茂木 健一郎(著)
本書にはメンタルモンスターになろうという提案が書かれている。
メンタルモンスターとは、不運に遭遇してもポッキリと心が折れてしまうのではなく、しなやかに立ち上がれる力を持つ人物のこと。ストレスに打ち勝つモンスターを脳内に育てようという意味である。
さまざまな研究結果を引用しているが、専門用語は意外に少なく、一般読者への配慮も見られるが、少々散らかった印象も受けてしまった。しかし非常にわかりやすい本であることは間違いない。表紙にあるように走ることが大好きな先生のジョギング愛なども語られている。
では、メンタルモンスターになるためにはどうしたらいいのだろうか。
結論から言うと脳の前頭葉を鍛えることである。
『そもそも前頭葉とは何か』
- 前頭葉は判断力、予知する能力、意思決定、行動力を司る脳の司令塔とも言われ、いわば人生の社長のような役割を担っている。
- 恐怖や不安、喜びなどの感情は脳の側頭葉の扁桃体というところで生まれる。これは人間にとって原初的で衝動的な感情である。一方でそういった衝動や感情をコントロールし、思考し、計画を立て、意思決定などの情報処理を担っているのが前頭葉である。扁桃体は感情のアクセル、前頭葉はブレーキともいえる。
- 用心して生きていても他人との衝突は起こる。そのときに感情の赴くまま怒ったり、落ち込んでしまったりするのは、人間の原初的な脳の働きのまま突っ走っているようなもの。この関係はここで壊れてしまって本当にいいのか。一度立ち止まって考えられることが前頭葉が働いている証拠。前頭葉は、自我の中枢、私が私であるという感覚を作っているところでもある。
『どうやって前頭葉を鍛えるのか』
- フロー状態になる
脱抑制ともいわれるが、集中しているけれどもリラックスしている状態になると、脳は最高のパフォーマンスを生み出す。自分の知らなかった内面に気づいたり、創造性を発揮することがある。アウトプットする、自らにプレッシャーをかけて、ちょっと無理かなと思うことに挑戦することなどで自然に脳の抑制を外すことができる。
- ワーキングメモリを活性化する
ワーキングメモリは前頭葉の中にある。作業や動作に必要な情報を一時的に記憶し処理する部位。会話や読み書き、計算など日常的な判断や行動にも深く関わってくる。では、ワーキングメモリを身につけるためにはどうしたらいいのか。脳がアイドリング状態のときに活性化されるデフォルト・モード・ネットワークを働かせることである。脳の回路の一つであるデフォルト・モード・ネットワークは、特定の課題に取り組むときには働かない。むしろボーッとしているときに働き始め、記憶を整理したり感情を整えたりしてくれる。
◆様々なエピソードが語られているが、着地点はすべてフロー状態、ボーッとすることである。ジョギングもその一つ。茂木先生はもともと走ることがお好きだったということでジョギングを大きく取り上げているが、なにか好きなことに没頭することで同じ効果が得られる。どうしたら自分の好きなことがわかるのか科学的な考察も書かれている。ご興味のあるかたはぜひ本書を読んでいただきたい。
後半はまた違った角度から書かれている。脳内物質など興味深い内容が多いので、いくつかピックアップをしていこうと思う。
- 動物園の動物たちは野生動物には決して見られない異常行動をするが、このような状況は人間にも当てはまる。好きなときに、好きなところへ、好きな人と行って、自由に行動したり喋ったりしたい。それが人間としての本能なのにそれができない。このときにストレスを感じる。これがコロナの自粛期間中に起きていたことである。ただし動物にはできなくても人間にはできることがある。それは考え方を自ら変えるということ。コツは自分でコントロールできることと、自分でコントロールできないことを明確に分けることである。
- 脳は自分がコントロールできない状況にいると思うとストレスを感じる。逆に、今自分は自分でコントロールできていると発想転換することでだいぶ気が楽になってくる。現代社会は日々、大量の情報を仕入れすぎてメンタルがやられてしまうケースも続出している。この場合も情報の遮断ではなく、コントロールできること、できないことを切り分けることが大事。コントロールできることにはベストを尽くす。できないことは潔く諦める。これがストレスをなくす思考の整理法である。
『脳内物質ドーパミン』
- 脳は他者に命令されるとやる気を失う。自主的な行動は自分で決めたことなので頑張ってやり遂げれば脳内からドーパミンが放出される。
- ただ見る聞くだけでなく、話す、体を動かす、手で書くなどの行為を同時に行うことで様々な回路が活性化し、報酬系の神経伝達物質であるドーパミンが放出される。面白いという喜びが生じることで記憶の定着も進む。
- 刺激を受ける⇒ドーパミンが出る⇒楽しい⇒またやりたくなる。学習のドーパミンサイクルが完成されると自ら進んで勉強できるようになる。
- ドーパミンが悪い方向で強化される場合もある。同僚が仕事で大きなミスをしたときに「あいつ調子に乗っていたからな」「ミスしたのも当然だ」などと思うと脳が喜びを感じてドーパミンを放出する。ドーパミン自体は物事の善悪を判断する能力を持たない。単純に自分が気持ちいいと感じたときに放出され、その事象が何であれ学習を強化してしまう。
『ストレスホルモン コルチゾール』
- 一般にはストレスをメンタルの一番の敵と見なす場合が多い。しかしストレスも使い方次第。適度なストレスならむしろメンタルにとって良い作用をもたらす。ストレスを受けたときに脳内から放出される神経伝達物質にコルチゾールがある。
- コルチゾールは朝に最も分泌量が多く、夜になると低下するため、体の1日の活動リズムを整える働きもある。過度なストレスによってこの活動リズムが崩れるとコルチゾールの分泌量が過剰になり、うつ病や不眠症、生活習慣病などを引き起こす要因になる。免疫機能や記憶力の低下などをもたらすこともある。
- 大切なのはバランス。過度なストレスは病気の要因になるが、適度なストレスだと脳が判断した場合は、むしろ恐怖心を抑えてやる気を高めてくれる。
- ポイントは解釈の仕方。同じ現実であっても解釈の仕方で脳から分泌される脳内ホルモンの質や量が変わり、その人のストレス耐性も変化していく。
- メンタルモンスターになれるか否かは自分の解釈にかかっている。ピンチと捉えていることを、チャンスに変えようと前向きに受け止めると、過度のストレスから適度なストレスへと変わる。
『インスパイア』
- どんなに自分のメンタルを変えたくても、地道にバージョンアップしていくしか方法はない。その方法の一つが自分とは違うメンタルを持った人と接することである。こんなふうに考える人がいるんだ、という新鮮な出会いから脳はインスパイア(感化)される。
- 他者との会話で働くのが脳の共感回路。相手の考えが自分の脳に写しとられるように、共感を通したインスパイアは脳に大きな影響を与える。尊敬できる人、反面教師になる人、共感できないが生き様が見事な人、いろいろなインスパイアのされ方がある。
- 他者に良い刺激を与え、成長過程を提示する素晴らしい人がいる一方で、他人のメンタルの強さを奪う人も確実に存在する。メンタルをことごとく打ち壊す人からは、徹底して逃げなければならない。盲目的に信じることはインスパイアとは違う。
- 生まれてすぐに離ればなれになった一卵性双生児を追跡調査すると、お互いに会ったことがないにも関わらず性格や思考などが驚くほど似ていた。しかし一緒に育った一卵性双生児は性格が真逆になっていくという研究結果がある。それはなぜか。答えは同じ人間は二人はいらないから。つまり似ている性格をわざわざ変化させることで、互いの役割分担をしているのである。人の性格とは「棲み分け」なのかもしれない。自分がインスパイアされるような人に出会っても、その人になる必要はない。むしろ相手の良さを認めた上で、どう棲み分けるかを考えるべきかもしれない。
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