に追い込まれるのです。

この手のゲームは褒められた経験の少ない人が洗脳されやすいということです。これは組織の中でいつの間にかコントロールを失って誰かの言いなりになってしまう心理とも似ているように感じました。

日本では模倣犯が出る可能性を考慮して報道はされなかったようです。しかし近年、ここまでSNSが日常に入り込んでいる以上は、このようなゲームの存在を知ることも警告として意味があるのかもしれません。

これまでの2作品と少し事件の傾向が変わってきているような感じがしました。ポーの立ち位置やティリーとの関係が安定してきたことも一因でしょう。これは少々寂しい感じもします。

出産を間近に控えたフリン警部は周囲の心配をはねつけて頑なに捜査に参加しようとしています。無理をしていることは明らかで何かが起きる予感にザワザワ感が止まらず、ティリーも危険を顧みずポーに同行します。サスペンス要素も強くて猟奇殺人の怖さ満載ですが驚きの結末が待っています。




 ④グレイラットの殺人 


だんだんと2人が変わり者だと感じなくなってきています。これはお互いに食事や服装など相手の好みが自分と違っていても尊重し合うようになってきたからでしょう。

プロローグ的に語られる事件は「007」の歴代俳優の仮面をかぶった人物が登場する少し凝った演出になっています。

5人は貸金庫に押し入りますが目当てのものは見つからず、1人が仲間に撃たれて死亡。ラットの置物が現場に残っていました。

次はポーの住居の改築が違法だった件での裁判シーンに移りますが無罪判決の直前にポーに緊急の用事ができて閉廷に。

ポーとティリーは正体不明の二人組に法廷から連れ出され、向かった先はMI5(イギリスの情報機関)というこれもまた凝った演出です。

MI5は、ポーとティリーに捜査してほしい事件があると持ち掛けます。イギリスで開催する首脳会議の関係者(アメリカのパイロット)が殺害された事件でFBIも絡んできます。

今回は伝説のスパイ「ロック」VS 伝説の刑事「ポー」という構図です。禁止されたり脅されるとそれをやりたくなるポーの性格を利用しているかのようにロックは挑んできます。

本当に凝った演出が続き、なかなかの構成で進んでいきます。
 最初の事件と関連があると思われるラットの置物&寓話
 パイロットの過去&アフガニスタンの悲劇
 最先端IT技術&アナログ人間ポー
 嘘のプロであるスパイ&嘘のつけないティリー・・・

ひっくり返してもひっくり返してもまた裏があるという感じの驚きと、事件は解決したはずなのに何かまだ騙されているような感覚、「あれは何だったのか」的な疑問も含めてこの作品の醍醐味なのかもしれません。4作目にしてやっとプロファイリングという言葉が活きてきた満足感はありました。

「著者あとがき」によると、本来は2作目として考えていたとのこと。編集者の意向などから一旦はボツになった構想を練りなおして大きく構造改革をした力作なのです。

1つ疑問なのは冒頭にプロローグ的な007は必要なのかということ。最初はまったく事件の概要が頭に入ってこなくて途中で意味がわかって冒頭のシーンに戻って読み直しました。最初にポーが出てきたほうが嬉しいというのが正直な感想です。



 ⑤ボタニストの殺人 


押し花と脅迫状が届いて著名人が毒殺される事件が続いて起きます。

1人目は性犯罪に関して独自の見解を披露した女性差別主義者。

2人目は悪評高い下院議員、3人目はネットで陰謀論を広める女性。

いずれも毒薬の種類は判明しますがどのような手段で飲まされたかわからず混迷の度合いを深めていきます。

一方で、ポーと親しい病理学者のドイルが父親殺人容疑で逮捕されてしまい、その容疑を晴らすためポーは奔走します。

2つの事件が並走していきますがどこかで交錯するのでしょうか、あくまでも別件なのでしょうか。とにかくポーは忙しくイギリス中を走り回るような状況に陥っていきます。

まずは毒殺事件ですが、ボタニストと名乗る犯人から電話が入り、少しずつ犯行の意図もわかってきます。被害者が揃って過激な思想の持主で大きな問題を抱えていることがポイントでしょう。

序盤では、女性差別主義者や陰謀論者などが標的になっているので狂った正義漢をイメージしましたがボタニストは愛でも善悪でもなく単に弱い人間だったという印象に変わってきます。

フグ毒や脅迫状の漢数字、西表島が出てきたりと日本に関係するシーンが度々でてくることも特徴の一つです。その割に事件には深く関わってこないのが不思議ですが、著者は日本通ということなのでしょうか。

とにかくポーの頭の中の半分はドイル事件に持っていかれ・・・なんとも忙しい展開になっていきます。

そして今回もティリーは大活躍します。ハッキングでどんな秘密も手に入ってしまっては捜査の醍醐味がなくなるのではないかと思うほど冴えています。

次にドイル事件ですが、雪の上に足跡がないことからポール・アルテを彷彿とさせる密室ができあがるという驚きの展開になります。

ドイルと父親との確執や遺産相続の問題、今まで語られなかった彼女の過去、ポーへの思いなど、今までのドイルの印象を覆す話題が続きます。

何といっても今回の一番の驚きはポーの心の中にあった氷の塊のような孤独が融けていったことです。誰とも深い付き合いをしなかったポーに別の生き方があると教えたのはティリーでした。

シリーズスタート時は偏屈者だったことが思い出せないレベルでポーは女性に好かれています。

読了時には、ポーの中にロマンスが芽生えるような予兆があったかしら?と過去作品を読み直したくなりました。

まだポーの実父探しは進展していないのですが次作で何か動きがあるのでしょうか。



  ⑥デスチェアの殺人  



今回はポーと精神科のトラウマ療法士ラングとの面談シーンから始まります。

眠るとカラスの夢を見る、頭の怪我、頭痛、仕事の場での目に余る行動、などの言葉が飛び交っています。

ポーのPTSDの原因を探るため、ここ数ヶ月の出来事をラングに語る回想という今までにない形式ですが、スピーディな展開で引き込まれていきます。

もしかしたらドイルとの不仲が睡眠障害の原因ではないかと考えてしまいましたが、2人は順調に愛を育んでいます。

事件は2つあります。最初の事件はアナグマが掘り起こした墓地の棺の下からもう一体の遺体が見つかるという珍しいものでした。

その5か月後、ライトニング・ツリーに括られ石を投げつけられて殺された男が見つかります。ライトニング・ツリーは落雷で枯死した木のことです。トドワラのような細い枝だけの木ということでしょう。

被害者の体全体に宗教的なタトゥーが入っていたこと、教会の主教から「ヨブの子どもたち」という宗教団体の情報がもたらされたことなどから捜査の方向性は決まっていきます。

「ヨブの子どもたち」は表向きは社会に馴染めない人たちの避難所ということになっていますが、実態は子どもたちの矯正を目的とする過激集団でした。

同性愛者に信仰を復活させる転向治療も行われていました。

前半はほとんどがタトゥーの謎と「ヨブの子どもたち」の内偵で過ぎていく感じです。

ライナスという名のインターンがポー、ティリーと一緒に行動していることも重要なポイントとなります。ポーは初対面からライナスを嫌って失礼な態度をとり続けます。

ティリーは相変わらず素晴らしいスキルで捜査に貢献しますが、あまりにも超人スキルになり過ぎてどんな情報も入手可能な状態です。物語のけん引役なのは事実ですがポーの推理が不調な印象にもなっています。

ティリーの天然発言は健在。主教にビッグバンの詳細な説明をするシーンは愉快です。

カンブリア州警察のナイチンゲール警視も登場します。警察内部の軋轢は減少していてライナス以外の捜査陣は充実していると言っていいでしょう。

うっかり忘れてしまいそうになりますが「カラスの夢」はどこでつながってくるのでしょうか。2つの事件は関係があるのでしょうか。このあたりは後半で一気に解明に向かっていきます。

今回は回想から始まり「読者を騙す系」の要素もあって構成の勝利とでも言うのでしょうか、終盤に向かってかなりヒートアップしていきます。

残念なのは凝りすぎてテーマが霞んでしまったことです。

宗教にハマって子どもに自由を与えない両親。同世代の友人との関わりを禁止されているため姉弟の間で芽生える恋愛感情。排他的な信者と支配的な指導者で成立している宗教団体。正義を貫くための拷問。悲惨なシーンが多いのですが重要なメッセージが込められています。

PTSD治療の過程で浮き彫りになるポーの問題点も深刻です。

それでいて決して暗くはならず一気読みしてしまう面白さがあります。相変わらずいい味を出しているポーとティリー、そしてドイルの会話が雰囲気作りに貢献しているためでしょうか、ティーンエイジャーが絡んだ殺人事件にもかかわらず読後感が悪くない作品です。

終盤になってポーとティリーの配属問題が持ち上がり、またまた次作が待ち遠しい気持ちになります(著者の策略に完全に乗せられています)



  ⑦ブラッディダイスの殺人  


今回は今までとは雰囲気が大きく変わってエンタメ色が濃くなり、もはや警察小説ではなくポー&ティリー物語という感じが漂っています。この作品はシリーズの大きな転換点になると思います。

ポーは前回の事件でPTSDになったため訓練部門に配属になりますが、その直後に同僚と殴り合って左遷され、漁船の立入検査員をしながら、ドイルとの結婚式を控えてなにかと落ち着かない日々を送っています。

ポーの身に何か良くないことが起きるのではないかというザワザワ感、本当に結婚する気があるのだろうかというハラハラ感が終始感じられます。



それでは事件の概要をまとめていきます。


まず、物語が始まる前に「ギリースーツ(擬態服)を着た男は目に見えない」という一文が付記されています。


物語の冒頭では、ティリーが連続狙撃事件の21人目の犠牲者になったことがテレビニュースで流れ、ポーは叫び、フリンは無言で涙します・・・

そして次の場面は17人の犠牲者が出た直後、数週間前に遡ります。

場所は内閣府。危機管理委員会の中で異彩を放っているのはスパイのアラスター・ロック。このシリーズではお馴染み(4作目「グレイラットの殺人」で初登場)の大物スパイです。

ロックは「捜査が迷走している連続狙撃事件解決のために役立つ男を知っている。しかしその男は気まぐれで手綱を取るのは難しい」と発言。その男とはポーであり、手綱を取れるのはポーの元上司フリンだけなのです。

フリンを通じて連続狙撃事件の捜査を依頼されたポーは、すでに17人もの犠牲者が出ている事件を今ごろになって担当させられるなんて・・・と反抗します。しかし(いつものことですが)結局は引き受けるのです。

ポーはまだ感情のコントロールができない状況ですが、「ティリーと一緒ならば」という条件が通ったこともありすぐに行動を起こしました。

まずはすでにわかっていることのブリーフィングから始まります。

  • 狙撃犯は200ヤード(約182.88m)~1200ヤードも離れた物陰から撃っていて、17件の殺人で17発の銃弾しか使っていない。このことから、銃撃の腕は確かで身を隠すことに長けていると推測できる。(ギリースーツと関係してくるのでしょうか)
  • かなり大きなライフルを使用していることから犯人は男性、もしくは大柄な女と思われる。
  • 被害者に性別、人種、などの共通点はない。
  • 一つの警察管内で複数回の犯行におよんだことはない。

状況分析の結果、ティリーは犯人は犯行場所を無作為に選んでいると推察。二十面体サイコロを使用していたのではないかと仮説を立てます。この後、確率の問題をティリーが説明するのですが、かなり面倒な理論なので苦手なかたは読み飛ばしていいと思います。

その後は二十面体サイコロが使われているゲームエキスポに潜入するなど、どちらかというと捜査そのものよりもポー&ティリーの絡みを楽しむシーンが続きます。


今回、捜査の指揮をとるのはロンドン警視庁の警視長メイザース。女性であることが全く障害にはならないほど優秀な刑事で、いずれ警視総監になるだろうとポーが考えている人物です。メイザースも今回の作品では大きな役割を担っています。

捜査が進まないなかで、ポーとドイルの結婚式のリハーサルが行われます。そしてその最中、ついに新たな事件が起きてしまいます。

とにかくいつものような鋭さはあまり感じない状態で結婚式絡みの諸々が語られていきます。

ドイルの父の友人というかなり濃いキャラの老人が登場して物語を一気にエンタメ寄りにしていくことも今回の特徴です。元軍人で破天荒、昔かたぎ、アガサ・クリスティーの作品に出てきそうな時代錯誤感でポーを振り回すシーンは笑えます。

ところが・・・その後は、突然、中盤で犯人と事件の真相に辿り着くという素晴らしい展開が待っています。

残りのページ数はどうなるのか。

もしかしたら結婚式シーン?と考えたりしましたが、今回のポイントは犯人捜しではなく非常に危険な人物を逮捕するための「策略」というか「罠」なのです。そこでティリーが標的になるわけです。

スパイのロックが絡んでいることでモヤモヤすることが多いのですが、ロックはこんなキャラだっただろうかと考えてしまうシーンもあります。 さらに前作に登場したトラウマ療法士が出てきてポーにヒントを与えたりするため、過去作品を読み返したくなりました。またまた著者の策略に引っ掛かってしまいそうです。

終盤はゴルゴ13のような犯人と対峙するポーの孤独と緊張感を堪能することができます。警察内部からも被害者が出ているためポーも力が入ったという感じですがPTSDなのに大丈夫?と思ってしまいます。


終始、シリーズ完結の雰囲気を感じながら読み進めたのですが、事件解決後にポーとティリーが二人の今後の仕事について語るシーンがあり、巻末の解説では第8作目がイギリスで発行予定であることが示されています。


とにかく、このシリーズは警察小説の枠から飛び出していくようです。

このブログでは【ヨーロッパの警察小説】というカテゴリの中でポー&ティリーのレビューを書いてきました。警察小説の体をなさなくなるのならブログへの追記をやめようかとも考えました。しかしポーとティリーが好きでここまで書いてきましたので続けてみようと思っています。

第8作目で二人はどうなるのでしょう。












女性刑事【ケイト・リンヴィル】



※2026年8月8日 第4作「孤独な夜」のレビューを追記しました。

著者シャルロッテ・リンクはドイツ生まれで現在もドイツ在住ですが、小説の舞台はイギリスのヨークシャー地方です。

なぜイギリスかというと、ブロンテ姉妹(嵐が丘やジェーン・エアの作者)に憧れて少女時代から頻繁にイギリスを訪れていたからだそうです。

主人公ケイトはスコットランドヤードで働く女性警官です。

父のリチャードはヨークシャー警察の伝説的な名警部でした。

ケイトは父リチャードを深く愛し尊敬していましたが、自分が生きづらさを感じていること、孤独なことや、仕事で悩みを抱えていることなどを父には言えずにいました。

退職後のリチャードもまた孤独でしたが、人生が上手くいっているかのように振る舞う娘の意思を尊重して、ともに過ごす時間は自分の気持ちをごまかすことに費やしていたのです。

1作目の序盤でリチャードは惨殺されケイトは一人ぼっちになってしまいます。休暇を取ってヨークシャーに帰省したケイトは、管轄外の捜査に首を突っ込む形になります。

このシリーズはヨークシャーのスカボロー署ケイレブ警部との関係が重要なポイントになりますが、1、2作目は休暇中のケイトがケイレブの事件に関わり、3作目ではケイレブが停職中で立場が逆転します。どちらにしても毎回片方がアウトサイダー的な立場で事件に関わるというスタイルになっています。

全体を通して読みやすい作品ばかりです。女性作家が描く繊細な女性警官の姿が特徴といえるでしょう。養子縁組の難しさ、親子の距離感、孤独感から支配的な相手に洗脳される女性、他人や子どもへの依存傾向など毎回興味深いテーマが選ばれています。

依存という意味では捜査責任者の重圧でアルコール漬けになるケイレブ警部の苦悩も大きな柱になっています。

毎回、意外な結末に辿り着きますが「どんでん返し」というような派手なものではなく、「人間生きていればイロイロある」と考えさせられるような趣のある展開です。

それでは、まずは「おもな登場人物」の紹介を。そしてその後、各作品の内容に入っていきます。


ケイト・リンヴィル

スコットランドヤードの刑事。巡査部長。
シリーズスタート時点で39歳。夫なし、子供なし、恋人なし、友人なし。他人と関係を築くことが苦手。職場内には「ケイトのやることなすこと全てがどこか間違っている」と感じさせる何かがあり、自分に自信が持てず悶々とした日々を過ごしています。小柄で華奢で目立たないことも悩みの一つ。

リチャード・リンヴィル

ケイトの父親。
ヨークシャー警察元警部。妻を病気で亡くし、退職後は長年一緒に働いた同僚も離れていき孤独な日々を過ごしています。ケイトの一番の理解者。

 

 ケイレブ・ヘイル

スカボロー警察署の警部。
ケイトの父リチャードと一年ほど一緒に仕事をしたことがあり、
ケイトのことはあくまでもリチャードの娘であり恋愛対象とはみていません。アルコール依存症の治療を受けるため入院していたことがあって表向きは完治したことになっています。しかし時々プレッシャーに耐えられなくなると仕事中にお酒を飲んでトラブルを起こしています。妻と離婚し子どもなし。大きな家で一人暮らし。

ロバート・スチュワート

スカボロー警察署の巡査部長。ケイレブの部下。切れ者という感じではないが、仕事ができないわけでもないという平均的な警察官。わりとシニカルな一面を持っていてケイレブが暴走しそうになったときのストッパー役になることもあります。

コリン・ブレア

2作目でケイトとマッチングサイトを通して出会います。初登場時点で45歳。週4日はジムに行き外見を整え、常に自信満々な態度で周囲を圧倒していきます。2人の間に恋は生まれずカップルにはなりませんが、人との社会的な繋がりをうまく持てない人間同士が完全な孤独に陥らないために週末に時々会う関係を築いていきます。ケイトの唯一の友人。


 パメラ・グレイボーン

4作目「孤独な夜」から登場。
マンチェスターから転属してきてケイトの上司になる警部補。ケイトより頭一つ分背が高く、ベリーショートにしたダークブロンドの髪にシンプルな装い、化粧はしていないが非常に印象的で存在感がある女性です。


  ①  裏切り 上 

名警部だったリチャード・リンヴィルが惨殺され娘のケイトは深い悲しみに沈みます。

ケイトは自分で調べられる範囲で父の過去と事件関係者を調べ始めるのですが、捜査責任者のケイレブ警部は当然面白く思わず、すぐに諍いが始まります。

ケイレブ警部の活躍にもかかわらず次第に捜査は行き詰まっていきます。そんななかでケイトは父の知り合いだった女性メリッサから会いたいという連絡を受けます。ところがケイトが会いに行ったときには、すでにメリッサは父と同じ方法で惨殺されていました。

メリッサの周辺捜査で父にも大きな秘密があったことがわかってきます。まさか父が母以外の女性と交際していたとは。

大きな衝撃を受けたケイトの心情に理解を示しサポートするのは女性警官スカピンでした。スカピンとケイトは急速に距離を縮めていきます。

もう一つのストーリーとして脚本家夫妻の養子縁組が並行して語られていきます。養子とその実母との関係、実母と恋人の関係などが複雑に絡み合いあい、この辺りからザワザワ感が満載になってきます。

リチャードの事件の凄惨さ、意外な秘密の露呈、余りにも大きな悲しみを背負うケイトに感情移入しないではいられなくなります。

ケイトが決して美人ではないこと、印象に残るような特徴も華やかさもないこと、深く踏み込んだ会話が苦手なこと。その一つひとつは読者と等身大の悩みといってもいいのですが、ケイトがケイレブ警部に好意を抱いていることがなんとも切なくなります。

とにかく上巻では何一つ解決には向かわず複数のストーリーが同時進行で進んでいきます。登場人物表もなく次々と人が増えていきますが混乱せずに読んでいけるのが不思議です。

さて、これらはどう繋がっていくのでしょうか。


  ①  裏切り 下 


父の裏切りを知ったケイトはショックを隠せませんが、それでも事実を知りたいという思いから父の家を片付け書類を整理しはじめます。

そこでリチャードの元同僚ダウリックの住所が見つかり合いに行くケイトですが、またもや悲惨な事件に遭遇することに・・・

相変わらず複数のストーリーが並行して進みますが、次第に絡み合って繋がっていきます。
ケイトは事件終息とともに家族の病を卒業して一歩踏み出していきます。この父娘の問題はケイトが親離れできず境界線を引けなかったことが原因だったのでしょう。

下巻に入ってもう一つの家族の物語、障害のある弟と暮らすスカピン刑事の悪戦苦闘の日々が語られます。刑事としての優秀さとプライベートでの深い悲しみ。この2つの視点で新たな物語は展開していきます。

全体的には事件の内容と心理描写のバランスの良さ、アクションシーンの少なさが読みやすさに繋がっている印象です。アルコール依存症のケイレブ警部とケイトが安易な恋愛に走らなかったことも好印象です。

ケイレブ警部のアルコール依存症はストレス解消法という意味だけではなうようです。過去には酔っているときほど脳が働いて閃きがあったとのことで、今後も何かしらトラブルを起こしそうな余韻を残しています。

とはいえ、ケイレブの弱さやケイトの抱える生きづらさが読者にとっては感情移入できるところなのでしょう。



 ②  誘拐犯 上  


2017年、前作から3年が経過しケイトは42歳。相変わらず独り身。

ケイトは父の家を売ることができず貸していましたが、賃貸人が家を滅茶苦茶に汚して行方不明になるという悲劇が起きます。

再びヨークシャーを訪れたケイトを待っていたのは家の修復だけではなく、宿泊先の宿で起きた少女行方不明事件でした。

今回も複数の事件が並行して語られていきます。

2013年、父と二人暮らしの少女ハル(14歳)が祖母の家からの帰りに行方不明に。

2016年、雨の夜に友人と会ったあと少女サスキアが見知らぬ男の車に無理やり乗せられて誘拐される。1年後にムーアで遺体発見。

2017年、ケイトの宿泊先オーナーの娘アメリー(14歳)は母と買い物にいったスーパーの駐車場で行方不明に。

さらに実母に反抗して家出した少女マンディの危うい逃走劇が語られていきます。

果たして同一犯人なのでしょうか。

ケイトはなるべく行方不明事件に関わりたくはなかったのですが、結局ケイレブ警部と再び遭遇することになります。意外なことにケイレブはケイトに優しく接しスカボロー署への移籍を勧めます。

容疑者が次々と浮かびシロと判定され捜査の方向性も定まらないままストーリーは進んでいきます。さらにケイト自身の問題も解決には向かわず、亡き父との思い出と孤独と家の処分に押し潰されそうになります。

唯一の救いは賃貸人が置き去りにした猫のメッシーが新しいご主人ケイトに懐いていることでしょう。


※ムーアとは

前作でもムーアが出てきました。今回もムーアで少女の遺体が見つかっています。スカボロー近郊に「ノース・ヨーク・ムーアズ国立公園」がありますが、このシリーズではムーアは地名ではなく単に「湿原」の意味で使われているようにも思われます。スカボロー近郊の湿原地帯ということでしょうか。

※スカボローはどこ?

イングランド・ノース・ヨークシャーの北海海岸沿いの大規模な居住エリアの一つ。タウンの人口は約50,000人で、ヨークシャー海岸では最大の休日のリゾート地でもあります。

中世の頃から交易港として栄え、夏季には大規模な市場(フェア)が立ちます。『スカボロー・フェア』という曲が、1967年の映画『卒業』の挿入歌として用いられ世界的に有名になりました。

 ケイトの育った家はスカボロー郊外のスカルピーにあります。地図で確認するとスカボロー中心地から数キロ北上したところにある緑豊かな住宅地です。家は1階にキッチンとリビングとダイニング、2階に寝室が3つとバスルーム、それにかわいらしい小さな庭があると書かれています。

そんな素敵な土地で起きた連続少女誘拐事件。下巻でどんな展開が待っているのでしょうか。

海外小説を読むときに、舞台となった土地や背景情報を調べると楽しみが増えますが、『スカボロー・フェア』をYouTubeで聞いて、再び本に戻るとケイトの孤独に一層寄り添うことができるように感じました。




 ②  誘拐犯 下  


ケイトは記者になりすまして第1の事件でハナを車に乗せた青年やハナの父親など次々と訪ねて話を聞きます。しかしなかなか核心に迫ることはできません。

家出娘のマンディは監禁状態にあり、こちらは犯人側から描かれていきますが犯人像は相変わらず掴むことはできません。

そして、ケイトに恋愛の兆しが・・・それも2人も・・・1人はマッチングサイトを通してロンドンで出会ったコリン。意外なことにしつこくケイトに絡んでくるという驚きの展開が起きます。

もう1人は宿の娘アメリーを嵐の海で助けたデイヴィッド。意気投合した2人は急激に距離を縮めていきます。

優しくすべてを受け入れる理想の男性として描かれるデイヴィッド。恋愛経験の乏しいケイト。警官であることを隠して付き合うケイト。この恋心がケイトの心を傷つけませんように、と感情移入してしまうようなシーンが続きます。

事件のほうはハナの祖母を訪ねたことから動き始めますが、ケイトの閃きや推理よりも偶然に導かれていく感じで進み、ケイトの身にも危険が迫ります。

少女たちはなぜ見知らぬ人間の車に簡単に乗ってしまうのでしょうか。ハナの母親はなぜ娘を置いて出ていったのでしょうか。

今回もまた親子関係が大きなテーマとなっていますが、距離感というより依存の問題と言ってもいいでしょう。

精神医学に関しては誇張して書かれている部分もあるとは思いますが、自分の人生に幸福感を得られず他人に依存していく姿はリアリティがあります。

ケイトに関しては趣味が何もないこと、おしゃれにも美食にも興味がないことが読み進むにつれて何となく違和感になってきています。

そしてケイレブの飲酒問題。アルコールに依存しているとは言えない状況まで回復していますが、以前のような公正さやひらめきはなくなり、部下から一緒に働きたいとは思えない人間と評されています。

事件は当然のことながら解決します。しかしケイトもケイレブも問題を抱えたままで、またしてもこの先どうなる?という思いが残ります。


 ③ 罪なくして 上   


20年もの間、スコットランドヤードで華々しい捜査結果を残したにもかかわらず、巡査部長にしかなれなかったケイト。普通は上司が部下を昇進試験に推薦し本人にも受けてみるように進めるものなのですが、ケイトの上司は決してすすめてはくれなかったのです。

そこで、ケイトの捜査能力を認めてくれているケイレブ警部の勧めに従ってヨークシャーのスカボロー署に移籍することを決意します。

長年、誰からも相手にされていないと感じていたケイト。しかし思いがけず同僚からお別れプレゼント・・・ウェルネス・ホテルの週末宿泊券2枚をもらいます。

このホテルに向かう列車内で、ケイトは女性が銃撃されそうな場面に偶然遭遇し助けることになりますが、この辺りは謎に包まれたアイリッシュ作品のような雰囲気です。しかしこれは第一の事件に過ぎなかったのです。

▶ウェルネス・ホテルの週末宿泊券は2枚ありました。ここで前作で知り合ったコリンが登場。事件解決に貢献しようとして実にコリンらしく物語を引っ張っていってくれます。

その数日後、女性教師が襲われて重傷を負います。これが第二の事件。

この二つの事件で使われた銃が同じだったことから、ケイトが捜査の主導権を握ることになります。

ケイレブ警部はというと、勤務中の飲酒が発覚し人質事件の全責任を背負わされていました。そしてなんとケイトが赴任したときは停職中だったのです。

ケイトの能力を認めてくれたケイレブと仕事がしたくてヨークシャーに赴任してきたのに・・・新しい上司ロバートと上手く折り合いがつけられないケイトの苦悩が始まります。

さらに、少女誘拐事件を目撃した女性が警察に通報する場面や、ロシア人の子どもを養子にした夫妻の悪戦苦闘の物語、自己啓発セミナーに次々と参加してパートナーと仲たがいした女性の失踪事件等々が描かれていきます。

とにかく忙しく場面が変わり次々と新しい人物が登場する展開ですが、これらはどう結びついていくのでしょうか。
  (本書も登場人物表がありません)


  ③  罪なくして 下   

第一の事件の被害者クセニアがコリンと一緒に行方不明になります。

第二の事件の被害者ソフィアは四肢麻痺で寝たきりになり、リハビリ施設に輸送中に行方不明になります。

急激に状況は変化していき、ロバートは何も対応できずケイトが実質的に捜査を引っ張っていくなかで大きなトラブルに巻き込まれていきます。

いろいろ新たな展開も起きるのですが、何といっても下巻のメインになるのはロシア人の子を養子にした夫妻の過去です。

養子にした子は軽い知的障害があり幼稚園でも小学校でも周囲と馴染めなくて問題を起こします。よくある話ですが妊活を諦めて養子縁組をしたあとになって自分たちの子ども(娘)を授かったことでさらに疲弊する夫妻。

娘のベビーシッターとして雇われたロシア人女性が非常に優秀だったので一家に平和が訪れますが、妻のアリスはすでに重い育児ノイローゼになっていました。

読むにしたがってタイトルの「罪なくして」の意味がわかってきます。

しかしこの「罪なくして」も別の人物の角度から見ると「罪と罰」であり、なかなか重い内容が暴かれていきます。

アリスの心情は育児経験者であれば理解できる程度の内容と思いながら読み進むも、どんどん空回りしてすべてが悪いほうにいってしまうとは・・・

何でも器用にこなすベビーシッターへ嫉妬するアリスの姿なども切ないのですが、女性作家ならではの観察力で繊細に書かれています。

停職中のケイレブはケイトを助けてアイデアを出し、自分も聞き込みに奔走します。ケイレブの発想はいつも素晴らしく行動力もあるのですが、何故か向かう先が少しずれているのです。

今回は非常に重いテーマですが、救いはケイレブとケイトの気持ちが通い始めていることでしょう。

ケイレブがケイトに対してあからさまに魅力の欠如を突き付けるシーンが減っただけでも読みやすさが増してきました。一方で目標も自信も失ったケイレブに新しい目的意識は生まれてくるのでしょうか。

どこまでいってもケイトとケイレブはこの後どうなる?という思いが残ります。


何となくシリーズ終結の雰囲気もありますが、まだ翻訳されていない続編が2冊ほどあるそうです。



  ④ 孤独な夜  上  


ケイトは44歳。いまだ独身。猫のメッシーと一緒の生活を続けています。独り身の人間にとって最も恐ろしいクリスマスシーズンを目前にして、パートナー仲介サービスに登録したり、自分のためにクリスマスツリーを買ってみたり。ちょっと今までとは違う動きもしています。

ケイレブ警部は警察を辞めて新生活がスタ-ト。引っ越しをして心機一転と言いたいところですが新たな勤務先は何故かパブ。相変わらずお酒は飲んでいます。

ケイレブの後任として女性警部補パメラが赴任してきました。パメラはケイトの今までの捜査方法は本来ならば停職処分に相当すると伝え、今後は規則を守って捜査するよう指導します。ケイレブの飲酒問題や前回の事件で仲間の死を招いたことなどにも厳しい目を向けているようです。

もともと問題山積のスカボロー署ですがケイトとケイレブの信頼関係が一つの魅力だったのに・・・ケイトとパメラの関係はうまくいくのでしょうか。

 
今回も複数の事件が並行して進み、少々複雑な展開をしていきますのでこのあとは順を追ってまとめていきます。


・第1の事件は2010年7月、16歳の少年アルヴィンが何者かに襲われた事件です。

アルヴィンは身長175センチ、体重168キロ。この体形のせいで学校でいじめられ、食べることでしか孤独を癒せないアルヴィン。絶望的な怒り、明日こそはと思いながらもまた食べてしまう日々。

事件の日も、デリバリーサービスで届いた大量のジャンクフードを食べながら夏休みの一日を過ごしていたはずですが、

隣に住む老人が庭掃除をしながらアルヴィンの家の中を覗いてみると、家の中は荒らされアルヴィンは倒れていました。

激しい暴行で重傷を負い、排水管クリーナーを喉に流し込まれていましたが、アルヴィンはなんとか生き延びました。しかし事件以来、植物状態になっています。


・第2の事件は9年後、2019年12月に起きます。

老婦人が階段から落ちて死亡しました。当初は事故と考えられていました。ところが若い女性介護士が行方不明になっていることがわかり、老婦人の娘が介護士を過失致死で訴えたことなどからケイトが捜査をすることになります。

介護士の名前はミラ。


・第3の事件はホテル清掃員のダイアンが車の中で刺されて殺された事件です。ダイアンは内気で友人も少なくどちらかというと孤独な生活をしている女性です。ケイトの登録したパートナー仲介サービスに登録していました。しかし最近になって付き合い始めた恋人がいたという証言もあります。

この事件には目撃者がいました。パートナー仲介サービスの料理教室講師をしているアナはダイアンの車に乗り込む男を目撃したにもかかわらず、なぜか警察と関わることを極端に怖れて通報しないまま時間が過ぎていきます。

アナが困ったあげく相談した恋人サムもやはり通報しないほうを選び、パートナー仲介サービスのオーナーであるダリーナもまた警察とは関わりたくないという考えでした。

この事件は思いがけない方向に進んでいきます。

ここで重要な事実が判明します。

ダイアンの車で見つかった指紋が9年前の少年暴行事件の現場の指紋と一致したのです。


・第4の事件はダイアンの殺害犯人として警察がマークしていたダイアンの恋人が殺されます。

ダイアンの恋人はローガンという名前であること、ローガンはアナとダリーナの共通の友人だったこと、車の指紋はローガンのものだったことがわかります。

小さな町なので成立していることなのでしょうが関係者がみな顔見知りという状況は少々違和感があるかもしれません。

警察に追われたローガンはアナの家を訪れて匿ってほしいと懇願してそのまま居座りました。

ちょうどクリスマスだったため、ローガンを家に残してアナは恋人サムの家の泊まることになります。

そしてアナが留守の間にアナの家で殺されていたローガン。何が起こったのかわからないままパニックに陥るアナ。またしてもサムとアナは警察に通報することなく愚かな行動へ突き進んでいきます。


・第5の事件は、介護士のミラの大叔父ジェイムズが殺された事件です。ミラは母親がアメリカに住んでいるためイギリス国内に住んでいる身内はジェイムズだけでした。口座はほぼ空っぽで生活の見通しがつかないミラが頼ったのがジェイムズでした。

歩行器なしでは家の中の移動もままならないジェイムズはミラを歓迎し、春になったら二人でどこかに出かけようと計画していました。ところが無言電話が二度かかってきたことを知ったミラはジェイムズの家を飛び出します。

ジェイムズの死にミラは関係あるのでしょうか。



次々と起きる事件。その隙間を縫うようにして描かれるのアナとサムの日常。独特の雰囲気のなかで物語は進んでいきます。

極端に警察を怖れ、プロポーズを曖昧にかわし、内向的でいつも不安を抱えて神経質なアナ。サムは対照的に好青年として描かれていますがこの二人の行動は不可解なことが多く違和感しか感じないのも事実です。サムは行動力があるのかないのか微妙なうえにアナに常に引きずられて間違った決断をしている印象です。

ケイトは小さな違和感からアナの不審な行動に気づき、大きな成果を上げていきます。

そして忘れてはいけないケイレブとの関係ですが思いがけない進展があります。


もう一点、ポイントになるのが随所に挟み込まれる誰のものかわからない回想シーン(日記調)です。この中に繰り返し出てくる「ミラ」という名前。行方不明の介護士ミラと関係があるのでしょうか。


上巻はとんでもなく情報が多く、何もかもが中途半端で、着地点が見えないまま終わってしまいます。



  ④ 孤独な夜 下  



下巻は謎が急速に解き明かされて情報がつながっていきます。


アナとダリーナとローガンの過去が判明し、アルヴィン少年の事件の糸口が見つかり、サムが何者なのかも明らかになりますが、新たな事件も起きています。


介護士ミラの友人が殺され、パメラが監禁され、ケイトも危険な目にあい、規則違反の捜査がパメラにばれてしまうなど忙しい展開のなか、ミラの通っていた学校の女性教師行方不明事件も浮き彫りになってきます。いったい何件の事件が起きたのでしょう。もうわからなくなりました。

いろいろ複雑なのですが、結局この物語は構成の勝利なのだと思います。

あれは誰の回想だったのか。読了後にもう一度最初に戻って読み直したくなる作品です。


今回のテーマはざまざまな孤独。

仕事が成功したのに幸せになれない人の孤独。
不当な扱いを受け続けた人の孤独。
ミラの孤独は強い性格からくるものであり、
アナの孤独は弱い性格からくるものであり、

そしてケイトの心の中では時には孤独もいいと思えるような変化が起きています。


書きたいことはたくさんあるのですが、何を書いてもネタバレになってしまいそうなのでこのあたりで終わりにしようと思います。


最後にケイトとケイレブの関係ですが一歩進んで一歩さがったという感じです。ケイトは緊急時の連絡係としてケイレブを頼りにします。しかし、イヤな予感は的中。肝心なときに酔っぱらっているとは・・・それでも二人の関係は終わってはいません。

救いようのない悲惨な事件のあとに、ケイトとパメラに新たな信頼関係が築かれそうな雰囲気で終わることが唯一の救いです。



※新作が出版されしだい順次レビューを追加していきます。